ムネオ日記
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2005年1月31日(月)

鈴 木 宗 男

30日は朝丘珠から釧路へ。釧路空港雪の為、上空で1時間程天候回復まちしてやっとのことで着陸。釧路事務所で仕事をして夜は白糠後援会新年交礼会、阿寒湖温泉後援会新年交礼会に出席、白糠も阿寒湖畔も盛会に行われ、後援会の皆様に感謝。31日は阿寒グランドホテル大西社長のご案内で昨年末にオープンした「(ひな)の座」を見せて戴く。25室全て部屋のタイプが違い、各室に露天風呂がついている。斬新な匠の技が存分に生かされ、工夫、趣がなされており、「お帰りなさい、温もりのふる里へ」(ひな)の座の看板にふさわしいホテルである。必ずや日本中に広く知られ、大きな評価を得ることだろう。阿寒湖畔に又一つ、名物ができたと喜ぶものである。

夜は根室市後援会新年交礼会、領土返還運動・原点の地であり、私は段階的解決論が現実的ではないかと話す。2島が還ってきたら、残る2島も日本に近寄せることができる。4島の帰属が決まっての平和条約締結の原則は崩さないが、領土問題の解決、国益の為にはどういった判断が必要か今、求められているのだと話す。今日は私の57才の誕生日を後援会の皆さんがあげてお祝いしてくれる。誕生日のお祝いも嬉しく有難いものであったが、それ以上に後援会の結束、強化に心から感謝するものである。

イラクの国民議会選挙が予定通り行われてよかった。宗派間の対立やテロの続出等、まだまだ心配の面はあるが中東の民主化に向け大きな一歩をしるしたことは間違いない。イラクの安定が中東の安定にもつながるので是非ともこの選挙を生かしてほしいものである。

今日発売の週刊ポストは大見出しで「宗男北方領土一兆円密約核心証言」とあったので、私も驚いたが中身、内容は私の考え主張がきちんと載っていたので安心する。それにしても見出しの大きさにはびっくり。

30日のTV朝日サンデープロジェクトに町村外相が出ていたが、田原総一郎さんが何故町村外相のロシアでの記者会見で「領有権がある」といったことについて聞かなかったのか不思議でならない。「領有権」という言葉は今まで日本政府は使ったことはない。新しい言葉、表現をした場合、説明責任が伴う。特に記者会見の場での言葉であるから、あの時、記者の方からも質問はなく、その後もマスコミは何の反応も示さず外相も説明していない。是非とも真意のほどを国民にあきらかにしてほしい。

2005年1月30日(日)

鈴 木 宗 男

TV朝日のサンデープロジェクト、「食肉のドン権力の謎」という番組で、私が取材拒否したと放送されたが、TV朝日のねつ造である。サンデープロジェクト側からTV取材の申し込みがあり、私の事務所は「ビデオは恣意的に編集されるおそれがあるので生出演しますよ」と答えている。するとTV朝日側から生出演は困りますとの返事でビデオでお願いしたいと又言ってきたので、こちらとしては生出演なら出ますと再度答えた。事務所の赤松秘書がテレビ朝日サンデープロジェクトでこの番組を担当している「寺田」さんという方に三回も答えている。「文書での回答を求めたが文書での回答もなかった」と放送されたが、「文書も全体を伝えてもらえるか、どう扱われるかわからないので生出演でかまいませんよ」と私の事務所は答えているのである。

丁重に対応しているにもかかわらず、又、取材拒否したのはTV朝日サンデープロジェクトなのにどうしてすりかえの放送をするのか。TV朝日は今迄も私に関する放送でデッチ上げ、事実でない事を流し迷惑したものだが、今回もまたかと言いたくなる。

「内田誠氏」が放送の最後の方で焼却処分に政治家の関与があったと言っていたが、いかに勉強していないか思いこみで言っているかがわかる。平成13年、BSEが一頭出た時、自民党の10月16日か17日の部会で私は消費者の食に対する安心、安全の面から買上したらどうかと発言した。ところが農水省は保管事業で十分だというので、専門家の判断に任せ、10月19日の自民党総務会でBSEの議題になった時、私は農水省が保管事業を考えているのでその方向でいいのではと発言している。BSEが2頭目、3頭目が発生し、12月初め共産、民主の野党4党が「買い上げ焼却法案」を出してきたので自民党、政府も早急な対応を迫られ、たしか12月5日と思うが農水大臣が焼却処分を国会の委員会で答弁したのである。

何をもって政治家の関与と言うのか。政治家の関与と言うなら野党が焼却処分の法案を出してきたことである。焼却処分決定によく鈴木が主導的役割を果たしたとマスコミは報じてきたが、あの当時の流れを勉強、調査したら誰でもわかることである。勝手な推測で言われたのではたまったものでない。

先週今週と2回続けての放送だったが、先週平成フーズの田尻社長という人がインタビューに答えていたが、肝心なところが抜けていたのではないか。公になっていることと違っているのではないか。それは田尻社長は当時の農水大臣の事務所に行き、農水大臣の秘書が農水省の担当者に電話をし、それをうけた担当者が浅田社長に「大臣案件なのでよろしく」と電話をしたことが明らかになっているのに触れられてなかった。田尻さんも農水省ももっと事実関係を正直に全容話すべきでないか。

TVでは田尻さんは「社長」という肩書きになって浅田さんは「被告」という肩書きだったけれど、田尻さんは今は「被告」ではないのか。こうしたやり方をみても公平な報道とはいえないと思う。

2005年1月29日(土)

鈴 木 宗 男

朝九時十分の飛行機で釧路へ。お昼 標茶町後援会新年交礼会。朝、雪が降り、心配されたが天気もあがり、多くの人が出席してくれる。
多数の町議会議員も来られ、代表して小野寺議長さんが心を込めて鈴木宗男の生き方を語ってくれ、有難かった。大島後援会長さんを中心に後援会は熱心で、いつもの事だが人間関係、めぐり合わせ、出会いに感謝するものである。
夕方中標津空港から札幌へ。役所関係の会合、後援会の会合二つをこなす。ここでも長い信頼関係での会合で、肩の張らない、そして熱烈な仲間の集まりで、気持ちのよい会合だった。
西武グループ経営改革委員会の中間報告がされたが、北海道にとっても、多くのプリンスホテルはじめ、ゴルフ場、スキー場等、大きな関わりがあるので注目したい。同時に社員の皆さんは一生懸命頑張っており、マスコミの皆さんは事実だけを正確に報道し、予見をはさむことのないようにしてもらいたい。社員にも家族、子供がおり、風聞で間違った情報で迷惑するのは社員であり、その家族である事を忘れないでほしい。
完全失業率 全国四年ぶり4%台、道内も十三年ぶり改善と発表されたが、実感がわかない。働く場がない、就職できないという悲鳴にも似た声を聞く私にとって、一つのデータではあるが実態とはかけ離れ、評価できるものではない。
自殺者三万人を超え、その自殺率は米国の二倍。五十代が多く、月曜早朝に多発と厚生労働省は発表したが、何故、尊い命を自ら絶つのか、これも政治の責任において考えてほしいものである。リストラ苦で働き盛りのサラリーマンが、奥さん、子供さんを残して亡くなられる事は、大社会問題として政治が取り組む喫緊の課題と考える。かつて交通事故で一万人の死者を数えた時、「交通戦争」といったものだ。「戦争」以上の表現で、人の命の尊さを政治の名において取り戻すよう、心から願うものである。

2005年1月28日(金)

鈴 木 宗 男

一日事務所で仕事。書類整理もはかどる。夜はTV局関係者と懇談。政局の話で盛り上がる。
予算委員会質疑を聴いていると、質問する側も総花的になり、的が絞られていないから一方的答弁で終わってしまう。TV中継を見ている人は飽きてしまうのではないか。
杉浦官房副長官の政治資金報告書訂正が委員会でも取り上げられているが、副長官は「二〇〇〇年の五百万円と二百万円は自民党から清和研事務局を通してもらった政策活動費だが、説明不足で事務方が清和研からと誤解した。すでに訂正した一千万円と三百万円は公認料と貸付料として自民党からもらった」と答弁しているが、党が派閥を通じて個々人に政策活動費を渡すとは、初めて聞く話だ。党が派閥にお金を出している事を裏付ける話で、上手の手から水との感じがする。党から派閥に出ているお金の処理はどうなっているのか。清和研(森派)は夏、暮れの手当てを本当に出していないのか。質問する方も良く調べて真相を明らかにしてほしいと、私の方に沢山の人からTEL・FAXが入る。
首相は、「森派から杉浦氏へ資金を渡した事はない」と言ったが、杉浦氏は清和研の事務局から党の政策活動費を渡されたと答弁しており、党と派閥のお金の関係、派閥に所属している議員に対する夏、暮れの手当ての問題、しっかり事実関係を明らかにしてほしいものである。現実、実態とは違う答弁ですむのか、正直に話すことが政治の信頼回復につながるのではないか。
私は政治資金報告書に、正確に仲間の議員への支出を書いたが、正直に届出したら「誰に出している」、「何人に出している」と平成十四年、何か悪い事をしているかのようにTV・新聞・週刊誌で扱われたが、届出していない者が清潔、きれいな政治家で、正直に届出した者が悪いというメディアの姿勢も問題ではないか。政治資金報告書を閲覧すると、誰が透明性が高いかわかる。マスコミもよくチェックしたら、おのずから国会答弁・記者会見が正しいかどうか結論が出る事だと思う。
北朝鮮へ「遺骨」抗議から一ヶ月になり、二十五日、杉浦副長官は記者会見で、遺骨提供にあたって「公表しない」とする文書が取り交わされたとの北朝鮮側の発表に対し、書面の存在は認めたうえで、「家族の意向次第では公表する可能性があると明言し、北朝鮮側も異を唱えなかった」と反論したが、外交の常識から言って、約束を破ったのはどちらとなると、合意は拘束するという国際法の一般原則からいってもそんな紙を何故作ったか、紙にしないと遺骨も渡さないというならもらわないのが筋で、外交の基礎体力が落ちているのではないか。北朝鮮の対応が悪いのは看過すべきでないし、厳しく対処しなくてはならないが、そんな国に対して日本側の体力がしっかり備わっているか、今回の件に関しても心配が先にたつ。

2005年1月27日(木)

鈴 木 宗 男

朝の便で千歳から羽田へ、まっすぐ東京事務所に入り仕事。今日もお客さん、国会議員、さまざまな人が訪ねてくれ有り難い。やっぱり忙しいことは幸せなことだ。
最高裁が都管理職試験訴訟で、外国籍拒否は合憲と判決したことが大きく取り上げられている。初判断なので注目を集めているかもしれないが、国際化時代、時代遅れでないかと言う声もあれば、公権力行使、地方公務員は原則日本人であるべきという声もある。総務省が「今回の判決は東京都の問題、他の自治体も適切な任用をして欲しい」(読売新聞27日3面)と他人事みたいなコメントをしている。これは東京都だけでなく、全自治体に関係することではないか。明確な反応をするのが政府の立場だと考えるのだが。
ハンセン症施設で、胎児などの標本114体が保存されていると、ハンセン病問題に関する検証会議調査報告で明らかになったが、何ということか。人間の尊厳をどう考えていたのか、悲しい、辛い話である。3月に最終報告書が示される予定と聞くが、きちっと対応して欲しいものである。
ダボスでの世界経済フォーラムの年次総会で、シラク仏大統領が途上国の貧困、疾病、教育問題を解決するために、全ての先進国がODAを国内総生産(GDP)の0.7%の水準まで引き上げることを提案したそうだが、おもしろい発想である。年1兆円の国際税の導入。これらの提案に、先進各国はどう結論を出すのか、国連サミットで結論が出るのか見守りたい。
検察審査会が橋本元首相の献金隠し事件で不起訴不当、不十分な捜査 批判と夕刊に出ているが、国民の目線に立っての判断である事に間違いはない。これからの動きを見ていきたい。
予算委員会でも1億円の話は出てくるか。日歯が診療報酬の件で依頼し、その願いを受けてくれた国会議員に、日歯がリストを持って党本部に行き5億3千万献金したことは不問でいいのか。合わせて国会でもしっかりとした質疑をして欲しいものである。
アウシュビッツ強制収容所解放から今日で60年。各国の首脳が出席しての式典。この悲劇を風化させてはいけない。同時に61年前、外務大臣の訓令にそむいても、人間として当たり前のことをしようと、ユダヤ人のビザを書き続け6千人の命を救った杉原千畝リトアニア副領事の人道的功績は特筆すべきことと、改めて思うものである。平成3年、私が外務政務次官の時、渋る外務省を説得し、杉原さんの名誉回復をして良かったと、今日のアウシュビッツ解放式典を見ながらもしみじみ感じたものだ。

2005年1月26日(水)

鈴 木 宗 男

午後一時まで東京事務所で仕事。十四時半の飛行機で千歳へ。札幌で嘉門流の宗家「衛信ディナーショー」に出席。苫小牧の矢部さんの奥さんの紹介で昨年の参議院選挙前にお会いし、お世話になっている踊りのお師匠さんで、女性が中心のホテルワンフロアー着席での盛大なものだった。衛信先生の独創的な踊りに魅了される。徳永さんのさわやかな司会も素晴らしかった。
踊りの合間に五人のゲストによるギター演奏に合わせての歌があり、どういうわけか私もその一人に入っている。しかも三橋美智也さんの「りんご村から」を歌えということで戸惑ったが、ギター奏者がしっかりカバーして下さり、そのお蔭で何とか歌いきることが出来た。盲目のギター奏者は凛とした雰囲気で、とても親切で心からお礼申し上げる。
四十五年ぶりに歌う「りんご村から」は、子供の頃を改めて思い出させるものだった。昨夜は松山千春さん方との会合でも歌があり、そこでも歌う羽目になったが、二夜続けての熱唱となる。
その後、十勝総連合後援会の斎藤幹事長と打ち合わせ。種々の提言を戴き、参考になる。地元の声、北海道の声を大事にしていこう。
財務省から去年の貿易統計が発表され、日中貿易が二十二兆円で戦後初めて日米貿易を抜いたと報じられている。これだけでも日中関係の重要性がわかる。日本が存立する上で、対中関係は国益を踏まえての判断・行動をしていかなくてはならない。
毎日ムネオ日記を出しているが、私の言葉使い、文章表現力についてチェックが入ってくる。それは娘が家内にメール、電話で気がついたことを厳しく言ってくるのだ。しかも適切な、また、なるほどと言わしめる助言で、私としては冷や汗をかくことがたびたび。また、娘と家内のコンビは強力で、「指導」「注意」が連発されることがしばしば。これが家族の絆と思うと、有難いことである。アクセスされた方からも、遠慮なくご指摘・ご叱正賜りたいと心からお願いするものである。

2005年1月25日(火)

鈴 木 宗 男

 十全事務所で雑誌取材、お客さんとの対応、陳情等をうける。北海道にいた時間が長かったので、仕事もたまっている。忙しい分、時間が経つのが速い。
 参院代表質問で、「青木氏 異例の首相批判」と新聞に載っているが、率直に党内事情・雰囲気を述べたもので、何も特別 首相批判とも思えないのだが、受け取り方・見方によって、随分表現も変わってくるものだ。自民党を代表して青木参院議員会長が発言した意味合いは重く、衆院の出来レース的質問よりは国民にわかりやすかったのではないか。
 NHK海老沢会長が辞任されたが、一プロデューサー・個人の事件が組織のトップの責任に持っていかれたわけだが、この間の民放テレビ、一部新聞の一方的会長バッシングは何か意図的・恣意的であった。私も平成十四年マスコミからある事ない事で、実際はないことばかりだったが、朝から晩まで叩かれたが、事実でない事を面白おかしく扱われたのでは、たまったものではない。海老沢会長の潔い責任の取り方を他にも当てはめるなら、例えば社会保険庁長官などは即刻辞任だろうし、厚生労働大臣も辞めなくてはならないだろう。何故NHKだけかと思えるのだが。
 マスコミ・メディアの果たす大事な役割は、事実を知らせる事がまず一番である。膨らませた話、視聴率を上げるための予見を挟む話・誘導はあってはならない。もっと冷静に、客観的にやってほしいものである。

2005年1月24日(月)

鈴 木 宗 男

 午前中釧路で仕事。昼の飛行機で札幌へ。丘珠空港が雪の為、千歳、もしくは釧路に着陸との条件付だったが、十分遅れで予定通り到着し、良かった。
 札幌は雪の為、交通渋滞で思う様に日程がこなせない。お世話になった吉田さんの弔問に向かう。二ヶ月前一緒に食事をした時は元気だったのに、世の無常はいかんともしがたい心からご冥福をお祈りし、奥様、ご子息にご挨拶し、お別れする。
 十八時半から黄綬褒章を受賞された近藤康平さんの祝賀会に出席。着席での盛大な催しで、中販連の皆様が小川会長さんを筆頭に全国からお見えになっており、有難い事である。近藤さんが謝辞の中で、奥さん、家族、社員の皆さんに心から感謝されており、大事な心と言うものが伝わる素晴らしいご挨拶に感激した。その後九時過ぎの飛行機で帰京する。
 国会の代表質問が始まり、民主党代表の質問に対し総理の答弁が不誠実だと言って民主、社民の議員が一時退席したが、自分達の気に入らない答弁だといって退席するのは、一方的な身勝手な行動だと考える。議論に議論を重ねて、そこで結論を出すのが民主主義のルールではないか。実力行使よりも中身のある議論をして、国民に判断してもらえばいいのではないか。
 自民党の代表質問で、郵政民営化にむけての総理の決意を伺いたいと聞いていたが、これはまさに出来レース的やりとりで、新鮮味に欠けていたとニュースを見ながら感じた。
 総理の施政方針演説に対する各党の質問だが、総花的に項目を並べて質問するより、今、国民が何に関心があるか、一つか二つポイントを絞ってやった方が、国民の琴線に触れるのではないか。同じ手法ではなく、新しい知恵・感覚でやった方が、国会に対する国民の注目が集まるのではと、ふと考えたものである。
 阿寒湖で子供さんが湖に落ちる事故があり、一人死亡と言うニュースにびっくりする。別海の方の子供さんと聞き、他人事でない。なんという巡り合わせか。楽しいはずの旅行が、一瞬にして悪夢に。小さい子供を連れて行く時は、親の責任が伴うのは当然で、安全には念には念を入れてお互い行動していかなければと痛感する。私も子を持つ親として、この度の事故はお気の毒でならない。助かったお子さんは、一日でも早く元気になられますように。また、亡くなられたお子様のご冥福を、心からお祈り致します。

2005年1月23日(日)

鈴 木 宗 男

 今日も朝早く家を出て、弟子屈町での告別式に出席。
 その後、根室管内中標津町、標津町での後援会新年交礼会。中標津では西澤町長、標津では小田桐町長が私の実績、又、今後に対する期待感を述べてくださり、出席者も満足されたことと思う。
 又、中標津で乾杯の音頭をとってくれたJA中標津の高橋組合長が明確な私に対する想いを述べて下さり、基幹産業の酪農を守るためにもより一層頑張らなければと考えるものである。
 その町のトップリーダーの姿勢、スタンスは重いと感じる。
 夜は釧路管内弟子屈町川湯後援会新年交礼会、21日に弟子屈町の後援会新年交礼会を盛大に済ませているが、川湯後援会もたくさんの人が参加してくれ、大いに盛り上がる。
 4日間釧根管内を回り、政治を必要としていることを痛感させられ、しっかり頑張っていかなければと自分に言い聞かせるものである。
 今日の北海道新聞の一面トップで、『自民森派「もち代」数億円不記載か、政治資金収支報告、実態ない繰越金も』と見出しになっているが、国民は事実かどうか大いに関心を持つことと思うので、しっかり説明責任を果たしてほしいものである。同時に、個々の議員の政治資金報告書をチェックしてみれば「氷代」「もち代」を届け出している議員がいるか、いないか、はっきりすることだろう。
 政治資金が総務省から発表されると、届出の政治資金の多い政治家は何かうがった目で見られ、金額が少ないと綺麗な清潔な政治家と取られがちな今までの流れだったので、この際正直に届出をしてきたかどうか、ありのままを政治家自身が国民に発表した方が政治の信頼回復につながるのではないか。
 勇気ある正直な政治家が一人でも多く現れることを国民は期待していることだろう。

2005年1月22日(土)

鈴 木 宗 男

 朝早くに羅臼に向い、告別式に参列。47歳の若さで心臓発作で亡くなられるとは何という世の無常か、羅臼は地吹雪で大荒れ、天気をもが、死を悼んでいるように思える。
 根室管内別海町で2箇所、釧路管内浜中町で2箇所、後援会新年交礼会。
 別海町では佐野町長さんが、心のこもったご挨拶をして頂き、後援会の皆さんは勿論、私も感激で一杯だった。有難いことである。
 家内と一緒に廻る新年交礼会は何年ぶりだろうか。久しぶりの家内のお礼の挨拶に出席者は喜んでくれる。
 今日の新聞を見ると、小泉首相の施政方針演説で、郵政四分社化の打ち出しに対し、自民党反発との記事が多いが、堂々と国会論議はもとより党内議論を深めて、又、地方の声、地方の現状をもよく考えて国民の利益になる結論を出してほしいものである。
 ブッシュ大統領2期目のスタート就任式の模様がテレビや新聞で伝えられたが世界の安定のため、更なる努力を期待したいものである。
 アメリカの一人勝ちと言われないためにも、日本はじめ、G8の国々がもっとしっかりしてほしいと考える人は多いのではないか。
 日本の独自性、日本の主体性、世界に責任を持つ日本としての対米外交を期待するものである。

2005年1月21日(金)

鈴 木 宗 男

 釧路事務所で仕事。お客さんとの対応。
 十八時から大変お世話になっている企業の創立五十周年祝賀会で挨拶。創業者とのご縁で今日までご厚誼を戴いており、人生の出会いに感謝。十九時から弟子屈町後援会新年交礼会。一時間遅れで到着したが、家内が先乗りしてくれ、来賓の挨拶等済んでおり、助かる。
 私は昨年の参議院選挙のお礼を申し上げ、ムネオの反乱、第二ステージにかける思いを話す。三百人もの人が集まってくれ、盛会裏に終了。弟子屈後援会の熱心さに頭が下がる。
 宮野明秘書の上告棄却と最高裁が決定したと報じられる。平成十一年五月二十二日、宮野秘書は釧路にいなかったのに いたという間違った話で決め付けて、人の一生を左右する判断をしていいのか。真実を解明する場が、事実でない、真実でないことを決定するとは、解せないことである。事務所コメントをホームページに出し、こちら側の考えを発表する。おかしな歪んだ決定に、ただ唖然とする。
 通常国会が始まり、施政方針演説で小泉首相は郵政民営化への強い決意を述べたが、今国民の何%の人が郵政民営化に関心を持っているだろうか。新聞アンケートでは、七割の人が一番取り組んでほしい政策として、景気回復、社会保障と答えている。このことを十分踏まえて、政治家は対応してほしいと願うものである。

2005年1月20日(木)

鈴 木 宗 男

 釧路事務所、市内廻りをする。
 今年初めての釧路事務所での仕事で気合いが入る。事務所の人達も張り切って仕事をしてくれる。
 18時から釧路市後援会新年交礼会、約1300人の人が集まってくれ盛会に終わる。
 私は構造改革によって北海道の現状はどうなっているか。郵政民営化と言うが郵政三事業が国民の税金を使っているか、自前でやっており、国民に迷惑をかけていない事、日露外交はどうなっているか。プーチン大統領の訪日が先の日露外相会議でも決められなかった事、小泉政権になっての対露外交は成功しているのか等、私の考えをのべらしてもらった。又、自衛隊の国際貢献を本隊業務に格上げすることはいいが自衛隊の皆さんを戦闘地域に派遣してはいけない。海外派遣は地震、ハリケーン等人道支援に限定すべきである。これが私の基本的考えであること。経団連が憲法九条について自衛隊の保持、集団自衛権の提言をしているが、経団連は環境、働く価値、重み、人としての理念を説くべきではないかと話す。
 日本の最大のウィークポイントであるエネルギー、資源なき国家日本がアメリカ、中東一辺倒で将来があるのか。サハリンは我々の先祖が切り開いた処で今、そこには天然ガス、石油が掘られている。パイプラインで北海道を結べば北海道はエネルギーの集積基地としてやっていける等、持論をのべさせてもらった。会場の反応もよく気持ちよく話すことができた。
 実行委員会の金井委員長、小船井後援会長はじめ関係者のお陰で新年交礼会を無事終了することが出来、特に出席、参加いただいた皆様に心から感謝するものである。

2005年1月19日(水)

鈴 木 宗 男

 午前中東京事務所で仕事。15時の飛行機で釧路へ。後援会の方の新年会に出席。釧路もおだやかな天気で日中はとけていたとのこと。それでも夕方からはしばれてきた。
 昨夜の道東沖での震度5強の地震では特別の被害もなくよかった。M6.4だとかなりの強い地震だが北海道とりわけ道東は地震の多発地帯で災害が起きないことを祈るのみである。憲法の改憲問題が取り上げられているが、経団連が「自衛隊保持」明記を 又、集団的自衛権の行使を提言発表したが、経団連は九条二項の改正よりも環境に対してどう取り組むか、又、働く価値を重きをどう憲法に入れるか、産業界として安全保障よりも取り組むべきテーマがあると思う。それは環境権とか人の尊厳、理念とか不変の価値を追求すべきではないのか。経団連は環境問題に一番影響を及ぼすものである。その組織が九条二項について提言する前に生活、生命、生きていく上で何が優先されるべきか考えてほしいものである。

2005年1月18日(火)

鈴 木 宗 男

 朝から十全事務所で仕事。一週間東京を離れているとそれなりに仕事がたまっている。書類の整理もしなくてはならない。時間は黙ってすぎていく。今、その時を大事にしなければとつくづく思う。
 夜、お世話になっている国会議員、又、若手の国会議員と会食。久しぶりに政局、派閥の事、党内状況等ゆっくり話し合う。仲間は有難いものである。同時に当選回数を重ねてくると、ポストにもつき、確実に前進している姿を見るにつけ、嬉しく頼もしい限りである。
 米マクドナルドの前社長兼最高経営責任者(CEO)のチャーリー・ベル氏が四十四歳の若さで癌のため亡くなったと新聞に出ていた。十五歳でシドニー店のアルバイトを始め、十九歳で最年少店長、二十九歳で取締役、四十三歳でCEOに就任。アルバイトからトップにたった、まさに立志伝中の人。あまりにもあっけない、可哀想な運命に、人生自分の思い通りに、計算どおりに行かないことを感じながら、神様はその事を知って彼を大変なスピードで押し上げていったのか、人生は自分で決められないとしみじみ感じるものである。
 新聞にインド洋津波に襲われたインドネシア・アチェ州で、津波直後の濁流の中負傷した娘を友人の手を借りて肩に担ぎ上げ、救出する父親の写真が載っていた。必死に我が子を守る親の緊迫している表情が胸を打つ。子が親を、親が子を殺す事件のある日本にとって、お互い何が大事か、不変の価値とは何か、人として失ってはいけないことを教えられる写真である。

2005年1月17日(月)

鈴 木 宗 男

 帯広事務所により、列車で札幌へ。札幌事務所に入り、打ち合わせ。その後お見舞い等市内を廻り、夜は月一回のビール会例会出席。顔なじみになった人もおられ、「頑張れ」と励まされる。有難いことである。一時間ほどで失礼し、千歳から東京に向かう。
 阪神大震災から十年。あの時は弟子屈におり、朝のTVニュースで知り驚いたものだ。最初官房長官の会見では数十人の死亡とのことだったが、それが何百人、何千人へと拡大されていく。あの時の発表ぶりはどこの情報をもとに国民に伝えていたのか、今となっては情報のないことの恐ろしさ、体制の脆弱さをしみじみ感じるものである。
 追悼式典に天皇皇后両陛下がご臨席なされ、お言葉を述べられ、その後ご家族を亡くされた方々と両陛下がお会いになり、ご激励され、お会いした人のコメントとして「両陛下の優しいお姿、お言葉に、頑張ろうという気持ちになりました。元気付けられました」等、両陛下に対する感謝と感激で一杯の様子だった。天皇皇后両陛下の大きな存在に、あらためて感じ入るものである。
 韓国政府が日韓正常化交渉の外交文書を公開したが、植民地支配に起因する韓国人補償請求について、韓国側が引き受けるという立場だったことが確認されたが、韓国国内で色々な声が起きてくることだろう。歴史の一コマが公開されたのだから、両国の友好親善のためにも、未来志向で生かしてほしいものである。

2005年1月16日(日)

鈴 木 宗 男

 午前網走管内雄武町に行き、お世話になった方の告別式に出席。町議会議員三十年、その間議長、副議長を勤められ、私も最初から支持していただき、遺族の皆さんに心からのお悔やみとお別れのご挨拶をさせていただく。
 夕方帯広に入り、十勝管内五鈴会、女性の集いに参加。正月の忙しい時期にも関わらず、二百五十人の女性のパワーで、盛大な新年会となる。昭和五十八年からのメンバーが沢山おられ、二十二年前、奇跡の当選を想い出す時、胸がジーンとなる。
 内木信子会長さんがいつもの通り素晴らしいご挨拶をして下さり、「鈴木を復活させるまで死ねない。八十四歳ではあるが、幸い口は元気だ。皆さん力を貸して下さい。一緒に頑張りますから」と話すと、出席者全員が大きな拍手、歓声で応えてくれ、大感激。改めて後援会の優しさ、思いやり、その結束に感謝の気持ちで一杯になる。家内も一緒だったが、家内も心からお礼のご挨拶をする。
 北海道にいると、日露外相会談に失望の声が入ってくる。去年十一月のAPEC日露首脳会談で、小泉首相の方から来春の愛知万博開幕にあわせての訪日を呼びかけたにも関わらず、今回日程を詰められなかった。いつ来てくれるのだろうかという素朴な思いが多数寄せられる。五月七、八日 ロシアでは対独戦勝六十周年の大きな式典が予定されている。この前に本当にプーチン大統領が日本に来れるのか。今年は戦後六十周年、APECでの日中首脳会談でも「来年は反ファシズム六十周年の敏感な年だ。行動には慎重さが求められる」という趣旨の話が胡錦濤 国家主席より言われ、何の反論もされなかったと報道では伝えられているが、こうした流れの中で日本が孤立することなく、この先どんな展望、戦略を持って臨むのか、しっかり考えてほしいものである。
 両外相記者会見で、町村外相は「(日本は)北方領土問題について、領有権があると主張している」と言われたが、領有権とは何を意味するのか。外務省の記者ブリーフでも、「四島の帰属の問題を解決して」という表現であり、小泉首相、川口前外相も「四島の帰属の問題を解決して」という言い方であり、領有権と言う表現は初めてだと私は記憶するが、新しい言葉を使うなら、今までと考えの違いが出てきたのか、ハードルを高くしたのか、国民に説明する義務があるのではないか。今までも外務省の説明不足で領土問題については誤解や間違った報道が先行してきた経緯もあり、外相、外務省の為にも領有権の説明をした方が良いのではないか。
 国益を考え、どうすることが大事か、ベストの選択が求められている。民族の悲願解決にむけての一層の頑張りを、心から期待するものである。

2005年1月15日(土)

鈴 木 宗 男

 丘珠空港から釧路へ。晴天で飛行機から日高山脈、十勝平野が広がり、やはり北海道と言う感じ。本別の町も故郷足寄の町も良く見え、厳しい寒さの中で皆どうしているかなあと思うと、なんとなくジーンとくるものがある。  釧路も良い天気で気持ちが良い。各種団体の新年交礼会に出席し挨拶、どの会合でも本道政治家の発信力、結果責任、どうだろうかと問いかける。ポストについていても、その立場を生かしているだろうか。北海道の一人負けといわれている今の現状、全国平均よりも立ち遅れている社会環境、北海道が良くなれば日本のためになると言う事を、北海道が日本に果たしている素晴らしい環境、食糧供給、こうした価値を公平に評価してもらえる様にするのが政治でないかと話す。又さらに、郵政民営化も広い 過疎の北海道に現実問題としてあった政策かどうか、大都会優先、地方切捨てととられる様な政策でいいのか等、持論を述べさせていただく。多くの人が理解してくれたと考える。
 日露外相会談、大統領の訪日日程決まらず、領土の溝埋まらず。こんなマスコミ報道だが、想定されていた事だ。ロシアが去年から日本にシグナルを送って来ても、何の反応も示さなかった日本の外交。前にも述べているが、情報戦で負けているのだ。いつも言う様に、外交には相手がある。その相手をいかに自分の土俵に呼び込むか、普段からの努力、戦略、戦術をわきまえて、外相会談等に臨んでいるか。今一度足元を見つめた方がいいのではないか。
 勉強不足の、歴史的経緯を勉強していない間違った外相の出現も、大きな国益の損失だったが、新しい日本のシグナルをロシア側に明確に伝えていく必要がある。原理原則論を主張して六十年、領土問題で大きな前進があっただろうか。柔軟に、幅広く信頼関係を築く事が大事である。あくまでも日本の名誉と尊厳を踏まえ、同時に相手があるのだから相手の名誉と尊厳も考えながら、現実的な判断、決断が必要ではないだろうか。
 四月にプーチン大統領訪日と言う見通しを外相は述べたそうだが、そうなれが良いが。初夢で終わってしまうことのない様、しっかりやってほしいものである。

2005年1月14日(金)

鈴 木 宗 男

 七時半に家を出て、空知管内長沼町挨拶廻り。役場にも寄り、幹部の皆さんに挨拶。南幌町に向かい、後援者に挨拶し、栗沢町内廻り。栗沢町は新しい支援者、企業が出てきて有難い。この流れを大事にしよう。
 午後から岩見沢市内挨拶。岩見沢市でも新しいメンバーが増えており、明るい展望が感じられる。それぞれの地で頑張ってくれている人に感謝。
 夜は砂川市勝手連的仲間による新年会。約三時間盛り上がる。砂川も新しい人が出席・参加してくれ、確実にムネオの輪は拡がっている。三日間空知管内、苫小牧市を廻り、幸先の良いスタートができた。
 毎日新聞夕刊一面 左下欄の『近事片々』でNHKを批判していたが、毎日新聞にお尋ねしたい。他人の批判をする資格が毎日新聞にありますかと。奈良の女児誘拐殺人事件で逮捕されたのは、毎日新聞の販売員ではなかったか。毎日新聞はどんな責任を取ったであろうか。身勝手な事を言うより、まずは毎日新聞が襟を正して責任を示してほしいものである。このことは他の新聞・テレビ局にも言えるのではないだろうか。足元をよく見つめてほしいものである。
 十五日から封切られる『北の零年』という映画が話題になっている。北海道静内を舞台にした史実を基に、未開の原野を切り開いた人々の想像を絶する過酷な体験が再現されているそうだが、先人の汗と涙と命をかけたドラマを、家内と一緒にみたいと思う。

2005年1月13日(木)

鈴 木 宗 男

 午前中苫小牧市内挨拶廻り。どこでも元気な姿に喜んでくれる。お昼は私が顧問をしている女性部の新年会に出席。和服姿の出席者が多く、日本の文化、伝統を感じながら、メンバーの優しさ、人間味に触れ、とても気持ちのよい新年会になった。八重桜会の皆様に、心から感謝するものである。
 夕方 空知管内栗山町後援会の新年の集いに出席。沢山の人に足を運んでいただき、私の話に耳を傾けてくれる。質疑応答もし、今の政治に対する要望・批判等聞くことができた。また、政治家の発信・動きが見えない、地域との接触がないといった意見も出され、大いに参考になる。一次会、二次会、三次会と盛り上がり、トータル五時間半の栗山での有意義な(とき)を過ごす。
 故郷の先輩、同郷出身の人がいたお蔭で、栗山でも後援会を立ち上げることができ、一人・二人、熱心な人がいると大きな輪になっていく事を感じる時、先輩・関係者に感謝するとともに、集まってくださった人達の心意気にも心からお礼申し上げるものである。栗山を一つのモデルケースにしながら、全道各地にその輪を拡げて行こうと思う。
 経団連の会長が「心の豊かさをもとめ、労働時間短縮へ」とニュースに出ていたが、労働時間の短縮と心の豊かさはどんな関係なのだろうか。私が子供の頃、親が一生懸命働く姿を見て、子供ながらに何か手伝ってあげたい、いや、手伝わなければいけないと考えたものだ。頑張っている、努力している姿を見ることによって、自分も頑張らなければ、しっかりしなければ、悪い事をしてはいけないと子供心に思った事を振り返るものである。
 日本が頑張リズムで経済成長を遂げていた頃、今のように悲惨な事件や犯罪はなかったのではないか。物豊かにして、心はどうなったのか。人としての基本的な面をしっかり持たせるにはどうしたらいいか。労働時間の短縮だけで解決できるものではないと思うのだが。忘れてはいけない、失ってはいけない働く価値を、しっかり教えることが必要ではないだろうか。

2005年1月12日(水)

鈴 木 宗 男

 札幌事務所で仕事スタート。天気も良く、すがすがしい気持ち。お昼は空知管内由仁町で後援会新年会。沢山の人が集まってくださり、大いに盛り上がる。政治の現状、今年の政局等、約三時間有意義に過ごす。
 夕方苫小牧に入り、市内挨拶廻りをし、企業グループの新年会に招かれ挨拶。六百人近い人の出席による大きな新年会だったが、会長さんの挨拶の中で、「鈴木先生の復活を期待している」と話して下さり、感激。叩き上げの苦労をしてやってきた人は人情が違うと、しみじみ感謝し、私も挨拶の中で、期待に応えるべく決意表明する。去年参議院選挙後、挨拶回りが一番遅くなったのが空知管内だったので、今年は空知を最初にと考えて日程を作ってきたが、天気にも恵まれ上々のスタート。張り切ってやっていこう。
 釧路で銀行強盗、事務所の前の銀行なので大勢の人が集まり騒然としたそうだが、犯人は捕まりすぐおさまってよかった。それにしても物騒な事だ。ここ三、四年、凶悪事件が多くなってきたことに、もっと厳しく敏感に反応しなくてはならないのではないか。政治と無関係とはいえないだろう。
 インド洋沖大津波で支援物資が野ざらしにされ、雨にあたり、使い物にならないケースがあるとTVが映し出していた。せっかくの善意が生かされないとは残念な事である。その為にも国際間で協力し合い、最善を尽くしてほしいものである。自衛隊の飛行機が活動し始めた映像もあり、日本を代表して働く自衛隊の人達に、国際貢献の重みを感じながら、任務遂行を願うものである。

2005年1月11日(火)

鈴 木 宗 男

 午前中事務所で仕事。お昼はモンゴル関係者と会食。久しぶりにモンゴルの現在のお話を聞くことができ、参考になった。十四年前 外務政務次官の時、個人的に数年続けた人道支援が感謝されている事や、その後の小渕総理のモンゴル訪問の実現、経済協力等、モンゴル発展に役立っている事を伺い、安心した。近くて近い国、モンゴルの一層の発展を願うものである。
 午後から今年初めての北海道入り。札幌で夕方、新年会三ヵ所に出席。上々の滑り出し。なんとなく明るい、気持ちのよいスタートだった。
 インド洋沖大津波で、東北大学の調査では、スリランカの津波は1u 18tの圧力、10tトラックが時速40kmで衝突した力に相当するとニュースで流れていた。これでは人間はひとたまりもないことがわかる。また、この大津波で地球の自転が速まったともNASAが発表している。大変なエネルギー移動があったことが証明されている。自然の力をまざまざと感じるとともに、情報の発信、共有、システム化を早急に手がけなければと、素人ながら考えるものである。

2005年1月10日(月)

鈴 木 宗 男

 成人式にふさわしい良い天気。天気もが新成人を祝福しているようで有り難い。
 昼、十全事務所で仕事をして、午後から家内と事務所の者皆と浅草七福神巡り。浅草寺大黒天、浅草神社恵比寿、待乳山聖天毘沙門天、今戸神社福禄寿、不動院布袋尊、石浜神社寿老神、鷲神社寿老人、吉原神社弁財天、矢崎神社福禄寿を約二時間かけてのお参りだったが、すがすがしい気持ちになる。家内の発案での散策だったが、心静かに手を合わせることは自分を見つめる上でも大事なことだとしみじみ感じる。
 インド洋沖大津波で、一番大きな被害を受けたインドネシアでの復興首脳会議に小泉首相、自衛隊派遣で防衛庁長官、今日は、自民党幹事長と、この五日間で日本の要人三人が訪ねている。首相が直接インドネシア首脳に支援額、自衛隊派遣を伝えてある。防衛庁長官、幹事長がインドネシアに行くのなら、首相が行けなかった国、マレーシアとかスリランカ、タイ、に手分けして速やかに行くのが戦略的外交と言えるのではないか。一つの国に同時期に三人行くより、三カ国に足を運び日本の気持ちを伝えることがより理解されるのではないか。特に、自民党幹事長の場合、去年12月の初めに、インドネシア、ベトナム訪問が決まっており大津波災害が起きてからの訪問計画ではない。未曾有の大災害が発生したのだから、政府与党一体で戦略的外交をして欲しいものである。そのほうが目に見えた姿、形になった外交と言えるのではないか。こう考えるのは私だけではないと思うのだが。

2005年1月9日(日)

鈴 木 宗 男

 一日、のんびり過ごす。天気も良く、家内と散策する。リフレッシュできた。
 ニュースでは今日もインド洋沖津波の新しい映像が流される。TVからも巨大なエネルギーのかたまりが迫ってくる。人間が小さな点にしか見えない。あっという間の出来事に息をのむばかりだった。改めて自然の力、災害に対する普段の情報の共有等考えていかなければとしみじみ感じる。
 インド洋沖津波で中越地震が忘れられがちだが、山古志村の雪下ろしの映像に心打たれた。七十歳の老人が息子さんと一メートル以上も積もった雪を一生懸命下ろす姿に、我が家に、故郷に対する熱い想いを感じた。「今年の冬は長い冬になりますね」という淡々とした語りの中に、今置かれている諸々全ての気持ちが詰まっている様で、切なく感じる。
 世の中何が幸せで何が不幸か、自問自答しても結論は出ないが、やはり生かされている事、健康で毎日を送れる事に、感謝しなくてはならない。一日、ゆっくりしながら、人の価値、生きる事の尊さを考えたものである。

2005年1月8日(土)

鈴 木 宗 男

 今日も一日十全事務所で仕事。土曜日でも訪ねてくれる人がおり、有難い。電話も多い。こうした積み重ねが必ず生きてくると思う。
 インド洋沖津波が連日、津波が来た時の映像を流しながら伝えられ、大きな自然のエネルギーがあっという間に人とモノを飲み込む様子が映し出され、改めて巨大な力を目の当たりにして驚くのみ。情報が足りなかった事が被害を大きくしたと言われているが、国際的な津波の早期警戒システムを構築する計画が十八日から始まる国連防災世界会議で提案されるとのことだが、極めて大事なことだと考える。
 また、この津波で両親を失った子供が売買されるというニュースも出ているが、なんということだろうか。人の不幸を更に不幸するとは、人間として考えられないことである。こうした不幸なことをやらせない、させない国際的なチェック機関を作ることも考えてほしいものである。
 新聞の整理をしていたら、日本経済新聞一月四日付け夕刊五面で、戦後六十年、還暦に何思う―政治家欄で、共産党の佐々木憲昭コーナーで鈴木宗男元衆院議員の追及などで名をはせたとかかれている記事を見つけた。私を追及した「ムネオハウス」というフレーズがその年の流行語大賞にまでなったが、マスコミも一般の人も良く考えてほしい。北方四島の人が建物をハウスなどと英語で呼ぶ事はない。造語、捏造で、人をためにするだけの無責任な質疑は、神聖な国会質疑になじむものではない。共産党流のやり方だが、事実関係を良く調べて質問してほしいものだ。
 いわんや私があたかも偽計業務妨害をしているかのように佐々木憲昭氏は質問したが、ここははっきりしておきたい。私は「ムネオハウス」で裁判もしていないし、取調べもうけたことはない。北方支援事業で共産党はあたかも私が不正を働いているかのように質問したり、流したりしたが、全く事実でない。意図的な話ばかりであった。今一度正確に言わしてもらうが、共産党が指摘された件で私は裁判しているものはないということを、事実にもとづいて言わしてもらう。すり替えの議論だけはごめんこうむりたい。特に四島のロシア人が「ムネオハウス」と呼んだ事はないし、呼んでいないということはビザなし交流等で四島へ行った事のある多くの人がわかっていることである。
 言葉の独り歩きでどれだけ迷惑しているのか、事実でないことでどれだけダメージをうけているか、よく人の立場にたって考えてほしいものである。

2005年1月7日(金)

鈴 木 宗 男

 今日の新聞・TVでは、NHKの海老沢会長の辞任が報じられている。海老沢会長の記者会見は去年の会見と同じ様な内容であり、NHKをしっかり立て直したいその責任を果たすのか、勝手に辞任報道を書いている様に思われる。
 職員の不祥事で引責する例は、その部署の責任者が取ってきた例が多いと思う。最近でも社会保険庁の職員が不祥事を働いて、社会保険庁長官が責任を取っただろうか。なぜ民放・新聞社が意図的に公共放送を目の敵にするのか、不思議でならない。
 奈良の女児誘拐殺人事件も、毎日新聞の販売店に勤める人が容疑者として逮捕された。毎日新聞はどの様な責任を取っただろうか。朝日新聞しかりでないだろうか。マスコミ・メディアはもっと冷静に公正に対処していくべきではないだろうか。
 今日も事務所でお客さんから新年の挨拶を受ける。本州の人、四国の人、各地から来てくれ有難い。人間関係に心から感謝するものである。

2005年1月6日(木)

鈴 木 宗 男

 一日中 十全事務所で仕事。役所の人、民間の人の新年の挨拶を受けながら、新しい年が始まったことを実感する。誰しもが去年を振り返りながら、今年は良い年になる様と、異口同音の挨拶が続いた。
 スマトラ沖地震津波 復興支援緊急首脳会議が開かれ、日本は五億ドルの無償資金協力を表明、物資輸送、衛生状況改善のため、インドネシアに自衛隊を派遣する等、タイムリーな決定をし、存在感を示したと思う。世界各国もそれぞれの立場で支援を決定しており、五十億ドルの支援、国連主導で半年で十億ドル拠出等、世界が動いている。
 津波発生から十日後でこれだけの流れが出てきたことに驚くと同時に、世界が手を合わせれば大きな仕事が出来ることを災害だけでなく、紛争、テロ、戦争にも活かしてほしいものである。人間の知恵を、平和とか人道とかに活かすことが何よりである。

2005年1月5日(水)

鈴 木 宗 男

 午前中、大三島の日本総鎮守、大山祇(おおやまずみ)神社にお参りする。重要文化財の御本殿、国指定天然記念物の小千命(おちのみこと)御手植の楠、宝物殿には国宝及び重要文化財が沢山陳列されており歴史をうかがわせる。正に古代が今に蘇るといった趣であり、家内の実家の近くに由緒ある神社があることに気がついたのも今回の大きな収穫である。心静かに今年の平安と家内安全を祈念し手を合わせた次第である。

 インド洋沖津波でまだ連絡の取れない日本人は528人と外務省が発表しているが12月26日午前の発生から10日過ぎているがこの間、思い当たる家族、会社関係の人はどんな対応をしてきたのだろうか。情報の遅れが大惨事にもつながったと云われているが、適切な的確な情報交換をするにこしたことない。これは国家にも言えることで、テロを考えた場合、情報戦に負けてしまうと話ににならない。情報の専門家をしっかり養成していかなければならない。
 外交にも言えることで相手のシグナルをどう読むか。どう答えるか情報戦である。日本の場合、情報が十分に生かされているか。将来に向けて、しっかりと点検して欲しいものである。防衛庁の省の昇格について議員連盟が法案の提出を考えてることにつき、小泉首相は「特に問題ない」と語ったそうだが平成10年行政改革で1府12省庁にした経緯、なぜ、あの時省にしなかったのか、そして今の政治状況、国民の理解ふまえて「私はこう考える」としっかりした説明を国民にして欲しいものである。

2005年1月4日(火)

鈴 木 宗 男

 正月4日目今日も穏やかな天気で自然の加護に感謝するのみ。
 小泉首相の年頭記者会見、テレビ中継を見る。昨年の台風、地震、大雨の被害に触れ、また、インド洋の津波による被災国、犠牲者に対してのお悔やみ慰めの言葉があったが、少し元気がないように見えたのは私だけだろうか。
 郵政民営化について「官業分野の改革の本丸だ」と強調していたが今の日本にとって本当にこの問題が一番にやるべき必要なことだろうか。治安の面、防災の点、景気の問題、社会保障等国民生活を守る上で郵政よりもやるべきことがあるのではないか。日本の安全神話が崩れている今日、今一度国家の基本である、治安、安全保障、教育、外交、国の柱について訴えてほしかったと思う。イラク、北朝鮮には触れているが、ロシアプーチン大統領の早期来日を希望するなら年頭会見でそれなりのメッセージをクレムリンに届くようにするべきでないかと考えるものだ。振り付け役、アドバイザーがもっともっと必要ではないか。小泉首相を孤立させてはいけないし元気の出る日本、世界の中の日本から世界に貢献する日本にするためにも、トップリーダーの発言は重いし最高のカードであることを国民等しく考えていきたいものである。
 広島で三泊しゆっくりさせてもらった。昨年の4月6日私は母を亡くした。これから私が母にできなかった子供の務めをこれから家内の母に少しでもしていこうとしみじみ感じるものである。
 「親想うこころにまさる親心、親孝行したいときには親はなし」昔の人の言葉を改めて噛みしめながら、人生を振り返る3日間であった。

2005年1月3日(月)

鈴 木 宗 男

 三日の朝も穏やかな正月日和、午後から雨が降ってきたがやっぱり広島と言う感じ。北海道ならば当然雪になるだろう。今日も箱根駅伝テレビ観戦、駒澤大学が史上5校目の4連覇達成。見事な走りだった。今年は全19校繰り上げリレーがなく、各校が(たすき)を繋げることができてよかった。伝統の箱根駅伝にまた、新しい歴史の1ページが飾られたと思う。
 ウクライナ首相辞任、新政権発足に向け加速と報じられているがこれでウクライナも落ち着いてくれれば良い。それにしても毒殺疑惑、不正選挙とずいぶん話題が出てきたものだ。親ロシア、親欧米とマスコミが(あお)りすぎたことも原因の一つではないか。やっぱり冷静な公平な報道が必要であると痛感する。
 インド洋津波、邦人死者20人に。まだ連絡が取れていない邦人は少なくとも700人に上ると言われる。時間がたつにつれますます被害が広がっていく。6日にジャカルタで開かれる緊急首脳会議に小泉首相の出席が決まったが、アジアでの災害であり、アジアの中の日本として、ツーリトル、ツーレイトと言われないためにもスピーディーな支援をすべきだと考える。
 中越地震で被害に遭った小千谷市の住宅の雪下ろしがテレビで流れていたが、インド洋津波の影に隠れて中越地震の報道が少なくなったが厳しい冬を迎え大変な思いで毎日を送っていることを良く考えてあげたいものだ。最近の日本人は喉もと過ぎれば熱さ忘れるといわれがちなので、よりお互い心に留めていきたいものである。

2005年1月2日(日)

鈴 木 宗 男

 今日も見事な晴天。ありがたい新年のお天気である。ニュースで日本の人口は2050年には1億人を割り、2020年には必要労働人口、6820万人に対し6600万人で220万人の労働力不足となり、サービス産業は深刻な影響を受けると語られた。少子化もここまで進むと、民族の将来がどうなるか、真剣に考えていかなくてはならない。マイホーム、マイカー、海外旅行など、個人、大人の欲望を優先してきた、物優先できたつけが出てきたことを、お互い反省の上に立って受け止めなくてはならない。子供の頃よく一姫二太郎ということが言われたものだが、子供を作るのに子育て対策に補助金を出すとかする前に日本人として、果たすべき役割その責任を考えれば自ずから家族の大事さ、子供は国の財産だと言う結論に達すると思うのだが。いずれにしろ、このままでは日本がなくなってしまうこの現実を厳しく受け止めていかなくてはならない。おかげさまでわが家族は一姫二太郎。よき伝統を守り責任は果たしてきたと思うものである。
 恒例の箱根駅伝をテレビ観戦。母校の名誉と栄誉を賭け懸命に襷(たすき)をつなぐ姿にいつものことながら感激する。一本の襷にかけるチームワーク、根性、多くのサポーターのバックアップ、関係者への感謝の気持ち、今、日本人に欠けている何かを教えてくれる箱根駅伝である。
 夕方家内の実家広島に行く。冠婚葬祭しか来ていない私にとって家内の母も84歳、少しでもの罪滅ぼし親孝行と思って結婚31年にして初めて正月女房の実家を訪ねる。懐かしい風景だが、なんとなく今日は新鮮にそして恥ずかしく思いながら船を下りたものである。

2005年1月1日(土)

鈴 木 宗 男

 ハッピーニューイヤーの電話をいただきながら新しい年を迎えたことを実感する。新年を飾るにふさわし元旦晴れ。今年の平安と良い年になります様神棚にお参りする。
 新聞の一面トップを見ながら、今年はどこの新聞が先々トップに出た記事が話題になるのか今から注目して行こう。
 新年の挨拶に来てくれたお客さんと今年はどうなるのかそれぞれの考えを交換し合う。国内的には小泉政権発足4月で満4年、その時の政治状況は、通常国会で郵政民営化法案の行方は、4月の衆議院統一補選の結果は、7月の東京都議会議員選挙、自民党結党50年の憲法改正草案の中身は、海外に目を向けると、1月のイラク国民議会選挙は予定通り行われるのか、北朝鮮への経済制裁決断はあるのか、またその時期は、対中国政策では首相は靖国参拝をするのか、プーチンロシア大統領はいつ頃来日するのか、国連改革により常任理事国入りは出来るのか、米軍の再編はどこまで進むのか、サマーワで支援活動する自衛隊の皆さんの安全が確保されるか、今年も息を抜けない政治日程が山積している。国益、民族の将来を考えての判断をお願いするものである。
 元旦を久しぶりに子供達と過ごすことが出来家族の重みをしみじみ感じる。家族の顔を見ながら今年もしっかり頑張っていこうと決意するものである。


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