ムネオ日記
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2006年3月31日(金)

鈴 木 宗 男

 読売新聞1面トップに「自殺上海領事館員の遺書入手」と出ている。2面に遺書の要旨が載っており、唖然とする。遺書は外務省への報告書の形式で書かれており、公電のスタイルで、まさに最後報告ともいうべきつくりになっている。総領事宛ての遺書だが、この遺書を知る人は限られている。外務省関係者しか知りうる立場にない。一体誰が何の目的で亡くなった人のプライバシーを考えず表に出したのか、はらわたの煮えくり返る思いだ。私の質問主意書には遺書の存在は認めながら、ご遺族の意向、プライバシーに関わることなので公には出来ないと答えてきた答弁書は何だったのか。ここにも外務省の隠蔽体質、誰かに責任を転嫁しようとする姑息な自己保身の外務省の姿が見え隠れする。私はこの遺書を涙なくして読めなかった。軟弱な、そして隠し通せないとみると、あっさり人を売ってしまうこの外務省のやり方に亡くなった電信官がどれほど無念の思いでいることか。私は亡くなった松本さんの為にも外務官僚を徹底的に正していきたい.それにしてもひどいやり方である。中国を非難する前に、2004年5月自殺があった時点で外務省は中国に対し、どの様な抗議をしたのか、今頃になって「領事関係に関するウィーン条約違反」だと言うなら、その時どんな言いぶり、どんな言い回しで中国に厳しく迫ったのか、ここまできた以上、国民に説明して欲しい。亡くなった松本さんの無念さを考えるとなお一層そんな気持ちで一杯になる。あらためて一部外務官僚の身勝手さにあきれかえると同時に、質問主意書の効果が現れてきていると実感する。
 中国残留孤児である原博文さんをスパイとして使い「逮捕されても何もしてくれなかった」と原さんに言われる外務省一部官僚、ここ迄きたら、解体的出直しが必要と考えるのは私だけだろうか。今後とも国民への情報開示、透明性確保に向けて私は頑張って参りたい。
 昨日の村岡無罪判決をテレビは勿論、新聞も大きく扱っている。村岡先生が公判終了後、検察官の処へ行き「橋本さんと元宿さんをやって下さい」と言ったことが書かれているが、迂回献金が行われておりながら、それには手をつけず、又、不起訴不当と決した検察審議会の声にも耳を貸さなかったが、検察の恣意的捜査が明らかになった。「一事不再理の原則で動くことはないと思うが検察が本当に正義の味方ならば日歯連の問題を根っこから取り組むのが信頼回復につながる道である。何をもって正義か自分中心で世の中があると思っていたら大きな間違いである。」といった声が、今日は東京事務所、北海道の各事務所へたくさん寄せられた。又、仲間の国会議員からも検察のやり方について様々な意見が寄せられたので、それぞれの立場でしっかり対応していこうと話す。
 札幌事務所で仕事をし、19時57分札幌駅発で帯広へ。明日は母の3回忌法要を足寄大誉地で執り行う。一昨年の4月6日が母の命日だがウィークデイだと多くの人に迷惑をかけるので土曜日にすることにした。

2006年3月30日(木)

鈴 木 宗 男

 朝刊各紙に、高校教科書検定結果についての記事が出ている。「領土に関して竹島と尖閣諸島を取りあげる記述が増えた。帰属を明確にするよう記述の修正を求められるケースも多く、厳格な記述を求める文部科学省の姿勢が鮮明となった」(読売新聞3面)と書かれているが、高校生の教科書には、なぜ問題になっているか、歴史的な経緯も示してほしいものである。また、北方領土に関しての記述を充実させて頂きたい。
 同時に、教科書は教科書として、外交交渉をつかさどる外務官僚がしっかりロシアや中国、韓国と交渉してもらわなければと考えるものである。特に北方領土に関しては、今年は日ソ共同宣言から50年、大きな節目の年である。ロシアは今年のG8サミット議長国でもある。相手のシグナルをしっかり受け止めて、現実的解決を図ってほしい。
 在日米軍再編に関する在沖縄海兵隊のグアム移転費負担割合について、麻生外務大臣は「50%は切りたい」と語っている。28日の5閣僚会議でも、50%以上は負担できないと確認しているそうだが、簡単に50%と言っても、6000億円である。「随分アメリカには気前がいいな」と思うのは私だけだろうか。在日米軍には日本は相応の負担をしてきたし、現在もしている。アメリカが沖縄からグアムに移転するのはアメリカの判断であり、アメリカが負担するのが筋ではないか。
 イラクに自衛隊を出し、イラク復興の為に6000億円も日本は出している。インド洋でも日本のお金で油を供給している。日本として、十分世界の平和と安全の為、責任を果たしているのではないか。アメリカに言われるままで、真の日米同盟、グローバルパートナーシップと言えるのだろうか。日本の常任理事国入りについても、アメリカの理解が得られず、安全保障理事会改革決議案の提出を見送ることになったそうだが、この一点を見ても、真の日米関係であるかどうか、冷静に分析せねばならない。
 「アメリカ一辺倒のツケが、八方ふさがり外交の原因にもなっている」と、多くの人が私のところに言ってくる。私もそう感じながら、体を張って小泉総理を支えない、自己保身の外務官僚の姿が見えてくる。外交の専門家たる外務官僚は、今こそ命がけで小泉総理を支え、その存在感を示すべきではないか。
 格差についても、ここ一週間、各紙が報じているが、話題にするのが遅かったのではないかと思う。間違いなく格差は拡がっていると国民は実感として受け止めている。格差が拡がり、国民がやる気をなくすと、国家としての力がそがれるのである。努力すれば、頑張れば栄光の座が待っているという、真の公正・公平な社会にしなければならないとしみじみ思う。地方や弱者には厳しく、強者・大都会に配慮する今のやり方で、本当に日本は大丈夫だろうかと憂慮するものである。
 村岡兼造先生の裁判で「無罪」判決。平成研事務局長の証言は信用に足らないとのことだが、それなりの経験を持つ自民党議員の場合、事務処理は秘書・事務方に任せ、議員本人がどうこうと言うことはないというのが私の経験則である。「平成研の事件よりも、『日本歯科医師会からお金をもらい、請託を受けておきながら不起訴というのはおかしい。起訴すべきではないか』と検察審査会が指摘した件をしっかりやった方が、検察も国民の理解や更なる評価を受けたのではないか」とのファックス・メールが事務所に飛び込んでくる。私はこうした国民の声を大事にしながら、行動して参りたい。
 16時羽田発の飛行機で千歳に向かい、18時30分より苫小牧市で会合。新しい後援会組織を立ち上げて戴く。私が歩いた分だけ各地に新しい輪が拡がり、嬉しい限りである。今日の苫小牧は雪が舞っている。春の兆しの東京から、冬の北海道に来た感じだ。

2006年3月29日(水)

鈴 木 宗 男

 朝夕、一寸寒い東京の天気だった。北海道、帯広で30センチ雪が積もったと連絡が入る。この時期には珍しい降雪量である。国会がしっかりしていないと、天気までおかしくなるのかと、ふと思いながら議員会館で仕事。
 12時10分、決算行政監視委員会出席。午後から読売TVの取材、15時から雑誌の座談会、20時から「週刊金曜日」600号刊行記念憲法集会に各党国会議員と一緒に出席。私は、憲法議論は大いに結構だが、性急に憲法改正をすべきではない。落ち着いた雰囲気の中で、手続きを大事にしながら進めていくべきと持論を展開させた。又、個人情報保護法について、国会議員と行政指導のできる立場にある公務員の管理職以上は対象から外すべきだと主張させていただく。個人情報保護法を隠れ蓑に、自己保身や情報の透明性に欠けることが出てきているのではないか。1人政党なので出席の皆さんにバックアップをお願いした。大きな拍手を頂き有り難かった。
 大相撲、白鵬が大関に昇進。ご両親の満足そうな、我が息子を自慢げに見つめる姿がTVから映し出され、白鵬は素晴らしい親孝行をしたと感じる。更に上を目指して頑張ってほしい。同時に、日本人力士の踏ん張りを期待したい。国際化の中で相撲も例外ではないが、何といっても日本の国技である。その国技に日本人力士が綱をはれないのは残念なことである。モンゴルの関取を見ていると、みるからにハングリー精神、ガンバリズムが伝わってくる。日本人の関取も昔はひたむきなガッツがあった。努力した者、頑張った者が報われるのはどの社会でも通用することである。改めて日本人力士の奮闘をお願いしたい。
 選抜高校野球2回戦、沖縄石垣の八重山商工高校は残念ながら、強豪横浜高校に7対6で惜敗。後半追い上げたがあと一歩、1点足りなかった。しかし、五分の戦いを展開した、八重山商工に「夏もまた来いよ」という甲子園の暖かい声があったことだろう。もちろん私も同じ思いである。

2006年3月28日(火)

鈴 木 宗 男

 議員会館で陳情受け付け、お客さん対応。
 14時からNPO(特定非営利活動法人)ライツの「10代のための潜入!!永田町ツアー」意見交換会に出席。政治を身近なものにしようとの試みだが、中高生の生の声を聞くことができ、参考になった。「なぜ政治家になったのですか」という質問があり、子供の頃電気がなかったことや、立ち後れていた社会環境の実態など、また、中学1年の時「将来何になるか」というテーマの作文で「政治家、国会議員になります」と書いたエピソードなどを話した。子供達に目的・目標をしっかり持って、人生挫折や失望があってもあきらめないで頑張ることが大事であり、私はその事を実践していることを強調させて戴いた。
 子供達も「鈴木宗男」は知っており、拍手や歓声で迎えられたのには驚いた。質疑が終わってからもサイン、写真を求められ、喜んで応じる。短い時間だったが、純真な子供達と接し、なんとなく心洗われる気持ちになった。
 朝刊各紙は麻原被告の控訴棄却の記事で埋まっており、夕方は耐震強度偽装の姉歯元一級建築士の妻が自殺したとのニュースが流れている。人生色々なことがある。人生は自分の思い通り、計算通りにはいかないものだ。私自身、天国と地獄を見た者として、つくづくそう感じる。命は尊いものである。死ぬほどの決意があるのなら、まだ人生を生きられたのではないかと思うと、心が痛むのと同時に、なんとも悲しい出来事である。今日、子供達に「人生、挫折や失望があってもあきらめるな」と言ったことを、自分自身に言い聞かせたものである。

2006年3月27日(月)

鈴 木 宗 男

 議員会館でお客さん対応、テレビの収録、新聞社のインタビュー等、今日も忙しい一日だった。
 13時半から日本軽種馬協会通常総会に出席。私は十勝軽種馬組合の組合長であり、全国理事でもあるので、年に一回の総会は万難(ばんなん)(はい)して出席することにしている。今年は役員改選の年でもあり、河野洋平衆議院議長が会長に再選され、私も引き続き理事をすることになる。競馬振興も馬産地北海道にとって大きな使命であり、与えられた任務を全うしていく決意である。丁度、中東ドバイでは国際競争競馬が行われており、日本の2頭が優勝するニュースも飛び込んできて、時機を得た総会でもあった。
 15時50分から市ヶ谷の防衛庁において、「統合幕僚監部」新設記念行事が行われ、出席する。歴代防衛庁長官、政務次官が紹介されたが、私は3度政務次官をしているので、防衛庁との縁は深い。
 祝賀会で防衛庁の幹部が「沖縄普天間の移設を交渉していますが、鈴木先生みたいな人がいなくて大変です」と言ってくれる。平成9年、沖縄海兵隊の県道104号線越実射訓練を、私が地元を説得して別海町矢臼別演習場に第一号で受け入れたことを評価してくれての話だが、多くの幹部が今もそのことを話題にしてくれるだけでも防衛庁の姿勢がうかがい知れ、嬉しかった。「この点外務省とは随分違いますでしょう」と語りかけてくる幹部もおり、苦笑いしたものである。信頼関係、人間関係は大事である。特に、政治家の基本と、私はいつも心している。
 佐賀県玄海町で、九州電力玄海原子力発電所3号機のプルサーマル計画に対して、県知事、町長が26日、計画を了解したと朝刊1面に載っている。これも国のエネルギー政策に関連しての大きな決断であり、全国初となる話でもあり、重い出来事である。この記事を見ながら、国会議員がどんな役割を果たしたのか、嫌なことは人任せではいかがなものかと思いながら、私は沖縄の痛みを考え、負担軽減を実行した者として、これからも国益優先で物事に対処していこうと注意するものである。

2006年3月26日(日)

鈴 木 宗 男

 午前中、札幌事務所で仕事。11時半、丘珠空港発で釧路へ。
 14時から小松茂北海道道議会議員のセミナーに出席し、挨拶の機会を得る。知事も来ていたので、平成15年知事選挙に出る時の公約の一番の柱に、2年間で5万人の雇用の場をふやします(平成15年・16年度で)と約束しているが、北海道の失業率が5.7%、改善されるどころか高校を卒業しても、大学を出ても地元に就職できない現状をどう考えるか、役人的発想では北海道は元気が出ないとハッパをかけさせてもらった。どれほど北海道の現状を認識しているのか、知事の発言の中で雇用問題は触れられることはなかった。生活感が無い知事の態度に、セミナー終了後、多くの人から「官僚的姿勢ですね」、「困っている人、弱い人のことをわかっているのですかね」と声をかけられる。私もそう思いながら、ここはしっかりと先を見据えて対応していかなくてはと考えたものである。
 16時から釧路の報道関係者と懇談。道州制についての私の認識、見解、現状分析、来年の統一地方選挙に向けての新党大地の基本的取り組み方、地元の政治情勢などを話す。
 18時に釧路管内女性部との懇親会。3月4日に行われた釧路町後援会の新年交礼会の直会であるが、お手伝いしてくださった50人以上の女性が出席して、和やかな中にも後援会の強化等話し合って頂き有り難かった。
 19時半、お世話になっている方のお通夜があり弔問し、20時15分釧路空港発で羽田に向かう。今日も1日効率よく有効に活動できた。
 公正取引委員会が、新聞の宅配制度や、全国一律の価格設定の柱となる「特殊指定」の見直しを検討しているのことに、地方議会や、自民党の各派閥でも、反対する決議、動きが出ていることについて事務所には次のような意見が多く寄せられる、「談合問題を厳しく指摘している新聞が、価格設定し、休日も横並びは談合ではないのか」、「規制緩和に聖域なしと小泉首相は言ってきたが、新聞は別なのか」「文字、活字文化を守るのは何も新聞だけではない」こうした声を聞きながら、私も何が公正で、公平なのか少し勉強しようと考える。同時に、国民皆様の素朴な疑問、思いにもしっかり耳を傾けていかなくてはならない。
 アメリカは、沖縄海兵隊のグワム移転費用、総額100億ドル(約1兆1800億円)のうち、75%(約9000億円)の負担を日本に求めている話も「アメリカの身勝手な押し付けだ」「アメリカの言いなりになっている政治家の態度もけしからん」という声も数多く寄せられる。おもいやり予算等、日本は日米関係の重要性、安保条約の順守に努め、やるべき事はやっていると私も感じながら、何か歯車が狂っているとしか思えない最近の様々な出来事にこの先を心配するものである。

2006年3月25日(土)

鈴 木 宗 男

 昨日は北見市での森部君の決起大会のあと、十勝管内陸別町に寄り、後援会有志と懇談、金澤町長、朝倉議長も一緒になり、放談会となる。小さい時からの仲間、同士は有難いものである。改めて故郷の人情に触れ、心温まる時間を過ごさせてもらった。
 9時半十勝管内幕別町にある金剛寺さんに寄り、新田方丈さんの奥さんの3回忌、お孫さんの得度式に顔を出し、ご挨拶して失礼する。
 10時4分帯広駅発で札幌へ。13時から大地塾3月例会。熱心な党員が集まってくれる。今日は新党大地副代表の秋元正博さんが「スポーツと私」というテーマで子供の頃からの夢であった世界選手権、オリンピック出場に至るまでの苦労や頑張りを、経験に沿ったお話をして下さり、出席者は感動して聞いていた。新党大地には人材がいるということを実感しながら良い勉強会だった。
 18時から帯広の山崎家、紋別の三浦家の結婚式に出席。新郎のご両親とは家族ぐるみ、親戚同様のお付き合いをさせていただいているので、今日は親戚の一員という思いで家内共々お祝いに駈け付ける。
 20時半から松山千春さんと夕食懇談。久し振りにお会いしたが、元気そうで安心した。今年はデビュー30周年、大きな節目の年の松山さんで、ひと回りもふた回りも大きな存在になる松山さんと感じる。「新党大地」を命名してくれたことに心から感謝するものである。

2006年3月24日(金)

鈴 木 宗 男

 朝9時半、伊吹文明代議士に面会。道州制について意見交換をする。伊吹代議士は北海道の現状を良く踏まえた判断をしてくれるものと確信した。衆議院の行革特別委員会の委員長に就任されたが、自民党の道州制の調査会長でもあり、良い時期の良いポストに良い人が就いていたことは、北海道にとってもラッキーだったと思う。
 議員会館でお客さん対応、テレビの取材をうける。質問主意書に関するテレビの取材を受けているとき、100本目の答弁書が戻ってくる。ムネオ日記にも先週書いたが、100本目は「杉原千畝元在カウナス日本国領事代理に関する質問」である。その中で、「1991年10月にリトアニア共和国ビリニュス市でランズベルギス・リトアニア共和国最高指導者と会談した際の記録はどこに保管されているか」との質問をしたが、それに対し「外務省として、御指摘の会談が行われたとは承知していない」という答えである。あの時私は外務政務次官で、政府特使としてバルト3国との51年ぶりの外交関係樹立の為バルト3国を訪問し、3国の最高首脳と会談している。歴史を改ざんする、記録を改ざんする外務省の姿が明らかになった。ウソつきに良い外交は出来ない。直ちに再質問主意書を衆議院に提出させて戴いた。
 更に、「窃盗等を行った外務省職員に対する処分に関する質問」に対する答弁書で、窃盗を行った外務省職員に退職金が支払われていることが明らかになった。「泥棒に追銭、盗人に追銭」という表現があるが、「当時の判断は妥当であった」と答えているこの外務省の認識が、国民の理解を得られるものであるかどうか、多くの人に検証して戴きたい。
 私の質問主意書に対し「紙でのやりとりは手慣れたもので、そのうちネタがきれるでしょう。」とタカをくくった言い方をしている外務官僚もいると耳に入ってくる。それならば、私も更に情報の開示、透明性の確保の為に、国民の目線に立って、精一杯しっかり質問主意書を出していこうと力が入るものである。
 外務省が作ったいわゆる「ムネオマニュアル」にしても、第3回目質問書に対する答弁書では「外務省として『政』と『官』との適切な関係を維持していくための方針としてとりまとめたものであり、それ自体が個々の外務省職員に対する職務上の命令としての性質を有するものではない」とあり、怪文書まがいのものであることが明らかになったではないか。正直者はどちらか、時間が経てば経つほどはっきりしてくることである。
 15時羽田発で釧路空港に向かい、車で北見へ。18時半から北見市議会議員だった、私の秘書をしている森部浩司君の決起大会に駆けつける。盛会の内に終了できて良かった。北見市は合併に伴い、4月2日告示、9日投票日で、市長選挙、市議会議員選挙が行われる。森部君は連続3期当選、4期目を目指しており、「新党大地」公認でもあり、私も心からのお願いにあがったものである。北見市にお知り合い、ご友人がいれば、是非とも森部君に紹介して戴きたいものである。
 永田議員に対する質疑が行われ、永田議員は仲介者は「西澤孝」氏と公表したが、西澤氏であることは既に関係者は知るところであり、なぜもっと早くに公表しなかったのか。追い込まれてからでは意味をなさない。西澤氏の証人喚問も決まったそうなので、更に真相が明らかになるだろう。国民が納得のいく結論を、国会の場で出さなくてはいけない。
 甲子園選抜大会2日目、沖縄県石垣の八重山商工高校初勝利。島の子供達ではい上がってきた、重く尊い、貴重な光り輝く1勝である。八重山の離島の皆さんが、アメリカの占領下におかれた苦難の歴史を背負う人達に「やれば出来る」という大きな勇気や夢、希望を与えてくれた意義は計り知れない。次の試合も必勝の信念で頑張ってほしい。

2006年3月23日(木)

鈴 木 宗 男

 9時03分東京駅発で名古屋へ。11時半からお世話になっている稲沢商工会議所会頭の就任披露パーティーに出席。久納昇辰会頭の見事な挨拶に驚く。2分間の短い中に万感の想いを込め、お世話になったお三人のお名前をあげ、心打つものであった。今まで色々な会合に出て、多くの人のご挨拶を聞いてきたが、今日の久納会頭の一言は、私の頭に長く、長く残ることだろう。衆議院本会議が入ったので、12時25分名古屋駅発で帰京。
 本会議終了後、森前総理と先週に引き続き面会。26日から訪ロされるので、私なりの日ロ関係についての分析をさせて戴いた。今年のサミット(G8)は7月サンクトペテルブルグで行われる。ロシアが名実共に主要国の一員である事を、ロシア国内と世界に示す絶好の機会になる。この時期に森前総理が日ロ賢人会議の為、訪ロされることは、時機を得たものである。
 プーチン大統領と森前首相とは、5年前から揺るぎない信頼関係が維持されている。八方ふさがりの日本外交の中で、森前首相の果たす役割は極めて大きく、小泉首相にとっても好都合ではないか。森前首相の訪ロに注目し、期待したい。
 永田議員の弁明に対し、やはり世の空気は厳しい。24日の答弁次第では、更に窮地に追い込まれるのではとの受け止めがもっぱらである。自ら招いた事とは言え、国会での質疑は真実を質していかなければならない。国会の自浄能力も必要ではないか。その為には、今回の永田議員の件はうやむやにすべきではなく、厳罰で臨むべきである。4年前の「ムネオハウス」とねつ造した佐々木憲昭議員、「疑惑の総合商社」と言った辻元清美議員の発言で、一方的に悪いイメージをつくられた私の経験からも、国権の最高機関たる国会で、国民の目線にあった、しっかりした結論を出していくことが、民主主義を守っていく道だと考える。
 今日から春の高校野球選抜大会が始まる。未来の世界一を目指す高校球児の全力プレーが、また多くの感動を呼ぶことだろう。北海道民の私としては、駒大苫小牧高校の出場辞退は残念だが、旭川実業高校、北海道栄高校と立派な代表が出ているので、声援を送っていこう。

2006年3月22日(水)

鈴 木 宗 男

 新聞1面トップは、ワールド・ベースボール・クラシック、王ジャパン世界一で埋まっている。久々に明るい、国威が高揚される出来事であった。昨日の決勝戦の最高視聴率は56%、平均は43.4%(関東地区)だそうで、野球に興味のなかった人も大勢みていたことになり、これで野球人気が少しでも上がればと考える。
 私も高校まで硬式野球をやっていた者として、野球は青春であり、今も当時の仲間と一緒する時があるが、友情、思いやり、優しさを共有できた時間があったことが、今、大きな財産になっていると思う。王監督の人間味、指導者としての心構えなど、多くのことを教えてもらったWBCの結果である。イチロー選手の存在も忘れてはならない大きなことと思う。
 衆議院の懲罰委員会で、送金指示メールを巡り永田議員が15分間「身上弁明」を行ったそうだが、情報提供者の名前も公表せず、メールの真偽について「本物と信じ切っていた」と述べている。全て偽物であったと謝罪広告まで出しており、永田議員の今回の弁明は、逆に国民から不信を招くのではないか。しいては、永田議員の身分の問題にまで発展していくことだろう。何よりも、民主党の存在そのものに大きな影響を与えていくのではないか。偽物と自ら認めた以上、永田議員自身が出処進退をはっきりさせるべきである。
 夜は出版社関係者と懇談。ネットワークの広い人なので、世の中の様々な動きについて、大変参考になる話をたまわった。
 質問主意書を17日に4件、20日に15件衆議院に提出したが、今日の議運理事にかかったのは9本のみで、残り10本については次回回しとのことである。16日の麻生外相の記者会見、また、外務官僚の18日付新聞記事に基づいて私は対応したのだが、衆議院議院運営委員会もどうしたことか。中身で判断してくれれば良いものを、数で判断するとはどうしたのだろうか。金曜日には当然取りあげてくれるものと思うが、なんとも腑に落ちない今日の扱いである。

2006年3月21日(火)

鈴 木 宗 男

 旗日だが朝から議員会館に出て書類整理。秘書も全員出て事務処理に精を出す。
 11時から、ワールド・ベースボール・クラッシックの決勝戦が始まりTVを見ながらの仕事である。日本が先制点を取り、有利に試合が運び、見事初代世界一に輝く。王ジャパンの一致結束してのプレーに心から敬意を表したい。元気の出る日本に貢献したことに、夢や希望を与えてくれたことに感謝したい。 それにしてもアテネオリンピック金メダルのキューバであり、どうなることかと心配してTV中継を眺めていたが、日本が底力を発揮してよりよい結果につながった。王監督の采配も素晴らしかった。
 スキージャンプの原田選手が引退会見、長野オリンピックの時、原田選手は地元の皆さんと一緒に私が大臣のとき大臣室に訪ねてくれたものである。好男子との印象を受けたことが、昨日のように思い出される。原田選手のジャンパー生活28年間を讃えたい。特に内助の功を発揮された奥様に万感の思いでご苦労様といいたい。これからは第二、第三の原田選手を育てていただきたい。
 産経新聞1面トップに「検証小泉改革、格差社会、気分に影」という記事がある。一握りのIT業界が勝組で他は負組という色分けは日本人全体のやる気を失い、国力の低下を招くのみである。私は機会平等、公平原則で元気の出る日本にしたいと思っている。
 夕方、昭和58年、私の最初の選挙から大変お世話になっている方が東京で入院治療を受けているのでお見舞いに伺う。元気そうなのでひと安心である。
 18時半から、留萌から上京された後援者と夕食を一緒する。昔話に花を咲かせながらあらためて人間関係の重さを痛感する。
 休日といいながらも仕事をやり、また仕事が入るとそれなりに忙しい一日になってしまった。

2006年3月20日(月)

鈴 木 宗 男

 朝、釧路事務所に入り打合せ。11時半釧路空港から上京。雪が舞う昨日の羅臼に比べ、東京は体を動かすと汗がにじんでくる。いつも思うことだが、これだけの環境の変化、条件が違うと政治が必要であることを多くの政治家はしっかりと受け止めていただきたい。
 議員会館に入り、日程打合せ、明日は旗日なので、月曜日だがお客さんもなく書類整理が出来る。
 ワールド・ベースボール・クラシック準決勝日本・韓国戦の平均視聴率は36.2%、瞬間最高視聴率は試合終了直前の午後3時45分で50.3%になったそうだ。王監督をして、神風が吹いたと言わしめた準決勝進出であり、韓国との過去2試合が接戦での惜敗、3度目の戦いに余計大きな注目が集まったのだろう。21日のキューバとの決勝戦が楽しみだ。ここまできたら、ぜひとも王ジャパンに勝っていただきたい。
 トリノ・パラリンピックが閉幕したが、金2、銀5、銅2、計9個のメダルを獲得、入賞した選手、頑張った出場選手、全員に拍手を送りたい。ハンディを負ってもしっかりと目標を持って頑張る姿は、尊く光り輝くものである。あらためて感動をありがとう、勇気をありがとう、夢や希望をありがとうと感謝したい。
 地下鉄サリン事件から今日で11年。風化させてはいけないテロ行為を厳しく断じて行かなくてはならない。犠牲者のご冥福と、今なお闘病生活を送っている方々のご全快と、ご回復を祈ってやまない。
 土曜日のムネオ日記でも予告したが、今日、質問主意書15本提出させていただいた。17日の外務大臣の記者会見、新聞記事による外務官僚の言葉を私なりに真摯に受け止めての行為である。私のところには、「4年前、鈴木さんを排除するために共産党や民主党に改ざん文書を送ったり、マル秘文書を送りつけた外務省の汚いやり方を思えば、鈴木さんは堂々と国会のルールに基づいてやっているのですから、今後ともしっかり外務省を正してください」といったメール、FAXが今日もたくさん入ってくる。
 世の中、わかってくれる人はいるものだと思いながら、外務省の自浄能力が発揮されるまで、国民への情報の透明性、情報の確保に向けてさらにさらに頑張っていこう。ぜひとも衆議院のホームページにアクセスして私の提出した質問主意書と答弁書を見ていただき、ご指摘やご指導を頂きたい。心からお願いするものである。

2006年3月19日(日)

鈴 木 宗 男

 10時半から高規格幹線道路日高自動車道厚真門別道路鵡川インターチェンジ−日高富川インターチェンジ間の共用開始式典に出席。来賓の挨拶の中で、「人、モノの流通に大きな効果が見込まれる」といった話があったので、私は人道的、特に命に関わる脳、心臓病は時間との闘いである。専門病院は各町村にはない。どうしても苫小牧、札幌へ向かわざるを得ない。命を守る道路、その機能もあることを都会の皆さんにわかって欲しいと強調した。浦河まで早くつなげることが日高地方の発展につながるので、その為にも道路財源の堅持を各町村で訴えるようにお願いした。また、道州制についても権限だけ移譲されてもそれに見合う財源、財政的裏づけがないと、逆に道の負担が増えるだけだ。この点、しっかり考えなくてはいけない。
 早速、富川から高規格道路を使い札幌に向かったが、随分と便利である。20分は短縮されたと思う。15時40分丘珠空港発で中標津空港へ。中標津は雪のため着陸できない時は丘珠空港へ引き返すか、女満別空港に向かうという条件付きの出発だったが無事着陸。ホッとする。確かに雪が多く、道々(北海道が管理する道路)を走ったが除雪されてなく大変だった。この厳しい自然との関係も道州制の議論の中でしっかり踏まえて欲しいものである。一つの例だが国道を管理する北海道開発局は、雪が5cm積もると除雪に入り、しかも24時間体制である。北海道が管理する道々は10cm降って、はじめて除雪に入り、午後10時で終わりである。この除雪体制ひとつ見ても、簡単に国道を北海道に移され維持管理せよと言っても無理であるし、体制はとれないのである。除雪ひとつ見ても、急病人が出たとき、事故があったとき、どうするか、政治は万般に目を凝らして対応していくのが当然の責務と私は考えて、社会資本整備の充実に力を注いできたものである。是非とも北海道の現況を一例として挙げたがご理解を頂きたい。
 18時半から根室管内羅臼町後援会の新春交礼会。羅臼はスケソウ漁の関係で漁が終わるのを待って毎年、交礼会を行っている。羅臼は私のいつの選挙でも生まれ故郷の足寄に次ぐ高得票を出してくれる町で、後援会も一致結束模範的な組織である。今日も雪が降る足元の悪い中、300人以上の人が集まってくれ、有難い限りである。一面銀世界の羅臼に来て、人のぬくもり、人情を感じながら、自然環境の極めて厳しいこの地で生きていく人達に政治が必要だとつくづく感じながら私はその役割を果たして来たし、これからも果たしていこうと決意するものである。
 日本世論調査会が、4・5日実施した世論調査で所得の格差が「拡がっている」、「どちらかといえば拡がっている」と感じる人が合計で87%を占めていることがわかった。1億総中流といわれた言葉が死語になりつつある。「努力し頑張れば」というヤル気が無くなることは日本全体の国力が落ちることである。努力すれば報われる、頑張ったものが栄光の座に就く、といった健全な誰もがチャンスを与えられる公正、公平な社会にするのも政治の大きな役割である。一握りの金持ち・IT関係者が良い思いをしているという印象はいびつな社会である。額に汗した者が評価される社会になるよう、私は負け組から敗者復活した者として、一つのモデルになるよう努力し頑張っていきたい。

2006年3月18日(土)

鈴 木 宗 男

 8時から新橋第一ホテルで北海道の後援者と朝食会。
 9時15分羽田発で釧路へ。正午から財団法人釧根郷土芸能振興基金第14回活動助成金贈呈式に出席。設立時から私がお手伝いをした経緯もあり、又、顧問にもなっており私なりに想いのある組織で挨拶しながらも初代理事長の石田栄一さんのご尽力が脳裏をよぎり心から敬意を表させて戴いた。
 車で帯広に移動し18時から昭和58年からお世話になっている方の息子さんの結婚式に出席。当時3歳だった子供が25歳、立派に成長した姿に感激しながらお祝いのご挨拶をさせて戴く。
 今日の読売新聞(4面)毎日新聞(5面)昨日は北海道新聞(4面)に私の質問主意書が100本越えた事が出ている。その中で読売新聞によると、『昨日の外務大臣会見で答弁書の作成作業が「膨大な仕事量になっている」と語った。外務省内では、「徹夜で作るため通常業務にも支障が生じている。」と悲鳴が上がっている』と書かれているが、私としては正直に答えれば5分で済むことであり、言い逃れ、すり合わせのために時間がかかっているのでないかと言いたい。私としては、1日2本以内でとそれなりに配慮してやってきたつもりだが、外務省の自浄能力が発揮されないようなので、月曜日には10数本出してみようと思う。
 私のところには「外務官僚の税金の無駄遣いがよく分かりました」「住宅手当、子女教育手当て、配偶者手当て、健康体力費用等こんなにも厚遇されているのか」「外務官僚をこれからもビシビシ追及して下さい」と言った激励、怒りのメールがきていることを外務官僚には知らせておきたい。
 また、「4年前、マル秘文書を共産党、民主党に送り鈴木さんを排除しようとした外務省の体質がよく分かりました。マル秘文書を送るという公務員法違反をしながら、しかも改ざんまでして野党にリークしていた外務省は許せません。」と 面白いことに外務省の中からも情報が入ってくる。外務省の中にも心ある人はいるものだ。OBの方からの貴重な経験談も教えられる。国民への情報開示、透明性確保のため、更に更に努力して参りたい。

2006年3月17日(金)

鈴 木 宗 男

 一日議員会館で仕事。
 衆議院本会議で西村真悟議員辞職勧告決議案が賛成多数で可決。私は反対する。それは、有権者、国民に選ばれた国会議員を、国会議員が数の論理で排除するのは民主的でないと考えるからである。特に与党が3分の2を擁する絶対多数を占めている現状を見る時、なお冷静に判断しなくてはならない。議員の資格は有権者が決めるべきであり、国会議員が決められるものではない。ただ、西村議員の場合、罪を認めているので、この点からして議員を辞めるべきである。民主党の永田寿康議員も「偽メールでした」とあれだけの謝罪広告を出した以上、自らの決断・責任で、議員を辞めるべきである。
 私も議員辞職勧告決議案を受けたが、国策捜査、権力闘争、また、メディアスクラムによるバッシングで、最初から「鈴木ありき」みたいな流れであった。私はやましいことはしていないし、その認識もない。だから裁判で堂々と闘っているのである。この点、西村議員とは違うということをお分かり頂きたい。テレビ、新聞の取材も沢山あったが、この点を説明させて頂いた。
 ワールドベースボールクラシック2次リーグで、アメリカがメキシコに敗れ、日本がたなぼたで準決勝進出が決まった。米国ともう一回試合をして白黒つけてほしかったと私は願っていたが、アメリカがいなくなりガッカリである。せっかく頂いたチャンスなので、是非とも優勝に向けて、王ジャパンには頑張ってもらいたい。
 質問主意書の答弁書が7件くる。「『二島先行返還論』に関する再質問」に対し、「一般的に確立した定義はないと承知している」と答えながら、当時の川口外相は二島先行返還論について論評している。矛盾した答弁である。
 「在ロシア連邦日本国大使館の住居手当に関する質問」に対し、驚いたことに大使館に勤務する派遣員の住居手当の月額の限度額は3,173米ドルと答えている。日本円にして、約35万円である。ロシアの一人当たりの国民総所得は月額約30,726円と答えてきた。この数字からしても、いかに住居手当が大きな金額かお分かり頂けるだろう。
 「全国小売酒販組合中央会元事務局長に対する外務省欧州局の情報提供に関する3回目質問」に関しても、武藤嘉文元外相の名前が出てきた。「記録は作成していない」という答えに愕然とする。
 「1971年沖縄返還協定を巡る日米密約に関する3回目質問」に対して、「外務省としては、ご指摘の報道があったことは承知しているが、ご指摘の元アメリカ局長の発言の内容については承知していない」とう答えだが、「報道があったことは知っているが、内容は知らない」という答えは、日本語として通用するのか。更にこの点は、しっかりと事実関係を明らかにしていきたい。残念ながら、外務省では未だ自浄能力が発揮されていないようだ。
 質問主意書が100件を超えたので、報道関係者よりコメントを求められる。情報の透明性確保のため、更に努力していきたい。是非とも衆議院のホームページにアクセスして、皆様方にも検証して頂きたい。
 第12回編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞で、昨年10月から11月にかけての週刊新潮における連載手記に対し、企画賞を頂いた。4年前、メディアスクラムでのバッシングに遭った私としては、面映い気もしながら、このマスメディアの皆様方との人間関係、信頼関係が出来たことを嬉しく思っている。私は挨拶の中で、個人情報保護法が施行から1年経ち、国会議員と公務員の幹部以上は、保護法の対象外にすべきだと、従来の主張をする。世論喚起のためにも、雑誌ジャーナリストの皆様方の協力が必要である。改めて今日の企画賞受賞にあたり、週刊新潮に心から感謝申し上げたい。

2006年3月16日(木)

鈴 木 宗 男

 議員会館で仕事。本会議終了後、雑誌の対談。極めてユニークなお二人のゲストだったので、色々な興味ある話が出てくる。政治に対する切り口、今の社会状況について、とっても勉強になった。
 今日、今国会100件目の質問主意書を提出した。100件という節目なので、「杉原千畝元在カウナス日本国領事代理に関する質問」にした。外務省を激励する意味で、先輩に人道的、人間的判断をした素晴らしい外交官がいたことをあらためて取り上げることで、外務省の若い人達に少しでも誇りや勇気を持ってもらえればという思いである。今から来週の答弁書が楽しみである。
 日本新聞協会が「新聞の特殊指定 堅持を」と特別決議をしたことが各紙に載っている。公正取引委員会の姿勢を批判しているが、私の所には「談合はいけないと各新聞は事件が起きる度に批判しているが、新聞社の談合は大丈夫なのだろうか」「新聞社の談合は特別扱いしろとことなのだろうか」というファックス・メールが入る。素朴な、愚直な声とは思いながら、メディアの果たす使命・役割との関係でどうなるのか、即答できかねた。しっかり勉強しなければと思った。同時に、何よりも国民の声が優先されるべきで、世論動向がどうであるか、国民の意思はどこにあるか、見極めることも大事ではないかとふと考えた。

2006年3月15日(水)

鈴 木 宗 男

 9時議員会館に入る。10時40分羽田発で帯広へ。13時半から私が組合長を務める十勝軽種馬農業協同組合の総会に出席。時々開かれる理事会にはなかなか都合がつかず出席できないが、総会だけは毎年出席して、その責めを果たしている。佐々木副組合長はじめ組合員の皆様の協力に感謝して、2時間の総会を無事終え、16時10分帯広空港発で帰京。飛行機を使うと、約千キロの距離も感じない便利すぎる時代になったとしみじみ思いながら、片道34,500円の航空運賃は高く、日本全体の運賃に言えることだが、もう少し安くしてほしいと、飛行機に乗るたびにため息をつくものである。
 夜は仲間の議員の政治資金パーティーに出席。
 14日、東京地検特捜部は、堀江容疑者ら追起訴と各紙が1面で扱っている。堀江容疑者を英雄扱いしていた2ヶ月前までのあの流れは何だったのだろうか。昨年の選挙で「わが息子です。弟です。」と言った武部幹事長、「小泉総理、私竹中平蔵と堀江さんで、日本の改革を行います。」と言った竹中当時の金融担当大臣。インサイダー取引にも利用されかねない発言をした責任も、合わせて検証しなくてはならない。堀江容疑者を有頂天にさせた一因に、政治家の言動、すりよりがあったことをしっかりと指摘しておきたい。
 内閣府が14日発表した2003年度「県民経済計算」県民所得調査によると、北海道の1人当たり道民所得は前年度比0.9%減の254万5000円で、7年連続の減少。トップの東京は2.9%増の426万7000円で、北海道の1.67倍、格差は前年度の1.61倍から拡大している。東京と最下位の沖縄の格差も2.01倍から2.08倍に拡がり、格差が拡がっていることを裏付けている。北海道は都市銀行であった北海道拓殖銀行の破綻からずっと減少している。競争原理、市場原理がかなう大都市圏を抱える都府県と、過疎が進み、市場原理が働かない地域とでは、好むと好まざるとに関わらず歴然たる格差ができることを考えてほしい。内閣府の発表を見ながら、改めて政治の重み・価値を考えるものである。
 与党政治家の顔が見えてこない現実が数字に表れているし、そのことは選挙ではっきりしている。北海道は12の小選挙区の内、自民党は4選挙区しか議席がとれなかった。沖縄も自公で4選挙区を独占していたが、2勝2敗である。地方の人は政治を直視していることを、投票行動で実践している。「東京のものさし・価値でものを言っている武部幹事長は、北海道のためにならない」といった厳しい声が事務所に寄せられる。
 プロスキーヤーの三浦雄一郎さんが、2年後75歳でエベレストに再挑戦するという。本当に凄いことだ。今から成功に向けてトレーニングを重ねるという。70歳での登頂記録は、未だ破られていない。75歳での記録は大偉業となるだろう。三浦さんの飽くなき前向きな姿に、敬意を表してやまない。同時に、見習わなくてはならないと心するものである。
 民主党と永田寿康議員が謝罪広告を掲載した。「メールは全くの偽物であり、メールの内容も全く事実無根でした」と認めている。ここまではっきり言うのなら、永田議員は責任をとる必要があるのではないか。国会でデタラメな質問をした行為に対する責任の取り方を、自らの決断で国民に示してほしいものである。私自身、4年前共産党の佐々木憲昭議員から「ムネオハウス」と、国後島のロシア人が使っていない表現を面白おかしくねつ造された。また、辻元清美議員には「疑惑のデパート、疑惑の総合商社」と国会で言われ、それから大きな「鈴木ありき」の流れが出来たことを考える時、国会が全く自浄能力を果たしていない教訓を重く受け止めてほしいと思う。永田議員自らの1日も早い明確な意思表示を、国民は待っていることだろう。

2006年3月14日(火)

鈴 木 宗 男

 6時札幌駅着。北海道の夜行列車はレールが硬く、決して乗り心地がよいとは言えないが、広い北海道では便利な交通手段で、大変助かる。ホテルで洗面、着替えをし、札幌事務所に入り打ち合わせをし、千歳空港に向かう。10時発の便で上京。
 昨日の稚内は時折雪が降り、名寄から稚内の間は時々地吹雪も舞うなど厳しい北海道の自然環境を思い知らされたが、東京は春到来といった感じで、改めて季節の変わり目が肌に伝わってくる。
 議員会館に入り、仕事。本会議終了後、フジテレビ「めちゃめちゃイケてるッ!」スペシャル収録(放送は4月8日18時半から21時まで)。その後森前総理に面会。大変興味深いお話を伺う。マスコミに出ている表面上の話より、過去の経験、人間関係、とても勉強になった。
 夜はマスコミ関係者との懇談。色々情報交換する中で、表に出ていない話が生々しい。
 ワールドベースボールクラシック2次リーグ、日本−米国戦のタッチアッププレーで判定が覆ったことが大きな話題になっている。テレビで見る限り、日本の西岡選手は外野手が捕球してからスタートしている。私はスポーツニッポン新聞の取材に対し、「野球も政治と同じ様に、アメリカのイエスマンになってしまったのか」とコメントした。球審は現在マイナーリーグ所属であり、質が問われる面もあるが、明らかに誤審と思う人が多いのではないか。せっかくの好試合が台無しである。新聞によると、米メディアに「目立ちたがり屋の審判」と批判されたこともあり、デービッドソン球審をしるロッテのバレンタイン監督も「審判がひどかった。彼は目立ちたがり。そんなやつがあそこに立っていることが信じられない」と発言している(スポーツニッポン2面)。いずれにしても、後味の悪いことである。次は堂々と打ち負かしてほしいと願ってやまない。
 岩国住民投票で、武部幹事長は13日の政府与党連絡会議で「安全保障の問題より、地域の論理を優先しようとする風潮が拡がることを懸念している」と述べた。片山虎之助参院幹事長は記者団に「安全保障は国の専管的事項だ」と述べ、小泉純一郎首相も記者団に「(国全体の問題を住民投票で扱うのは)なかなか難しい」と語り、住民投票にはなじまないとの認識を示した(いずれも日本経済新聞2面)。一見当然、当たり前のことを言っている様だが、地元の理解・協力なくして進まないのである。これからもねばり強く地元と協議しなければならないのに、自分達だけの論理を展開していたのでは話は進まないし、協力は得られない。安全保障、とりわけ沖縄の痛み、米軍基地の負担を強いられた人達の思いを大切にしてやっていくことが大事である。
 私が米海兵隊を受け入れた経験からも考えるに、辛抱強く理解を得る努力を重ねていかなくてはならないのである。「武部・片山両氏とも、米軍の負担軽減にいかほど努力し、実績を残したのか。他人事のようなコメントは、立場上からも控えた方がよい」との厳しいファックス・メールが来ていることをお知らせしたい。
 質問主意書5件の答弁書が出た。「外務省職員と政党の関係に関する再質問」に関して、平成17年3月26日、外務省の松田欧州局ロシア課長が自民党北方領土問題研修会で講演した事実の有無と、旅費の負担は外務省がしたのかを質問したのだが、答えは「公務として講演のみを行った。この出張に係る旅費については、外務省及びお尋ねの研修会を主催した政党のいずれも負担していない。」という答弁になっている。では誰が支払ったのか。公務で講演しながら、外務省も主催した政党も負担していないという奇妙な答えである。この点、更に明らかにして参りたい。
 また、外務省在外職員の飲酒対人交通事故に関する3回目質問では、飲酒の上事故を起こし、死亡させておきながら、停職は1ヶ月で、現在も外務省に在籍しているという。日本国内で、こうした甘い処分で通用するだろうか。民間人の場合は、厳しい処分がなされているではないか。これでは、国民の理解を得られるものではない。ただただ驚くことである。国民への情報公開と、情報の透明性確保の為、更にしっかり取り組んで行きたい。

2006年3月13日(月)

鈴 木 宗 男

 5時に紋別市を車で出発し、旭川駅に向かう。150q、2時間一寸の道のりは、まだ雪多く真冬の様相であった。
 7時20分旭川駅発で札幌駅へ。9時半から12時まで「TBSテレビ クイズ日本語王」の収録。札幌の街を案内する役だが、大通公園をスタートし、「時計台ラーメン」「サッポロビール博物館」「サッポロビール園(ジンギスカン)」を廻る。
 北海道の歴史、文化をそれなりに説明しながらクイズが出る番組だったが、私も勉強になった。放送は4月6日(木)18時55分から20時54分までなので、時間のある方は観て頂きたい。ナンチャンこと南原清隆さん、笑福亭鶴光師匠、青木裕子アナとのやりとりは楽しかった。
 車で千歳空港に向かい、14時05分発の稚内行きに乗る予定だったが、稚内が悪天候のため飛行機は欠航になり、慌てて車で稚内に向かう。370qの距離を、高速を使い、高規格道路に乗り、5時間半かけて稚内に着く。紋別−旭川が150q、札幌−千歳が40q、千歳−稚内が370q。今日は560q車に乗った計算になり、久しぶりに車付けの1日であった。18時半からの稚内・宗谷管内の後援会の会合に遅れてしまったが、間に合ってよかった。宗谷管内は武部幹事長の地元であり、肩身の狭い中での選挙運動、後援会活動だが、長い人間関係のお蔭で一昨年の参議院選挙、昨年の衆議院選挙で確かな票を出して頂き、有難い限りである。
 今日の稚内で、今年に入り大まかにではあるが北海道を一廻りすることが出来た。次のステージに向けての体制はとれたと思う。4月22日(土)13時から、札幌プリンスホテルで「第1回 大地セミナー」を開催するので、その成功に向けて努力していこう。
 22時の稚内駅発の夜行列車で札幌に向かう。明日衆議院の本会議があり、稚内発の飛行機では間に合わないので、ハードな日程ではあるが効率よく動かざるを得ない。
 米海兵隊岩国基地の地元である山口県岩国市で、米海軍厚木基地の空母艦載機受け入れの是非を問う住民投票で、圧倒的多数による反対の結果が出た。地元軽視のツケと言ってよいのではないか。頭越しのやり方、地元との協議のない中で進めた手法の間違いが、大きな反対の声となったのではないか。
 平成9年、私自身沖縄海兵隊の実射訓練受け入れを北海道にいの一番に決めた経験からも、私は地元町長、議会議員等に十分な根回し、相談をして、一部反対はあっても国益の観点から米海兵隊を受け入れたものである。今回の岩国においても、また沖縄県名護市の普天間移転にしても、与党政治家の顔が見えてこない。与党政治家が泥をかぶってでも、国家国民の為に説得するという努力をしているのかと、疑いたくなる。
 特に山口県は安部官房長官の出身県であり、高村元外相もおられる。政府・与党の中心にいる地元の政治家が、まずはしっかり役割を果たすことが一番ではないかと、私の経験からも強調したい。

2006年3月12日(日)

鈴 木 宗 男

 8時半から網走管内雄武町後援会朝食会。日曜日の朝にも関わらず、沢山の人が集まってくれる。雄武町後援会の底力を見た思いである。11時20分から興部町後援会。ここも昭和58年からの人間関係、更には禅寺のお坊さんのお陰でまとまりの良い後援会である。15時半から滝上町後援会。雪が残る足元の悪い中、大勢の人が来て下さり、後援会長さんを中心によくまとまっていることが伝わってくる。18時半から紋別市後援会。政治的に難しい場所だが、23年前、昭和58年からの変わらない後援者、又水産関係者等、様々な分野の人が顔を出してくれ、盛会裡に終えることが出来た。今日で網走管内予定した日程は全て終えることが出来た。天気にも恵まれ、何よりもなつかしい、お世話になっている人にお会いし、新たな元気や英気をいただいた思いで一杯である。
 民主党の渡部恒三国会対策委員長は10日、永田議員について「自分が辞めれば党を救えるとか、国民の政治への信頼を取り戻せるとか、そういう時は腹を切る覚悟が必要だ。政治家は侍なんだから」と述べ党幹部として初めて永田氏に辞職を促す考えを示した(読売新聞3月11日朝刊4面)。この渡部委員長の発言に私の処にも「全く同感、その通りだ」という反応の声が寄せられる。この渡部委員長の発言に、永田議員が早めに応えたほうが良いと思う。渡部委員長の大きな親切心をむげにしないことが先につながるのではないか。
 朝日新聞1面トップにスケート連盟不透明支出、赤字1・5億円内部調査へと出ている。トリノ五輪フィギュア監督を務めた城田憲子強化部長の名前も出ており、余計なことかもしれないが、フィギュアの栄光にキズがつかなければと心配するものである。
 パラリンピックトリノ大会でノルディックスキーバイアスロン女子12・5キロで視覚障害の小林深雪選手が金メダルを獲得。日本の今大会メダル1号と北海道新聞1面トップに大きく出ている。本人の努力は勿論だが、ガイドを務めた小林卓司さんとのコンビもよかったといわれている。ご両人の健闘を心から称えたい。さわやかな、そして障害にもめげず頑張っている姿をしっかり受け止めたい。健常者がパラリンピックを観ながら、ちょっと努力すれば、頑張れば、人生堂々と生きていけるのではないかと考えるものである。
 天国と地獄を見た私は、挫折や失望した人に「鈴木と比べれば、俺達は、私達は、やっていける、希望がある」という勇気や誇りを与えていきたいと心するものである。ニュースによると安部官房長官が講演で「家族の絆を考える」価値観を述べたそうだが、私は何年も前から、家族の絆や政治家として計算のできない価値を訴えてきている。それはやさしさであり、おもいやりであり、いつくしみであり、愛情である。今、「家族の絆」を言い出すことに戸惑いを感じるのは私だけだろうか。

2006年3月11日(土)

鈴 木 宗 男

 午前中、議員会館に入り、12時25分羽田発で女満別空港へ。
 15時から網走管内湧別町、上湧別町、遠軽町後援会の新春交礼会。
 足元の悪い中、どの会場も沢山の人が出席してくれる。やはり国政復帰しての会合は何となく落ち着きがよく、出席者の皆さんの明るい顔に接し、ホッとする。どこも盛大に行うことができ有難かった。
 武部幹事長の地元であるが、永田メール問題では武部さんに同情する声がない。私の後援会の集まりのせいかもしれないが「我が息子です。弟です」と言った言葉、発言の軽さがマイナスに働いていると、多くの人が指摘する。私も地元の声は重いと受け止めながら様々な声に耳を傾けなければと、つくづく感じる。
 パラリンピックが始まり、また感動を伝えてくれることに感謝したい。障害を持ちながらも、ひたむきな姿、スポーツマンシップの見本とも言える一挙手一投足を私は大事に大事にしたい。選手の健闘を祈ってやまない。
 高卒の就職内定率道内63%、全国最低と11日付け北海道新聞一面トップ記事になっている。この厳しい数字を見ただけでも政治がないと言えるのではないか。北海道の与党の政治家はこの数字をどう受け止めるのだろうか。

2006年3月10日(金)

鈴 木 宗 男

 終日、議員会館で仕事。新聞、雑誌、週刊誌、テレビ等の取材が入る。質問主意書、外務省のこと、話題になっている政治家の情報等、様々な話題である。私自身も情報の重要性は認識しながらも、言葉は選びながら対応している。
 17時から東京MXテレビに1時間生出演。「今日の話題」の中で「日銀の量的緩和の解除を受けて、あなたの生活は変わりますか」という質問に対し;
 @「景気がよくなる」A「よくならない」B「あきらめている」という3択のアンケートで、@「よくなる」が54人、A「よくならない」276人、B「あきらめている」が216人という結果であった。この数字に驚きながらも、この正直な視聴者の声をしっかり受け止めなくてはならないとつくづく感じた。特に、あきらめている216人の数字は、格差が拡がっていることを如実に表している。「努力しても報われない」「頑張ってもダメだ」という悲観論は、日本全体の力を無くさせるものである。
 政治を必要としている人達が東京で圧倒的に多いことに驚く。東京がこのような状況なら、地方はもっと大変だということを政治家は心すべきである。
 東京都内のテレビであったが、私自身大変参考になった今日の出演である。声なき声がもっとあるだろうと考えると、政治家としてなんとも申し訳ないことである。弱肉強食、新自由主義政策の流れを止めなくてはならない。
 質問主意書の答弁書が返ってきた。今日返ってきたのは:
 1.外務省の秘密指定がなされた文書が流出した事件に関する質問
 2.外務省在外職員の子女教育手当に関する再質問
 3.外交行嚢等に関する質問
 4.外務省職員の自殺に関する再質問
 5.外務省報償費(いわゆる機密費)に関する質問
 6.配偶者からの暴力(DV)問題についての外務省の認識に関する質問の6件である。
 どの答弁書でも、「お尋ねの事例は確認されていない」や「詳細な調査を行う必要があるため、お答えすることは困難である」など、また、6.の「配偶者からの暴力(DV)問題についての外務省の認識に関する質問」については、「この処分に関する当時の判断は、妥当であったと考える」などと、いつもの表現による答弁である。国民の皆さんには是非とも衆議院のホームページにアクセスして、私の質問主意書とそれに対する答弁書を読んで頂き、果たして妥当かどうか、皆さん自身でご判断頂きたい。これらの答弁は、私に対する「更に質問しろ」というサイン・シグナルと受け止め、国民への情報開示、情報の透明性確保の為、しっかり対応していきたい。

2006年3月9日(木)

鈴 木 宗 男

 9時55分、旭川空港発で上京。議員会館に入り、お客さん対応。15時から雑誌対談。18時から会合3カ所。経済界の方、マスコミ関係の方、種々しゅじゅお話を伺い、大変勉強になった。情報とは貴重なものである。
 東京都は2016年夏季五輪招致を決議したが、共産党、生活者ネットワークが反対しての賛成多数での可決で、全会一致の可決ではなかったそうだが、これから福岡との誘致合戦が熱を帯びてくるだろう。札幌市はいち早く断念、サミット誘致もしないと早々と決めてしまったが、元気のない、先の見えない北海道を表している。久しぶりに日本に五輪を誘致できる様、国はサポートする義務がある。世論喚起もまた、重要である。平和の祭典にふさわしい、堂々たる誘致ゲームを展開してほしい。
 8日の参院予算委員会で、麻生外務大臣は「沖縄返還密約」を改めて否定したが、昨日、私は7問の質問からなる「1971年沖縄返還協定を巡る日米密約に関する第3回目質問主意書」を出した。17日の答弁書を今から楽しみにしよう。
 在沖縄米軍普天間基地移設問題で、政府は政府案で進め、譲歩しないことを強調しているが、地元の理解を得ずして進むものではない。地元と十分協議して話を進めることが良い結果を生むと考えるのは、私だけだろうか。沖縄の戦後の歴史を十分認識しないで、力で押し付け的に進めると、大きなエネルギーがかかり、生産的でないと心配するものである。沖縄県道104号線越実射訓練受け入れ決定の際も「米海兵隊受け入れ反対!」と、私は随分と非難されたが、我慢強く地元関係者との信頼関係で実現した経緯を振り返るときに、今のやり方を懸念するものである。

2006年3月8日(水)

鈴 木 宗 男

 午前中議員会館で仕事。12時05分羽田発で旭川空港へ。名寄市に向かい、市内挨拶廻り。17時半から上川管内北部二市七町村長・議長との懇談会。18時半から上川北部二市七町村後援会の新春交礼会。全ての市町村長さんはじめ、議会議長、後援会の主だった人が出席して下さり、盛大に行うことが出来た。世話人の皆さんに感謝しながら、やはり国政復帰の重みをしみじみ感じる。人間関係があったことを実感しながら、改めて感謝の気持ちで一杯だ。
 7日の参議院予算委員会で、首相が道州制特区推進法案で北海道が特例維持を求めていることを批判した(北海道新聞2面)と記事になっているが、北海道の率直かつ現実的な意見を、よくよく受け止めて頂きたい。道州制特区のファーストランナーとしての役割を北海道に求めるならば、北海道民の声を受け止めるのが民主的手続きではないか。やみくもに押しつけでやろうとする手法は、理解を得られるものではない。北海道から出ている与党の国会議員も、しっかりと北海道の生の声を堂々と訴えてほしいものである。
 朝日新聞3面に「沖縄密約 99年に認める発言 外務省元局長 米公文書発覚前に」の見出しで、沖縄返還時の日米密約問題に関する記事が出ている。私の質問主意書に対する答弁書では密約を否定しているが、沖縄返還の実務担当者である当時の吉野局長が、今朝のテレビ朝日の9時からの「モーニング」のコーナーで、密約があったことを認めている。外務省はなぜ正直に答えないのか不思議である。情報の透明性の確保、国民への情報開示に向けて、更に私は努力していきたい。

2006年3月7日(火)

鈴 木 宗 男

 8時40分函館空港発で上京。議員会館で1日仕事。平成18年度乳価決定の時期になり、全道の酪農民代表者が事務所によってくれる。国民の安心・安全のもとは食糧供給であり、北海道はなんといっても第一次産業、とりわけ酪農のメッカである。酪農家の皆さんが再生産できる体制をとるのが私のつとめであり、それぞれ関係者に私からもお願いする。
 質問主意書に対する答弁書が返ってきた。今日の答弁は:
1.1971年沖縄返還協定を巡る日米密約に関する再質問
2.外交上の抗議、懸念の伝達方法に関する質問
3.「二島先行返還論」に関する質問
4.外務省の所掌事務に関する質問
5.外務省の人事異動3年ルールに関する質問
6.外務省タウンミーティングに関する質問
7.キルギスにおける日本人拉致事件に関する質問
の7件である。いつもと同じ様に、奥歯に物の挟まった答弁書だが、また質問できる機会をつくってくれていると受け止めている。2回、3回と聞いていくと、自ずと結果がついてくる。
 3.の「二島先行返還論」に関する質問に対する答弁書で、川口参議院議員が外務大臣の時『中央公論』2002年11月号に論文を寄稿した際、外務省に寄稿届けを出していなかったことがはっきりした。また、「お尋ねの『二島先行返還論』については、一般的に確立した定義はないと承知しており、一概にお答えすることは困難である」という答えもある。それならば、二島先行返還論という言葉が一人歩きしたのは、いったい誰の責任なのか。
 7.のキルギスにおける日本人拉致事件に関する質問についても、「平成11年10月25日午後1時15分(現地時間)、タジキスタン共和国との国境地帯にあるキルギス共和国内のカラムイクにおいて、同国に設置した現地対策本部の部員が、キルギス共和国政府関係者によって車で移送された日本人被害者4名の無事を確認したが、それまでの過程については、キルギス共和国政府が第一義的な責任を有する当事者として対応してきたことなどにかんがみ、外務省としてお答えすることは差し控えたい」との答えである。3億円もの身代金を支払っておきながら、キルギス政府に押し付けるこの答えはいったい何なのか。全く不思議である。
 衆議院のホームページに質問主意書の答弁書が載っているので、是非ともアクセスして頂きたい。そして、私に対する注文なり、御指摘を賜りたい。
 天皇皇后両陛下が三宅島を訪問され、帰島住民を励まされたお姿がマスメディアから伝わってくる。住民にとってどんなにか勇気や励みになったことだろう。自然災害や事故はいつあるかわからない。両陛下のお姿をみながら、困った時はお互い様の精神を、優しさ、思いやり、愛情というものを国民一人一人が持つことによって、更に発展する日本になるのではとつくづく感じるものである。私のいつもの主張・考えだが、私自身もしっかり胸に刻んで行きたい。

2006年3月6日(月)

鈴 木 宗 男

 昨日夕方、釧路空港から丘珠空港に到着。札幌は雨だったが、一雨ごとにまさに春到来である。
 朝から札幌事務所で仕事、市内廻り。16時50分丘珠空港発で函館へ。18時半から道南後援会、道南新党大地の新春交礼会。函館市、渡島・檜山両管内から同志が集まってくれる。函館に来ると、いつも身につまされることがある。それは、政治がないとつくづく思う。何とか力になりたい、元気の出る様にしたいと考えるが、行政、地方議員も危機感、責任感がとぼしい様に見えてならない。私は私の立場で、しっかり対応していこう。
 参議院予算委員会で小泉首相は「国家公務員純減問題で『地域、安全の面で必要な分野は人員を増やしていかねばならない』と、刑務官など国民の安全に関わる分野の公務員は増員する考えを示した。(読売新聞夕刊1面)」と出ている。私は公務員削減を小泉首相がいった時から、国家の基本に関する治安維持の警察官、安全保障の自衛官、裁判官、検察官の定員は増やすべきだと言ってきたが、今日の小泉首相の答弁は良かった。当然のことと思いながらも、是非とも実行してほしい。入管業務に関わる人、税関業務に従事する職員も、同様に増員してほしいものである。
 今日の答弁でも、小泉首相が少し弱肉強食から公平配分にスタンスを移してきた様に思えるのだが。その方が日本人のやる気を起こさせるカンフル剤になると確信している。
 民主党の永田寿康議員は送金指示メール問題で、武部幹事長の二男から要求のあった謝罪広告の新聞掲載に応じると回答したと夕刊に載っている。「国会の本会議場で武部氏に頭を下げ、今度は二男に全面降伏。ここまで恥をかくのなら、潔く議員を辞めるべきではないか」「懲罰動議にかけた自民党も、なれ合いの登院停止処分ではなく、議員辞職を求めるのが筋ではないか」と言ったFAX、電話が事務所に入ってくる。私もその通りだと考えるものである。
 道州制のタウンミーティングが昨日は旭川、札幌で行われたが、帯広、北見の会場と同じ意見で、財源の裏付け、道民不在の議論、北海道の将来にとって本当にプラスになるのかといった、そもそも論も出ていたそうである。何も急ぐ必要のない道州制だと思うのだが、タウンミーティングを根拠に、流れ作業的に法案が出てくることを危惧するものだ。じっくり時間をかけて、より良いものを目指してほしい。
 講談社から連絡があり、『闇権力の執行人』が4刷に入った。4千部の増刷が決定。2ヶ月で2万4千部なので、政治家本としては話題になっていると聞き、嬉しく思うものである。

2006年3月5日(日)

鈴 木 宗 男

 11時から根室管内標津町後援会新春交礼会。いつもは1月に行うのだが、後援会初代幹事長で副会長だった篠田順一さんが昨年末亡くなり、四十九日過ぎてからとの後援会の意向で今日になったのだが、いつもいてくれた人がいないことに何とも言えぬ淋しさを感じる。最初からの顔ぶれ、変わらない支持者にただただ頭が下がるのみである。町長さんから地方の悩み、酪農関係者からは来週決まる乳価の対応、水産関係者からは鮭の流通、WTO対策等切実な生活にかかわる問題について要請、要望をうける。単に標津町のみの問題ではなく、全道、全国にも関係する話だがしっかり取り組まなくてはならない。
 2時に根室管内別海町豊原地区での自衛隊協力会設立10周年記念交流会に出席。中心メンバーは私の後援会関係者で、仲間内の会合といった雰囲気だった。挨拶の中で沖縄海兵隊の県道104号線越実射訓練を受け入れた平成8年、9年の裏話や、佐野別海町長の尽力を説明する。村山―クリントンの日米首脳会談で決めたことを実行できずにいた日本政府だったが、私が地元の協力を得て矢臼別演習場受入れを決めたのだが、沖縄の痛みを少しでも分かち合えることを実践出来、今も円滑に訓練が行われていることは国益上良い仕事をしたという自負を持っている。
 昨日、帯広、北見市で「道州制」のタウンミーティングが行われ、新聞記事によると「慎重論」「道民不在」という声が多かったと出ている。国からの権限移譲には裏付け、即ち財源が伴わなくてはいけない。「権限は渡します。経費は出しません」では地方の負担が重くなるだけである。この点をよく考えて道州制の議論を進めていかなくてはならない。

2006年3月4日(土)

鈴 木 宗 男

 網走管内10時常呂町、11時40分佐呂間町、13時半留辺蘂町で後援会新春交礼会。常呂町と留辺蘂町は合併で明日から北見市となる。両町の町長さんも、会合での挨拶の中で感慨深げにふりかえっていた。土曜日の午前の早い時間からの会合にもかかわらず、どこも熱心な後援会の支持者が集まってくれ、本当に有難い。政治環境の厳しい中にもかかわらず、多くの心ある人がいることは大きな支えである。
 武部幹事長の地盤であるが、永田メール問題で武部氏への同情は少なく、逆に民主党のエラー、質問のやり方が問題だと私に対し言ってくる。「民主党は堀江氏を応援した選挙中の武部氏の発言を何故問題にしないのか」と私に迫る人もいたが、こうした声のあることを民主党はよく知るべきである。
 18時から釧路管内釧路町新春交礼会。後援会の辻村事務局長さんが昨年末に亡くなったので遅くなったのだが、亡き事務局長に報いようとする後援会の思いがあらわれる盛大な会合で嬉しかった。辻村事務局長さんも天国から喜んでくれたことだろう。心からご冥福をお祈りするものである。
 駒大苫小牧高校選抜出場辞退、道内では全ての新聞が一面トップで扱っている。これだけで事の重大さが伝わってくる。卒業する3年生の野球部員の不祥事で、選抜に該当する1・2年生が大きな痛手をうけるというのはかわいそうだとの声があがっている。飲酒、喫煙はルール違反でありやってはいけないことである。それは先ず当事者が責任をとることが基本だ。選抜対象外の生徒の不祥事で、ここまで全体責任をとらせるほど厳格、厳密にやる必要があるのだろうか。上っ面の薄っぺらの正義感でとりつくろっている気がしてならない。
 篠原校長の一問一答が北海道新聞33面にのっているが、昨年の問題では篠原校長の対応のしかたが問題で、父兄との話がこじれてしまったのではないか。それで大きな騒ぎになったのであり、生徒の責任ではなかったはずだ。校長の不祥事といってもいい去年のトラブルである。
 今回は校長が早々と辞退という決断をしたのだが、一生懸命努力し頑張ってきた1・2年生が可哀想でならない。もう少し心ある判断がなかったのだろうかと考えると残念でならない。元気のない覇気のない、経済的に落ち込んでいる北海道に駒大苫小牧高校野球部が「人一倍頑張ればやればできるんだ」という結果を残してくれた功績は大きかった。
 今回の学校側の判断は納得出来ない。一日も早く1・2年生が野球の出来る環境にもっていってほしいと願ってやまない。

2006年3月3日(金)

鈴 木 宗 男

 昨日17時半から新党大地苫小牧支部、女性部後援会の八重桜会、それに後援会合同の新年交礼会があり、約1000人もの参加者を得て盛大に行うことが出来たが、私は平成18年度予算の本会議採決があり、残念ながら出席できなかった。家内が私の代わりに挨拶し、お詫び申し上げたが、足を運んで下さった皆さんに、心から感謝する次第だ。苫小牧市でも幅広い輪が拡がっており、有難い。
 7時33分南千歳駅発で帯広駅へ。10時から猪野毛博昭さんの葬儀告別式参列。昭和58年からの同志であり、後援会事務局長、青年部長を努めて下さり、まだ55歳、これからが人生の花も実もと考える時、世の無常を恨むのみだ。奥さん、大学生・専門学校生・中学生の男の子3人の姿に涙しながら、お別れする。私と同じ団塊の世代、病には勝てないのかと思いながら、今やガンで亡くなる人が死亡者全体の3分の1、ガン研究費の増額・拡大に、私自身胃ガンから生還した者としてしっかり取り組んでいこうと、かけがえのない同志を失い、改めて決意するものである。なんとも辛く悲しい猪野毛さんの死である。
 帯広事務所で仕事をし、午後網走に向かう。19時から網走市後援会新年交礼会。酪農家の仕事の関係で少し遅いスタートとなったが、大勢の人が来てくれる。武部幹事長の地元であり、構造改革が網走にとって、日本の地方にとってプラスに働いているかどうか聞いてみると、皆さん「何も良いことはない」との返事である。そして「大都会ばかりが得をしているとしか見えない」と言ってくる。この声が地方の、市民の声だと感じながら、政治の果たす役割を考えなくてはならない。
 私は必要な改革には賛成である。ただ、格差の拡がる、勝ち組・負け組に分けられる今の新自由主義的政策では、日本人全体がやる気を失い、国力がなくなってしまうことを懸念しているのだ。昨日の予算でも、私は地方交付税削減など不満な所はあるが、国民生活を守る上で、予算案に賛成している。私は現実的な判断をしながら、公平配分型社会が望ましいと考えているのである。
 質問主意書に対する答弁書が7通返ってきた。今日返って来たのは:
1.外務省職員と政党の関係に関する質問
2.外務人事審議会に関する質問
3.ロシア外務省の対日関係についての声明に関する質問
4.外務省による対中国情報収集活動に関する質問
5.外国捜査機関の日本国内における活動に関する質問
6.全国小売酒販組合中央会元事務局長に対する外務省欧州局の情報提供に関する再質問
7.赤いTシャツを賞品とする川口賞に関する再質問
の7通である。
 5.の「外国捜査機関の日本国内における活動に関する質問」では、何も答えていない。また、4.の「外務省による対中国情報収集活動に関する質問」では「減刑を希望すること等を内容とする原博文さんの嘆願書については、在中国日本国大使館において中国語から日本語に翻訳した上で外務本省に報告された」とある。ということは、外務大臣に宛てた嘆願書をどう扱ったのか、外務大臣に報告したのか。全く不可思議な事である。
 どの答弁にも言えることだが、私の質問に対し、真正面から答えていない。正直に答えれば5分で済む話を、なぜ複雑にするのか。外務省はどうも私の質問主意書を楽しんでいるようである。それならば少しでも期待に応えていかなくてはならない。しっかり頭づくりをしていこう。

2006年3月2日(木)

鈴 木 宗 男

 8時半から在京大使館高官と朝食懇談会。アメリカ、ロシア、中国、韓国、北朝鮮問題等幅広くお話を伺う。八方ふさがりの日本外交を心配するものである。
 今朝の産経新聞、また、スポーツ各紙に「『ムネオナイト』のクラブ無許可で御用」と出ている。私とは全く関係ない逮捕だが、2月23日、出版社イーストプレス主催の出版記念イベントに招待され、ラップに挑戦したりしたが、その後風営法違反とは知るよしもない。しかしこれからは、イベント等出席には十分注意を払っていきたい。
 民主党永田寿康議員が改めて謝罪会見をしたが、「前回の仰々ぎょうぎょうしいあの会見は何だったのか」と、事務所に永田議員に不快感を表す電話・FAXが入る。私も同じ印象を持ちながら、4年前、民主党・共産党が外務省からの改ざん文書、意図的・恣意的なマル秘文書の提供を受け、裏付けもとらず 唯々諾々 いいだくだく とそれをもとに質問した議員の姿が頭をよぎった。今回の永田発言を追及するならば、4年前の国会での私への質問はどうだったのかと、それに反応しなかった与党の姿勢は国会の権威を守ったのかと言いたい。あまりにもご都合主義でないかと、私は指摘したい。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」の繰り返しではなく、国権の最高機関たる国会の重み、国民への責任の上からも、しっかりした検証、ルール作りをすべきではないか。言いっぱなし、言われっぱなしで済むものではないと考えるものである。
 16時半から衆議院本会議で平成18年度予算採決。民主党の自爆でいともあっさりと衆議院を通過する。これで自動的に年度内成立が確定。「偽装4点セット」と言って意気込んでいた民主党もあえなく討ち死にの体である。国民の目線に立った、しっかりした反権力勢力が育たなければ、困るのは国民である。私は質問主意書で国民への情報開示、情報の透明性を求めて、10人前、20人前の頑張りを示しているが、野党は国会で質問できるわけだから、堂々と論戦を挑み、国民の知る権利に応えてほしいものである。

2006年3月1日(水)

鈴 木 宗 男

 8時に足寄を出発し、生まれ故郷の大誉地(およち)に向かう。4月で廃止が決定した「ふるさと銀河線」のテレビ取材の為。9時59分大誉地駅発に乗車し、足寄駅降車。平成9年10月、大臣就任の時以来9年振りで、汽車通学した同級生もつきあってくれ、しばし高校生時代の話に花を咲かす。あるものがなくなる、やっぱり寂しいことである。政治がなかったと思いながら、弱者、地方に対して配慮されない、格差の拡がる弱肉強食の政治に、はっきりとノーと言っていこう。
 10時から母校足寄高校の卒業式に出席。我々の頃は1学年4学級、200人近くいたが、今年の卒業生は2学級、57人。少子化の波は、ここ足寄にも間違いなく押し寄せている。
 校長先生の式辞、町長、PTA副会長、それぞれ心のこもった挨拶であった。私は「人生は自分の計算通りいくものではない。挫折や失望感を味わう時もあるだろう。天国と地獄を経験した者として、私の人生経験からも、けっして人生をあきらめず、正直に信念を持って、目的・目標を持って生きていけば、必ず世の中見てくれている人がいる。評価してくれる人がいる。卒業生の皆さんの前途に栄光あれ」と挨拶する。
 送辞で在校生代表の津軽屋龍君が、松山千春さんの「大空と大地の中で」の「生きることが辛いとか 苦しいだとか言う前に 野に育つ花ならば 力の限り生きてやれ」の歌詞を紹介し、在校生が卒業生に「大空と大地の中で」を合唱したが、とても素晴らしい演出だった。心が触れ合う卒業式に、故郷のにおい、故郷の人間関係を感じ、嬉しい限りである。式典終了後、在校生に「ムネオさん、ムネオさん」と握手を求められる。後輩とのふれあいに満足しながら、母校を後にする。
 13時帯広空港発で上京。議員会館に入り仕事をし、夜は講談社さんと『闇権力の執行人』の打ち上げ懇親会。2万部、三刷されたそうで、政治家本としては十分話題になっており、これからも売れていくとの事である。本日発売の『月刊現代』に佐高信さんの書評も載っており、有難い。次の構想も頭に入れながらやっていこう。
 質問主意書の答弁に関して、毎日新聞、東京新聞、スポーツ報知、日刊ゲンダイでそれぞれ記事になっており、国民に少しでも情報公開することが出来て良かった。
 永田寿康議員の昨日の謝罪会見は、予想通り「噴飯もの」といったマスメディアの反応である。他人事みたいな印象に映った永田議員の姿を見ても、国民は納得していないと思う。自己保身、組織防衛ではなく、国民の目線、価値観で対応すべきではないか。
 緊迫した予算質疑もなく、平成18年度予算案は明日衆議院を通過していく。国民生活を守る最大のすべが予算であることを考える時、緊張感のない国会質疑を一番苦々しく思っているのは国民であろう。私はその国民に対し、少しでも説明責任を果たす為、質問主意書で10人前、20人前の働きをしていくことを、更に汗をかいていくことを約束したい。今日で今国会77件目となる質問主意書を提出した。1日2件弱のペースだが、国会の会期はまだ100日以上も残っているので、国民の関心事、知る権利に少しでも貢献しようと考えるものである。


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