朝の便で千歳から上京。北海道から東京に来ると、すっかり春らしくなったと実感する。
質問主意書5件の答弁が返ってくる。
今日返ってきたのは:
- 1971年沖縄返還協定を巡る日米密約に関する質問
- 全国小売酒販組合中央会元事務局長に対する外務省欧州局の情報提供に関する質問
- 外務省におけるセクシャルハラスメント(性的嫌がらせ)に関する再質問
- 北方四島の管轄権に関する再質問
- 赤いTシャツを賞品とする川口賞に関する質問
の5つの答弁で、内容はいずれも想定した通りのものであり、次につなげていけるものである。東京新聞夕刊12面では2.の全国小売酒販組合中央会元事務局長に対する外務省欧州局の情報提供に関する質問が記事になっている。滑稽なのが5.の川口賞に対する答弁で、答えを読みながら、マンガチックな内容に呆れたものである。
毎日新聞夕刊2面の特集WORLDに「東京地検とライブドア 『検察幻想』狙った」の見出しで、ノンフィクションライター・魚住昭さんの興味深い、また、深層をつく記事を目にする。そういう見方もあるのかと勉強になり、また、私も同感と思いながら読ませて頂く。以下に全文を引用する。
特捜検事は猟犬だ。獲物を見つけたら走り出すよう動機付けされている。悪を許さないという信念もあるだろう。ただし、彼らにとっての「正義」とはしばしば、自らの行動を正当化するために使われると言っても過言ではない。
庶民は大きな「検察幻想」を抱いている。(92年の)東京佐川急便事件の際に検察庁の表札にペンキが投げつけられた事件があったが、あれなどは期待感の裏返しであった。
検察もまた、組織官僚だから、いかに自らの威信と権力を維持するかに腐心している。その点で、4年前に逮捕した鈴木宗男衆議院議員が復権したことには大きな危機感を抱いたはずだ。検察が標的にした政治家で、彼ほど早くに表舞台に復活した例はない。検察は「検察幻想」を維持する必要に迫られていたのだ。
「額に汗して働いている人々」のため、ライブドアの立件に踏み切ったというのは良く出来たストーリーだが、内実は違うと思う。私に言わせれば、今回のライブドア摘発はとても恣意的な捜査である。
その理由は二つある。一つはライブドアはそれほど悪逆無道なことをしたわけではないということだ。逮捕容疑となった証券取引法違反(偽計、風説の流布)は広い意味で言えば「形式犯」だ。東横インの社長が語ったように「制限速度60キロの所を67、68キロで走ったようなもの」である。一昔前なら監督官庁による行政指導で済んだ話だろう。
もし、堀江貴文被告らの行為が罪に問われるべきなら、検察の「裏金づくり」だってそうあるべきだ。自らの疑惑にふたをしておいて、他人の違法行為だけ摘発する組織が国民の尊敬を集めるわけがない。
もう一つの理由は、今回の捜査がライブドアによるニッポン放送株買占めに端を発していることだ。
当時、フジテレビやその周辺などから「ライブドアの時間外取引は違法ではないか」という声が上がった。それをきっかけに特捜部が内偵捜査に乗り出したのだが、フジ側の行動に全く問題はなかったのか。私は紛争当事者の一方に肩入れをしたという印象を否めない。
検察の権力行使は、恣意的であってはならないし、慎重でなければならない。検察ファッショの反省が戦後法曹界の出発点となったはずだ。政治は選挙を通じて民意のコントロールが利くが、検察はほとんど利かない。独り善がりの「正義」が暴走する危険性をはらんでいる。
本来の「正義」とは、草の根の庶民の利害にかなうことだ。近年の検察の「正義」はそこから離れて、「官僚の正義」あるいは「国家の正義」と化しているような気がしてならない。(以上)
今日の産経新聞朝刊1面に「残留孤児2世の日本人男性 中国で7年服役 『外務省の依頼で情報収集』 『助ける』約束…保護されず」の見出しで、中国で国家機密を入手したとして1996年に逮捕され、2003年まで約7年間、北京の刑務所で服役した原博文さんの記事が出ている。私が質問主意書を出している在上海総領事館員の自殺事件とも合わせてみると、外務省の姿勢が見えてくる。3面には「上海事件と本質同じ 『外務省 自国民を守る気なし』」の見出しで原さんの証言が載っている。今日の証言は「上」となっているので、あと2回ほど続くものと見られるが、原さんの証言を注意深く、関心を持って読んで行きたい。
|