ムネオ日記
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2006年4月30日(日)

鈴 木 宗 男

 12時30分から根室管内中標津町の後援会会長・幹事長と打ち合わせ。13時から昭和58年から大変お世話になっている別海町石森さんのご子息の結婚披露宴に出席挨拶。500人近い列席でお嫁さんは三重県桑名市出身で、ご両親、ご一統の方々も大勢来ておられた。酪農後継の素晴らしいカップルの誕生にとても嬉しく思いながらお二人の前途に幸あれと心から思うものである。
 17時網走管内斜里町に行き後援会役員と懇談。斜里町は武部幹事長の地元であり、厳しい政治風土の中でも昭和58年からの人間関係は今も脈々と繋がっている。心ある皆さんにただただ感謝の気持ちで一杯だ。
 内閣府が29日まとめた「自衛隊・防衛問題に関する世論調査」で「日本が戦争に巻き込まれる危険がある」と感じている人は45.0%で「危険はない」の16.5%を上回ったことが報じられている。2月16日から26日にかけ20歳以上の全国三千人を対象に面接で実施、1,657人が回答、日本が戦争に巻き込まれる「危険がある」と感じている人は前回調査(03年)の43.2%を1.8ポイント上回った(朝日新聞一面)そうだが世界の中の日本から世界に責任をもつ日本として国際貢献を果たす場合、どうしても緊張する処にも出て行かなくてはならない。国民の素朴な声をしっかり受け止め、政治が賢明な判断をしていかなければと内閣府の調査からも考えるものである。
 全日本柔道選手権で19歳の石井慧(さとし)選手が初優勝。世界王者の鈴木桂治選手を破っての価値ある勝利であの山下泰裕選手が記録した19歳10ヶ月を6ヶ月更新する史上最年少の記録をつくった。北京五輪に向けてまた一人英雄の出現だがこうした明るいニュースは大歓迎である。
 政治の世界でもしっかりと国益を踏まえた中での新しい指導者の出現を望みたいと国民は願っていることだろう。

2006年4月29日(土)

鈴 木 宗 男

 5時過ぎに起きて、5時47分吉野駅発で京都に出て新幹線に乗り換え東京駅着。家により着替えをして12時25分羽田発で女満別へ。後援会を廻り、夜は網走管内美幌町で最初の選挙からお世話になった上西さんの息子さんの結婚披露宴に出席、挨拶。考えると3代にわたりご厚誼を頂くことになり時の重みを感じながら新郎新婦の新しい人生の門出をお祝いする。
 横田めぐみさんのお母さんがブッシュ米大統領と面会でき直接拉致について訴える機会を得れて良かった。米国下院外交委員会での証言も高く評価されており国際世論喚起の上では大統領との面会も大きなインパクトになるであろうし、何よりも日本政府が多面的、重層的に北朝鮮側に働きかけていくことが重要である。横田さんのお母さんの思いを外務官僚はしっかり受け止め烈迫れっぱくの気合いで取り組んで欲しいものである。
 昨日質問主意書の答弁書が5件返ってきたが中には真正面から受け止めている答弁書もある。徐々にではあるが、少しずつ情報の透明性、開示に向けて進むことは良い傾向である。さらに、私は国民の目線に立って質問主意書を出すことにする。
 28日午前の官房長官会見で、水俣病の公式確認から50年になる5月1日を前にお詫びと環境保全、再発防止への決意を示した小泉首相の談話を発表したが、「素直にお詫び」することは当然だが、救済が遅れていることに対して「環境省を中心にしっかりと取り組まないといけない」と言っているが、小泉流でまさにワンフレーズ「私が責任をもってやる」とわかりやすく言った方が良かったのではないか。他人事と受け止められる表現は胸に響かない。
 今日の北海道は好天で春到来の感である。残雪に木々の息吹が伝わってくる。北海道の季節である。

2006年4月28日(金)

鈴 木 宗 男

 横田めぐみさんのお母さんが切々と米国下院外交委員会の小委員会で証言する姿がなんとも切なく辛い思いで目に入ってくる。最愛の娘を取り戻したいという母親の強い強い訴えにアメリカ人も心を揺さぶられたことだろう。国際世論の大きな高まりを期待したい。
 堀江貴文さんが保釈され連日の堀江報道ラッシュである。体重が8キロ減っただの、94日での保釈が長いの短いの、保釈金が3億円は多いの少ないのとたわいのない話が流されているが、この事件の真相がしっかり解明されその結果として論評したいものである。堀江さんは約3ヶ月の間に200冊の本を読んだと新聞に出ているが、(日本経済新聞14版43面)私の場合拘留されて最初の20日間は外から本の差し入れはできず東京拘置所の中にある本を借りて見ることになる。それも週1回3冊までが限度だった。起訴されて初めて外から本の差し入れが認められたが、捜査が始まり起訴されるまでは午前、午後、夕食後取り調べがあったであろうし、毎日弁護士の面会も入ったことだろう。起訴されてから70日間の日数でどうやって200冊もの本を読むことができたのか。読んだのではなく目を通したと言うのなら納得できるが、読破したと各紙書かれているのでその読み方、特別のテクニックがあるのか教えてほしいものである。これだけでも大変な能力を持っていることにつながるので、堀江さんに一度お聞きしたいものである。
 夕方、吉野に行き如意輪寺・後醍醐天皇陵、吉水神社、蔵王堂をお参りする。いつの時代にも権力闘争はあったものだが「今に見ておれ」の気概を失ってはいけない。心静かにお参りしながら歴史を振り返るものである。
 歴史といえば54年前の4月28日は講和条約が発効した日である。アメリカの占領が終わり日本が自立していくスタートになった日を少し軽んじてはいないだろうか。こうした厳粛な歴史認識をもっともっと知らしめて行くのも政治の責任、報道のあり方でないかと感じながら私なりに意義ある日の吉野行きであったと感じるものである。

2006年4月27日(木)

鈴 木 宗 男

 朝から堀江貴文さんの保釈について、どのテレビ局も扱っている。堀江さんが保釈になるかどうかが、日本に、国民に、いかほどの影響があるのかと思っていると、「興味本位ののぞき見趣味の報道はいけない」という声が事務所に多数寄せられる。私も過剰すぎるかなあと思いながら、ファックスやメール、電話を下さった冷静な国民、市民の声も、また大事にしていきたい。
 米軍再編 日本負担3兆円に波紋が拡がっている様だ。財務省は「防衛庁が要求するものは防衛関係費だ」(財務省筋)と、別枠は認めない方針(産経新聞)。当然の判断と思いながらも、どう考えても3兆円という金額はべらぼうに大きな金額である。アメリカの言いなりでよいのか。国民等しく考えていく問題だと思う。
 昨日の佐藤優さんの公判での私の証人尋問が新聞に出ており、「外務省を批判」とか「外務省は面従腹背」という表現になっているが、私が話をしたのは、佐藤優さんは国益の観点から行動しており、何も悪いことをしていないということである。外務省関係者が鈴木の圧力があったと言うが、そんなことはないということを、事実関係を踏まえて証言したのである。受け止め方によって随分違うものだと思いながら、こちらもしっかり説明責任を果たしていかなければと感じた次第である。

2006年4月26日(水)

鈴 木 宗 男

 耐震強度偽装事件で8人逮捕。朝から大きなニュースになっている。それにしても、昨日から今日逮捕と報道されていたが、警視庁がリークするのか。捜査当局が世論誘導するやり方は、私の時もそうだが公平ではない。ルールにのっとり、淡々と静かに事実解明をしていくのが筋ではないか。この問題も5ヶ月経って一つの山場を迎えたが、今後全容が明らかになることを見守っていこう。
 「在日米軍再編経費 日本負担3兆円」と出ている。在日米軍再編の米側担当者のローレス国防副次官が、25日国防総省で記者会見し、米沖縄海兵隊のグアム移転費の日米負担額が確定したことを受け、在日米軍再編に伴う日本側負担が計約260億ドル(約2兆9900億円)に上るとの見通しを明らかにした。日本側は当初見込んでいた2兆円超を大幅に上回る負担を強いられることになる(毎日新聞夕刊1面)。
 昨日も触れたが、米軍のグアム移転に約7000億円を出すだけでも驚く金額であり、そもそもそこまで出す必要があるのかと国民は疑問に思っている。私も安全保障に関心がないわけではないが、あまりにもべらぼうな額を言われ、アメリカのいいなりになっていて、本当の国益論がおざなりになることを懸念するものである。
 13時半から約3時間、佐藤優さんの公判に証人として出る。私の記憶、認識に基づき、弁護士さんからの質問に答える。佐藤さんが第一線から離れて、対ロ関係はどうなっただろうか。これだけでも佐藤さんを排除したことは大きな国益の損失だった。このことを頭に入れながら証言させて戴く。来月は検察側の尋問なので、ここでも記憶にのっとり、国益とは何かをしっかり踏まえて対応して参りたい。

2006年4月25日(火)

鈴 木 宗 男

 沖縄米海兵隊グアム移転、日本59%負担で合意したとなっているが、6760億円の金額をいとも簡単に気前よく負担することを、国民はどう考えるだろうか。金銭感覚がマヒしている額ではないか。「沖縄の負担軽減、日米同盟、日本の安全保障にもプラスだ」と、安倍官房長官は24日の記者会見で述べているが、国民にしっかりとわかりやすい説明をしてほしいものである。
 私は沖縄の負担軽減のため、平成8年から9年にかけて沖縄米海兵隊の実射訓練を日本で最初に北海道の地元に受け入れた者として、手続き、内容とも腑に落ちない今回の結果である。アメリカの言いなりよりも、日本としての主体性を持った交渉、やり方があったのではないか。無駄をなくすと政府は言っているが、私から見れば日本にとって生きた投資であるかどうか、国民等しく考えていきたい。
 尼崎JR脱線事故から1年。改めて亡くなられた皆様のご冥福と、重軽傷を負われた皆様にお見舞い申し上げたい。ちょっとしたミスが大事故につながったものだが、是非ともこの重く辛い教訓を生かし、再びこうした事故が起きないよう、JRのみならず人の安全と安心に関わる立場にある人は、万難の配慮をして頂きたい。
 竹島問題で韓国の盧武鉉大統領は「日韓関係についての特別談話」で「断固対応」を表明した。日本政府はどう反応するのか。このシグナルに対して、どんなメッセージを送るのか。外務官僚、政府の姿勢に注目したい。速やかに打ち返しをしていかないと、押されっぱなしになる。国益に沿った日本の対応を期待したい。
 「水俣病公式確認50年に当たり、悲惨な公害を繰り返さないことを誓約する決議」が全会一致で今日の本会議で採択された。今なお水俣病で苦しむ人達の思いをしっかり受け止め、政治の問題として少しでも環境改善に向けて努力していきたい。

2006年4月24日(月)

鈴 木 宗 男

 衆議院千葉7区補選、民主党太田候補の勝利。955票差でも立派な当選である。全国の注目を集めた選挙であったが、小沢民主党代表に選挙民が理解を示した結果といえよう。私の事務所には「武部の『ジャンケンポン』は人を馬鹿にしている」「8回も武部が入ったのがマイナスだった」「チルドレンの印象も悪かった」と、千葉県の私の後援者、知り合いから電話やファックスが入る。こうした地元の声を、自民党はどう受け止めるのか。
 それにしても選挙はわからないものである。メール問題で瀕死の重傷を負った民主党が、小沢代表になってから流れが変わったと言って良いだろう。太田和美さんのなんとも言えぬ嬉しそうな笑顔が、何より今回の結果を物語っている。
 合併に伴う市長選挙が全国で行われたが、中でも話題を集めた岩国市長選挙で、米部隊移転反対の井原市長が当選。自民党推薦候補をダブルスコア以上で負かす。沖縄市長選挙でも、自民・公明推薦候補を破り、民主党他野党推薦の東門さんが当選。なんと東広島市長選挙では、中川自民党政調会長の二男が安部官房長官、麻生外相の応援を受けながら、1万票近く差をつけられ落選。昨日の選挙は、自民党にとって厄日であった。
 こうした中で一つ良かったのは、秋田県能代市長選挙で前参議院議員の斉藤滋宣氏が見事当選されたことである。昔からの仲間であり、お父さんは私の帯広の後援会長である。ここだけは本当によかった。選挙のおもしろさ、こわさをしみじみ感じた昨夜の結果である。
 悲しい、およびもつかないニュースが今日も出ている。37歳の男が母親の遺体を切断し、放置したというショッキングな報道があったが、なんということか。つい先日も、高校生が中学生を殺すという出来事があったばかりである。どうして尊い人の命をこんなにも軽く扱い、また、人間とは思えないことをするのか。信じられないことである。
 心を失ったモノ・カネ優先の政治が、殺伐さつばつとした世相にしたことに一因もある。このことを私自身反省しつつ、こうした事態を真剣に考えなくてはいけないと感じた。同時に、いつも言うことだが、悲惨な事件・事故を政治の責任として受け止め、こうしたことが起きない様政治家等しく努力すべきでないか。家族の絆や友情の尊さ、重みを、私は訴えていきたい。

2006年4月23日(日)

鈴 木 宗 男

 9時からお世話になっている処にご挨拶。10時から北海道ウタリ協会札幌支部定例総会に出席。挨拶の機会があったので、新党大地は北海道の地域政党としてアイヌ民族の権利の確立を1番に訴え、私自身、国会にアイヌ民族に関する質問主意書を5件出し、その答弁も少しずつ変わってきており、これからもアイヌ民族の権利の確立を求めていく。北海道の歴史を考える時、アイヌ民族抜きにしては語れない。同時にグローバルスタンダードの観点からも特にロシアとの関係において、アイヌ民族の権利の確立を日本がしたならばロシアが日本を見る目が変わってくる。領土問題も進むであろうし、日本のウイークポイントであるエネルギー問題も解決される。そうした将来展望も見据えながら、新党大地は頑張っていくと訴える。出席者のご理解は頂けたと思う。多原香里さんのことも紹介しながら今後とも私なりに取り組んでいく決意である。
 12時20分千歳発で女満別空港へ。十勝管内陸別町で、第18回オールジャパンパッチ選手権大会に顔を出し挨拶。子供の頃よくやったパッチ(めんこ)の大会だが子供の頃を思い出した。選手の真剣な姿がとても印象的だった。
 帯広市に入り、16時から十勝軽種馬農協理事会に出席。18時半から私も会員である団体の役員就任祝賀会に出席。19時から昭和58年からの後援者のお通夜に参列。今日も1日有効に使うことが出来た。
 竹島周辺での日本の測量調査を巡る日韓外務次官会談で日本側は調査中止、韓国側は6月の国際会議で海底地名変更を提案しないことで妥協。双方ともそれぞれの立場に立って話をすればメンツは保たれたということか。谷内外務次官派遣が功を奏し、最悪の事態を避けられたことは良かったと思う。同時に報道ではあまり触れられていないが、今回の件で竹島が日韓両国の領土問題であり、表舞台で今後議論せざるを得なくなったことは大きな前進である。今まで避けてきた竹島問題をしっかり議論して欲しい。谷内外務次官の今回の成果を見る時、対ロ領土問題交渉も谷内外務次官にやってもらってはどうだろうか。本来、外務審議官のやるべき仕事を事務次官が見事にやってのけた。西田外務審議官より谷内外務次官の方が国益の面からも宜しいのではないか。特に西田審議官には国連常任理事国入りで失敗した責任も当然ある訳だから、ここは麻生外相、官邸も谷内次官を対ロ交渉の窓口にしてはと提案するものである。

2006年4月22日(土)

鈴 木 宗 男

 十三時から第一回新党大地セミナー開催。2500人以上の人が全道各地から、又会場を見渡すと本州、九州、四国からも、沖縄の人の顔も見られ、感激した。昨年、4月9日の「ムネオの反乱第二ステージセミナー」では、参議院選挙後でもあり、次はいつ衆議院の解散があるのか先の見えない中での開催だったが、一年後の今、国政にカムバックできてのセミナーに本当に感謝、感謝の一語に尽きる思いだ。松山千春さんが約一時間、軽妙にそしてわかりやすい政治談議をして下さり、出席者も喜んでくれる。どんなゲストよりもどんなポストについている人よりも松山千春さんにかなう人はいないと言わせる松山千春さんのお話であった。  私からは、昨年の選挙のお礼を申し上げ、新党大地の代表として北海道にこだわり、「大地に還り大地に学ぶ」を理念として生きていきたい。努力した者が報われるような、公正、公平な社会にするため新党大地は頑張っていきたい。北海道から政治の流れを変える為にも来年の統一地方選挙では各級首長選挙、道議会議員はじめ各級議員選挙に積極的に候補者を出したい。その手始めは知事選挙であり、今の知事では北海道の自立、将来はない。腰掛的姿勢で東京の価値、目安で行政のカジ取りをされて困るのは北海道民だと強く言わせていただく。知事選挙では、民主党とも又、心ある自民党の人とも幅広く連携を模索したいと訴える。  今日のセミナーは一万円の会費であり、皆さんの浄財で私は政治活動が出来るのであって、政治資金の公表は毎年九月だが、先月総務省に提出した平成17年分の政治資金の報告を6ヶ月早く出席者の皆さんに報告せていただく。収入個人会費1億2332万円、パーティー収入9146万円、合わせて2億1911万円(前年繰越金を含む)。支出は人件費約7000万円、家賃約1700万円、電話代・切手代2500万円、交通費・宿泊費等3330万円、カレンダー、後援会新聞、新聞・雑誌購読1500万円、ガソリン代・備品消耗品費1200万円、政治活動費に約4000万円と報告する。出席された皆さんもこの報告に納得してくれた様子でよかった。情報公開、透明性を率先して実施することも政治の責任と考え公表した次第である。これからも毎月ごとの収入、支出を公開していこうと思う。  大勢のお客様をお一人お一人お見送りしながら今日も人間関係、めぐり合わせ、ご縁に感謝しながら、良い人に出会えて本当に良かったとしみじみ感じたしだいである。松山千春さんにいつもお世話になっているが、今回も松山さんの絶大な協力に手を合わせるものである。  セミナー終了後、各地から来てくださった皆さんとそれぞれ懇談。熱烈な同志がいるということを実感しながら新しいエネルギー、勇気を十分頂いた一日である。

2006年4月21日(金)

鈴 木 宗 男

 議員会館でお客さんの対応、週刊誌の取材を受ける。久しぶりに沖縄、嘉手納(かでな)の宮城町長さんが寄ってくれる。基地の町の象徴とも言うべき町長さんだが信念を持って基地の負担軽減に地道に努力なされている姿には頭の下る思いである。普天間の移設問題が話題になり、宮城町長さんは「地元の頭越し、何の相談もしないやり方は反発をかいます。地元の責任者として少なくとも状況説明があれば、国益の観点から、心構えができるのですが」と語られた。私も全くその通りだと思いながら、役人の言いなり、リーダーシップが見えない大臣の姿が目に浮かぶ。又、地元与党国会議員の姿勢についても具体的に指摘があったが町長さんの立場もあるので、その中身はふれないでおこう。
 「鈴木先生が平成8年から9年にかけて米海兵隊の県道104号線越え実射訓練を北海道に受け入れてくれ、まさにこの事が沖縄の基地の負担軽減のスタートであり、沖縄の人は鈴木先生に感謝していますよ」と言われとても嬉しかった。分かってくれる人、心ある人が一人でも居てくれれば勇気や誇りが湧いてくるものである。久しぶりの宮城嘉手納町長との面会は有難いひとときであった。
 竹島周辺海域での海洋調査に韓国が反発している件で事態打開の為、谷内(やち)正太郎外務次官を韓国に派遣すると朝刊に出ており驚いた。外務次官は事務方の最高責任者であり、国会答弁にも出てこない特別な立場の人と位置付けられている。本来、外務審議官がまずは行って交渉するのが筋ではないかと思いながら小泉首相なりに何か秘策があって事務次官派遣を決定したのか、谷内(やち)次官の手腕に期待したい。無駄なエネルギーを日本も韓国も使うべきでない。額賀防衛庁長官が訪米し沖縄海兵隊のグアム移転費の分担問題を協議するそうだが、尊い国民の税金を気前良く米国に出すことのないよう毅然と会談して欲しい。駐留米軍に対して日本は思いやり予算等、出来る限りの事はしている。沖縄からグアムに移転するのはアメリカの世界戦略の一環で日本が基本的に出す必要はない。インド洋の給油、イラク復興資金等国際貢献している日本である。理屈にあわない、アメリカの言いなりのお金は出すべきでない。国民の理解を得られる決着をして欲しい。
 森前総理の秋の総裁選挙に関しての発言が新聞にのっているが森派の会長としてつまらないあつれきをつくりたくないという森前首相流の配慮であろう。昨日夜、約2時間懇談をする機会があり、それなりの胸の内を聞く事ができた。森前首相の配慮された発言をよく考え行動する事が真の同志ではないか。これからも森前首相の一挙手一投足は極めて重い事であり、よくアンテナを立てて行こう。
 16時25分羽田発で千歳へ。札幌に向かい19時半、お世話になった方の弔問、マスコミ関係者との懇談、22時から後援会関係者と会合。2ヶ所の行事を済ませ、明日の新党大地・鈴木宗男「第一回北海道セミナー」に備える。

2006年4月20日(木)

鈴 木 宗 男

 5時22分白糠駅着。車で足寄町に向かい、洗面、着替えをし、斉藤後援会長のお宅に伺い奥様のお参り。8時大誉地の生家でテレビ局の取材。8時半松山千春さんのお宅に伺い、千春さんと合流。8時45分足寄駅で「さよならふるさと銀河線セレモニー」スタート。安久津町長、吉田議長に続き、松山千春さんが挨拶。「小泉首相に言いたい。豊かさの中にいる人に、豊かさはわからない。足寄に住んでいるからこそわかる豊かさがある。」とても心にしみる言葉だった。「アマチュアの頃、このレールの先の札幌に向かった。レールが育ててくれた自分の人生」と、しんみり話す松山さんに、ふるさと銀河線が今日で終わるという実感が伝わってくる。「大空と大地の中で」を歌ってくれた松山さんに、足寄駅に集まってくれた皆さんはどんなにか嬉しく、かつ感謝したことだろう。
 私は昭和58年12月衆議院議員に当選し、まもなくして地方交通線が廃止の方向で議論され始め、私はなんとかレールを残そうと、昭和59年7月1日、本別駅から足寄駅まで当時政界の大実力者であった金丸信先生に乗車してもらったこと、昭和61年3月、国鉄が62年から民営化されてもその後2年間は新会社が引き継ぐことになり、昭和63年第3セクター方式で存続、平成元年6月4日ふるさと銀河線としてスタートし、今日まで来た経緯をお話する。あの頃は血の通う、心の通う政治があった。今の政治は大都会優先、市場原理、弱者・地方切り捨ての政治で、ふるさと銀河線もその大きな流れにのまれてしまった。もう1年早く私が国政に復帰していたらと思うと、皆さんに申し訳ない限りである。しかし、私の人生を振り返る時、昭和38年4月から41年3月まで汽車通学をしたこのレールは、青春そのものであった。一緒に汽車通学をした仲間はどうしているだろうか。達者だろうか。このレールが夢や未来を拓いてくれた。帯広、札幌、そして東京を見据えて、いまに見ていろ、頑張るぞという気持ちにさせてくれた。今、政治家としてこうしてこの場に立てるのも、故郷の皆さんのお蔭であり、このレールがあったからだ。ふるさと銀河線、夢と希望をありがとう。ふるさと銀河線、95年の歴史をありがとうと、結ばせて戴く。
 そして松山千春さんと9時31分足寄駅発に乗りこみ、上利別駅、大誉地駅にそれぞれ停車。地元の皆さんに挨拶し、陸別駅に到着。途中車窓から大誉地の実家がとても懐かしく、また、なんとも言えぬ姿・形で目に入ってきた。家の目の前のレールは生活の一部であったと子供の頃を想い出し、感慨無量だった。
 陸別駅でもお別れセレモニーがあり、金澤町長さんが1日駅長を務められる。挨拶の中で「ふるさと銀河線として今日まで残れたのは鈴木代議士のお蔭です。その鈴木代議士が最後に来てくれ、有難いです」と挨拶してくれる。松山千春さんも足寄高校卒業後、北見に行った頃の話をして、ホームに集まった沢山の人は興味津々だった。
 陸別駅でさよならふるさと銀河号を見送り、13時女満別空港発で上京。飛行機の中でもふるさと銀河線の数々の出来事にふけりながら、政治の価値、重みを考えたものである。レールを残すことに情熱を傾け、17年間の運行であったが「一つの大きな仕事をしたのだ」というある種の充実感をおぼえながら、ふるさと銀河線廃止という現実をしっかり受け止め、逆にこの厳粛な事実をバネに、新たな故郷発展に向け、何かを考えなくてはならないと決意したものである。
 日本政府による竹島周辺の海洋調査に韓国側が強く反発している。私の質問主意書で「日本にとって領土問題とは」という質問に対し、政府は「竹島と北方領土問題のみ」と答えている。これほどわかりやすい答弁をしている政府が、何を躊躇(ちゅうちょ)しているのだろうか。竹島問題解決への姿・姿勢が見えてこない。相手の顔をうかがうようなやり方は得策ではない。この件について、日本の主張をしっかり行ってほしい。
 同時に、どんな考え、戦略・戦術があって海洋調査の話が出てきたのだろうか。何かちぐはぐな感じがする。腹の据わった、腰を据えた対応を、外務官僚はしているのだろうか。独り相撲をしていても話にならない。隣国と無用の摩擦は起こすべきではない。麻生外務大臣の顔が見えてこない。しっかり頑張ってほしいものである。

2006年4月19日(水)

鈴 木 宗 男

 今日も山形の県会議員、昼過ぎには参議院議員、一般のお客さん、役所の人と、沢山の人が来て下さり、有難い。午後から週刊誌で美川憲一さんとの対談があり、美川さんから様々なことを教わる。40年以上第一線で働いている人の凄さを感じながら、「継続は力である」をしみじみ感じる。
 18時から内外問題研究会で講演。「体験的外交論と外務省について」と題して、約1時間半お話しさせて戴き、質疑応答。私は、八方ふさがりの今の日本外交は、専門家たる外交官が真剣に小泉総理を支えていない。小泉総理によい情報、悪い情報全てをあげ、あとは総理が判断することであり、今の状況は、総理に正確な情報を外務省がいかほどあげているか疑問に思う。外交は心と心、顔と顔、信頼関係が何よりも一番である。日本を代表する外務官僚が国益を考えて、もっと汗をかくべきではないかと言わせてもらう。社会経験豊富な方々の集まりであり、鋭い指摘を賜りながら、私の考え、外務省に対する思いを分かりやすく答える。概ねご理解を得られたと思う。
 北海道日本ハムの新庄選手が今季限りの引退を発表され、私も驚いた。年齢的にもまだあと3,4年は第一線でやれるのではと考えるものだが、ご本人の決断は重いことである。こうした潔さを見るにつけ、政治家の出処進退はきれいとは言えない。新庄選手の男の美学をお互い勉強しなくてはと、私自身ふと考えたものである。
 ヤンキースの松井秀喜選手が大リーグ通算500試合出場。日米通算で1750試合の連続出場。体調の悪い時もあっただろう。不屈の精神力を讃えたい。この松井選手の記録を小池環境相はどう受け止めるのか。一流は体調管理維持にも一流でなければならないのだ。
 ニューヨーク・マーカンタイル取引所の原油先物相場では、1バレル71ドル台を突破したと夕刊に出ている。原油供給不安が一段と高まることだろう。原油供給を中東にだけ依存していると、この先心配だ。資源大国であるロシアとの協力関係を強化し、「日ソ56年宣言」から半世紀という大きな節目の年に、領土、経済、ダイナミックに動かしてほしいものである。
 第二次大戦後にサハリンで行方不明になった元日本兵が63年ぶりに帰国というニュースに心が躍る。2000年に戦時死亡宣告された人が、生きて祖国の土を踏んだ感激、ご家族、ご親戚の喜びはいかばかりかだろうか。久しぶりの明るいニュースに、本当に良かったと拍手する。生きていることは尊いことである。戦争はあってはいけないことである。
 21時羽田発で千歳へ。23時43分南千歳発の夜行列車で、明日の「さよならふるさと銀河線セレモニー」に出席のため、白糠駅に向かう。今日も1日忙しかった。

2006年4月18日(火)

鈴 木 宗 男

 8時から民間団体の朝食勉強会。日刊ゲンダイの二木編集長が講師で、建築偽装問題のことやライブドア関連での永田偽メール問題と小沢民主党の今後について、興味深い話を聞くことができた。ライブドアにいて解任された人と西澤との関係、女性が相談した弁護士、自民党議員との距離感等色々なことがあるものだと、情報の奥深さを知る思いだった。建築偽装についても、マスコミに出ていることとは別の角度からの見方で、なるほどと思った。今日は小嶋社長が聴取されたそうだが、今後の展開に注目していこう。
 質問主意書の答弁が6本来て、そのチェックをしている時、テレビニュースで「児童買春容疑で外務省の松田容疑者逮捕」と流れたので、「松田ロシア課長はここまでしてしまったか」と一瞬驚いたが、よく見るとリトアニア日本大使館2等書記官の松田幸明容疑者であった。今回の松田容疑者は氷山の一角にすぎない。今国会で147本の答弁書が出ているが、このうち13本がスキャンダル・ハレンチ行為に関するものである。セクハラ、痴漢が外務省職員に多い。驚く数字である。是非とも衆議院のホームページにアクセスして、中身を良く読んで戴きたい。
 松田は松田でも、ロシア課長でなくて良かったと思いながら、松田ロシア課長も今回の件で他人事でないと感じているのではないか。いつも私が言う自浄能力を、外務省はどこで発揮するのだろうか。国民への情報の開示、透明性の確保のため、更に更に私は努力して参りたい。あまりにもタイミングの良い今日のニュースに、驚くばかりである。

2006年4月17日(月)

鈴 木 宗 男

 朝から札幌事務所で打ち合わせ、お客さん対応。午後から市内挨拶廻りをする。昨日よりは少し気温は高かったが、今日も肌寒い1日だった。札幌市内も人通りは少なく、一層肌寒さを感じるが、高橋知事はこの現状をどう考えているであろうか。松山千春さんの話ではないが、生活感のない行政に、立場の弱い人、政治を必要としている人がいることを、是非ともわかってほしいものである。
 昨夜の帯広市長選挙の結果に、多くの人から「選挙戦は新人の勝ち、結果は現職の勝ち」という評価の声が寄せられる。私もそう思いながら、改めてこれからの帯広・十勝も種々な動きが出てくるのではないかと感じる。市長にしても、緊張感を持って市政にあたることがより市民の為になるのではないか。
 今回の結果に、新党大地は、鈴木はどう動いたかと、またぞろ色んな話が出てくることだろう。鈴木の後援会は鈴木の後援会であり、私はお世話になった人を、仲間を大切にして、これからも淡々とやっていきたい。人間関係を大事にする私の生き方を、これからもしっかり貫いていけば良いのである。
 千葉7区補選、各新聞社の調査では、自民・民主候補接戦と出ている。少し前までは自民の圧勝といわれていたのが、民主の小沢代表誕生後、風向きが少し変わるだけでもこうなるのか。この一週間、自民・民主がどんな戦いをするのかにかかっているが、面白くなってきたことは事実であろう。
 モナコ公国元首のアルベール2世が犬ぞりで北極点に到達したという記事が出ている。地球温暖化問題を訴えての行動だそうだが、モナコ公国の元首がどんなバックアップ体勢で北極点に到達したのかが興味深い。一般人との冒険とは違い、それはそれは大きな支援の元で、何の心配もいらない氷上走破だったと思う。ゲスの勘ぐりと言われるかもしれないが、どんな体勢で北極点に到達したのか、知りたいものである。

2006年4月16日(日)

鈴 木 宗 男

 今日の北海道は全般的に寒く、雪の降った場所もある。4月半ばというのに札幌も曇り空で肌寒い一日だった。今日の天気が北海道の経済の現状を表わしていると思いながら政治の果たす役割、責任を感じる。
 どの新聞も衆議院千葉7区補選で小泉首相、小沢代表の選挙応援を取り上げている。党首の言動がこれほど話題になったのは久し振りのことでないか。これだけでも小沢代表の誕生は大きな出来事と言えるだろう。
 4月14日の北海道新聞2面に小沢代表のインタビューで、「来春の知事選の対応について、新党大地との連携も模索していく考えを示した」と載っており、私も心して接していこうと思う。
 札幌事務所で4月22日開催する大地セミナーの打ち合わせをしている処に、松山千春さんが訪ねてくれる。1時間半ほど政治談議をしながら、あいかわらずの松山さんの鋭い感性にうなずくばかりであった。「中央からの押し付けの官僚政治」、「生活感のない北海道知事」という指摘に100パーセント共感する。
 4月20日「ふるさと銀河線」が廃止になり、足寄で最終セレモニーが行われるので松山さんと一緒に行くことにする。約1世紀、95年の歴史が閉じられるのも政治がなかった証である。私がいない時に流れができたことに申し訳なく思いながら、感謝の気持ちで松山千春さんと一緒に「ふるさと銀河線」を見つめてこよう。
 北海道は合併に伴う、又、任期満了による選挙と毎週どこかで投・開票が行われている。先週は北見市議会議員選挙があり、私の秘書から市議になり、新党大地の公認で立候補した森部君が前回よりも八百票近く増やしての堂々たる当選、もう一人私の秘書から市議になりいつもトップ当選してきた鳥越君が今回は3位と、これまた圧倒的当選であり、留辺蕊町の同志である堀川、鑓水両氏も北見市議に当選、常呂もお世話になっていた鈴木氏が北見市議に当選した。先々週は空知管内栗山町長選挙があり、現職のカベを破って新人の、同志中の同志である椿原さんが当選。今夜は帯広市長選挙の投開票だったが、圧倒的有利と言われた現職が2ヶ月前に立候補した新人に1001票差迄追い詰められてのきわどい当選だった。帯広市民の誰がこれほどの接戦になると予想したであろうか。選挙とはわからないものである。同時にしっかり人の心を捕まえれば結果がついてくることを示した選挙でもあった。
 士別市議会議員選挙も行われ、新人の丹正臣さんが初陣を飾る。また朝日町の菅原清一郎さんも士別市議会議員に当選。
 来年の統一地方選挙に向けて、今から体制をとって行かなければならない。

2006年4月15日(土)

鈴 木 宗 男

 午前中、鹿児島の後援者と懇談し、昼食会。15時から中川一郎先生の秘書時代からお世話になっている方のご子息の結婚披露宴に家内ともども出席。トップバッターでお祝いのご挨拶をさせていただく。人生出会い、人間関係の重さを噛みしめながら、心を込めて挨拶をする。出席者の中には知人も多く、鹿児島での披露宴ではあるが地元北海道での感じがして、気持ちのよい打ち解けた中で楽しい時間を過ごさせてもらった。
 各テーブルを廻ると、写真撮影を希望される方が多く、喜んで応じる。鹿児島でも「新党大地」鈴木宗男の名前はよく知られていることに気付く。関心を持たれることはありがたい限りである。17時鹿児島発で羽田に向かい、19時半発で千歳へ。日本列島を横断した一日であった。
 小池環境相が14日退院され、よかった。急性肺炎、風邪は軽くみてはいけない病気だ。同時に、責任ある地位についている人は、健康管理も重要な任務である。入院する前日は仲間と食事をし、懇談していたと報じられているが「閣僚たるもの、自分の体調管理もできずに、公の為になるのか」と言った厳しい指摘の声が事務所に寄せられる。確かに風邪は予防をしていればそれなりの抵抗力、免疫ができるのではと思いながら、他人事とは思わず、私も健康に関しては十分気をつけていこうと、改めて気を引き締める。
 新聞に姉歯氏逮捕、ヒューザー、木村建設、総合経営研究所3社一斉に強制捜査へとでている。どうして捜査中のことが、こうして具体的に外に漏れているのだろうか。捜査当局がリークしているのか。耐震強度偽装問題については、すでに司直の手にかかっていることは多くの人が認識している。「いつ捕まる」「いつ強制捜査」この様な情報を流すことは権力側が世論を誘導するやり方で、公正・公平ではない。法に触れることをした者に対しては、粛々と、淡々とその任についている人がしっかりやるべき事をやってくれればよいのである。厳正な捜査に世論を使う必要はないと、私は考えるものだが。

2006年4月14日(金)

鈴 木 宗 男

 朝9時からJR東労組本部で講演。1時間半、皆さん熱心に耳を傾けてくれる。平成14年、私が逮捕されるまでを時系列的に話し、権力闘争の怖さ、外務省の恣意的、意図的なリーク、検察の情報誘導など、私の知り得ることを話させて戴く。最後に私は天国と地獄を見た者として、また、今の勝ち組・負け組という格差の拡がる時代に敗者復活できた者として、「人生挫折や失望を味わっても、決してあきらめてはいけない。明確な目的・目標を持って正直に生きていけば、必ず道が拓ける。努力すれば報われる。鈴木宗男を見ろと、皆さんも頑張ってほしい」と結ばせて戴く。
 話の中で、私が検察から「バッヂを外しなさい。政治家やめなさい」と、逮捕後2ヶ月目でいわゆる「悪魔のささやき」を受けた時、弁護士を通じ、「私は大臣も内閣官房副長官も党の総務局長もやり、政治家としてそれなりの道を歩くことができた。ここでやめても良い」と家内に伝え、相談して返事が欲しいとお願いした時、翌日家内の返事は「お父さん、悪いことをしたならバッヂを外しなさい。悪いことをしたと思うなら政治家をやめなさい。ここは自分に正直に、信念をもって闘って下さい。」と言われたことを、また、松山千春さんの激励のメッセージが節目節目に届いたこと、娘が毎日励ましてくれたこと等を率直に語らせて戴いた。終了後、沢山の人が「鈴木さん頑張って」と声をかけて下さり、有難かった。
 終了後国会に入り、決算行政監視委員会、本会議に出席。事務所で宮城県からのお客さん、新聞記者さん、お昼は外国の国会議員と日程をこなし、14時45分羽田発で鹿児島へ。18時から鹿児島後援会有志による若手グループの集まりで講演。現下の政局について私見を交えながら話す。今日も1日が早かった。
 毎日新聞5面に「これだけは言いたい 06総裁選」というシリーズもので、加藤紘一先生のインタビューが載っている。一番最後の「小泉政権の功罪は」という問いかけに対し、「エコノミストの竹中氏の影響が強すぎましたね」と答えている。新自由主義、アメリカ型は竹中主導であること、アメリカで勉強した学者の声が大きく反映されていることに対して、私も疑いの余地はないと思う。
 竹中さんを登用したのは亡き小渕首相の時で、3年連続のマイナス成長を阻止し、プラス成長を実現する為に拡大均衡予算を断行した。私は当時官房副長官だったので、その経緯をよく知っている。その後の森前首相も竹中さんを使ったが、ここまでは竹中さんも常識の範囲で政策展開していた。しかし、小泉政権になってからいっぺんに緊縮財政へと舵を切り、弱肉強食、格差の拡がる政治となってしまったと思う。これからも過去の検証をしながら、私は国民の為の政治を実現すべく、努力して参りたい。
 質問主意書が7件返ってきたが、正面から答えていないものが多い。例えば「外務省在外勤務手当の実態に関する質問」で、「テレビ朝日のワイドスクランブルで元駐レバノン大使の天木直人氏が、『(在外勤務手当について)外務人事審議会から何か言ってくることはまずない。外務省の中に、私(天木大使)がかつて属していた在外公館課の給与班というのがあって、3,4人で(在外勤務手当)を決めている』と証言したが、かかる実態が存在しているか」と聞いているのに、「在勤手当の支給額については、名称位置給与法及び在外公館に勤務する外務公務員の在勤基本手当の額並びに住居手当に係る控除額及び限度額を定める政令において定められている」と、答えにならない答えである。
 また、「外務省在外職員の納税義務に関する質問」で、「外務省在外職員が在勤手当を費消せずに貯蓄をしている事例があるか」という質問に対して、「在勤手当は名称位置給与法に基づき、在外職員が在外公館において勤務するのに必要な経費に充当するために支給される手当であり、適正な額が定められている。」という答えである。これも答えになっていない。
 何故質問に正直に答えないのか。外務官僚の隠蔽体質が見えてくる。是非とも多くの人に衆議院のホームページにアクセスして戴き、私の質問主意書を閲覧して戴きたい。

2006年4月13日(木)

鈴 木 宗 男

 昨日午前の飛行機が欠航してしまい、夕方の上京となる。日程がそっくりずれ込んでしまい、忙しい1日だった。新聞2社、週刊誌1社、月刊誌1社、テレビ局1社、その他にお客さん、役所の方々と沢山来て下さる。マスコミ関係の皆様には十分な時間がとれず、申し訳なかった。いつものことだが、議員会館でお客さんもなく静かな部屋が圧倒的に多い中、私の所がいつもにぎやかであることはとても有難いことである。
 小沢氏が代表になってから、民主党のマスコミへの露出が多くなり、いやが上でも小沢民主党に対する期待は高まってくることだろう。小泉首相も12日夜の記者の質問で、自民・民主の大連立の可能性に関して聞かれ、「可能性を問われれば何でも否定はできない」(読売新聞4面)と意味深に答えており、こうしたコメントは小沢代表の一挙手一投足(いっきょしゅいっとうそく)に注目を集めることになると思う。なんでもありの、「一寸先は闇」の政界で、緊張感が乏しい現状に(かつ)を入れる上でも、小沢代表、小泉首相の発言はより国民の関心を引くことだろう。
 今日発売の週刊文春で、大きな見出しで私のことが取りあげられていたのでビックリする。慌てて記事を読んだが、テレビで発言したことが活字になったもので、ホッとする。今週も週刊朝日、プレイボーイ誌上で私の発言・インタビューが載っているが、読んだ方々から「迂回献金問題にしろ、外務省問題にしろ、鈴木さんしっかり頑張れ」と、激励や更なる追及を期待する声が多数寄せられる。こうした声に耳を傾け、しっかり取り組んで参りたい。
 自民・公明両党は12日、教育基本法改正の中で「愛国心」の表現について「伝統と文化を尊重し、それらを育んできた我が国と郷土を愛する」とすることで合意したと報道されている。郷土を、国を愛することは当たり前のこととは想いながら、その前に人として忘れてはいけない、失ってはいけない大事なこととして、「家族愛」「家族の絆」をしっかり教えることが最も必要なことではないかと考える。最近の悲惨な親と子の、子供同士の事件を見るにつけ、私はつくづくそう考えるものである。

2006年4月12日(水)

鈴 木 宗 男

 中標津から釧路事務所に入り、テレビのインタビューを受け、釧路空港に向かう。11時25分発で上京する予定だったが、霧の為飛行機が降りられず、欠航。3月13日の稚内行きの欠航以来、今年に入って2度目だが、おかげで東京の日中の予定は全てキャンセルになってしまい、日程に入っていた人には申し訳なかった。これも天気、自然のなせることであり、ご理解戴けることだろう。阿寒町、釧路市内で弔問やお見舞いをし、15時15分発で戻る。
 18時から国民新党のパーティーに顔を出し、挨拶の機会を得る。19時から21時まで民間団体から「外務省について」をテーマに講演を頼まれており、私の認識、八方ふさがりの外交についてお話しさせて戴く。外務官僚の不作為、特に対ロ外交についての私の説明に、皆さん納得してくれる。
 質問主意書にも関心が寄せられ、私が何故質問主意書を出しているか、国民への情報開示、情報の透明性の確保、国民の知る権利に立法府の一員として少しでもその責任を果たしたい一念であることを伝える。出席者からも「しっかりやって下さい」「外務省は身勝手ですね」「外務官僚の私生活はどうなっているのですか」と、率直なお話を戴くことが出来た。
 政府はDNA鑑定で、横田めぐみさんの夫は拉致された韓国人である確率が極めて高いと発表し、大きなニュースになっているが、横田さんのご両親のことを思うと心が痛む。声高(こわだか)に「ケシカラン、ケシカラン」と言って解決するものなら、とっくに解決している問題だろうに、一向(いっこう)に解決の糸口が見いだせないでいる現状を考える時、もう少し戦略、戦術をしっかり組み立てるべきではないかと思う。アメリカ頼みだけでよいのか。ロシアと北朝鮮の関係からも、ロシアに協力してもらうことも問題解決への一つの道ではないのか。ありとあらゆるチャンネル、パイプを通じて、北朝鮮と交渉していく心構えを是非とも示してほしいと切望したい。

2006年4月11日(火)

鈴 木 宗 男

 議員会館で月刊誌、週刊誌の取材。藤原根室市長、愛知県議、国会議員とお客さんも多く、時間がたつのが早い。13時からの本会議に出て、15時羽田発で釧路に飛び、車で中標津へ向かう。
 19時から根室管内中標津町の青年会議所例会で「北方領土返還への道、今後の日露関係、外交問題」について1時間講演。8日の根室市青年会議所例会はパネルディスカッションだったが、今日は私の講演がメインで、領土問題を解決するには現実的返還、すなわち段階的解決を進めることが問題解決の早道であることを説明する。
 原理原則にもとづく四島一括返還を言うことは易いが、戦後61年、一つでも島がかえってきたか。これからも同じ主張をして60年待てと言うのか。元島民は70才、80才、この先の人生を考える時、空想的解決論より現実的解決論を模索することが責任ある政治であると強調する。元島民の佐野別海町長、脇羅臼町長はじめ西澤中標津町長、金澤標津町長、中司北海道議会議員など、青年会議所会員以外の中標津町はじめ近隣町村から大勢の人が出席して下さり、今回の中標津JCの企画に感謝したい。
 21時半からJC役員と懇談し、22時半から私の中標津後援会青年部と懇談。久し振りの中標津泊である。
 大きな見出しの記事で「米軍普天間移設合意で増設滑走路対象わずか3機」「たいへんな経費がかかることは承知していると述べ経済性を度外視したことを認めた」(東京新聞1面)と、名護市のキャンプ・シュワブに建設する予定の滑走路が2本になったことは、わずか3機のためだったことがあきらかになったが、この判断が正しかったのか。2014年を目標にした工期は当然延びるであろうし、費用はいかほどかかるのか。これも国民にしっかり説明してほしいものである。
 税金の無駄をなくし小さな政府を目指している小泉内閣が大きなお金をかけ、しかも効率的でない判断は矛盾してはいないか。この問題もしっかり検証していく必要がある。
 民主党の小沢代表が「A級戦犯、靖国に祭られる資格なし」と毎日新聞とのインタビューで明言しているが、政府与党としっかり議論してほしいものである。「小泉首相は『中国がいけないと言っているからいけないのか、戦没者に哀悼の意を表するのはいけないのかよくわからない』と一蹴」(毎日新聞3面)と述べているが、靖国神社に祭られている英霊は戦って祖国に殉じた人達であり、戦争に行っていないA級戦犯とは違うのではないか。
 「A級戦犯は1978年秋、当時の松平永芳宮司が踏み切った。『戦没者以外』を祭るのは例外的だが靖国神社側は戦犯死亡者は国家に殉じ命を落とした『昭和殉難者』であり、戦没者と同じ扱いと説明している」(毎日新聞3面)
 私は今日の日本をみる時、多くの人の犠牲の上になりたっていると考える。純粋に国家に殉じた英霊の御霊安らかれと靖国神社にお参りしてきた者として、昭和天皇も戦後8回靖国神社に参拝され、1975年以後は途絶えていることを考えると、小沢発言を機に、きちんと議論して国民の皆さんに判断してもらうことがよいのではないかと考えるものである。

2006年4月10日(月)

鈴 木 宗 男

 午前中、議員会館で仕事。13時半から17時までテレビ朝日土曜スペシャル「ドスペ!小倉智昭の特命調査隊2」スタジオ収録。税金の無駄使いについての2回目の番組だが、国民の皆さんの思いを大事にしなければとつくづく思う。汗と涙の結晶である税金は尊いものである。その血税を使うには、念には念を入れて判断しなくてはいけない。外務官僚の言いなり、過去のしがらみ、良かれと思って付けた予算が結果として活かされなかったこと等々、私もかつて権力側にいた者として過去を振り返りながら、反省もしながら発言させてもらった。4月15日土曜日、19時から20時54分までの放送なので、お時間のある方はチャンネルを回して戴きたい。
 18時から雑誌の対談。今の政治状況、社会観、人生観等、多岐に渡り話し合う。高名な学者さん、社会評論家とも言うべき小説家のお話は、大変勉強になる。
 終了後、在外の外交官、マスコミの方と懇談。日本のアジア外交、今後の日本の政治状況等について、意見交換をする。久しぶりに頭の体操をさせてもらった、今夜の会合だった。
 昨夜鹿児島で、高速船が何かにぶつかり、多数の負傷者が出ている。クジラにぶつかったという話もあるが、もしクジラであるなら、先の釜山からの高速船の衝突もクジラが原因だったので、クジラ対策を考えなくてはならない。クジラの数が多くなり、魚の生態系が崩れていると専門家は心配している。IWC(国際捕鯨委員会)ではクジラを捕ることを禁じているが、クジラ一頭当たり、1日に魚がどれほど食べられているか判っているのだろうか。1日に4トンもの魚を食べるクジラもいるのだ。しっかりしたルールを作り、クジラ対策をとる時機に来ていると思うのだが。

2006年4月9日(日)

鈴 木 宗 男

 8時半から根室市後援会役員朝食会。急な案内にもかかわらず、多くの役員さんが出席して下さる。昨夜の根室青年会議所主催のパネルディスカッションの説明や、道州制、民主党の代表選挙、自民党の秋の総裁選挙等につき、私の認識を話す。役員皆さんからも「領土返還は現実的解決を目指してほしい」「最初に四島ありきでは相手がのってこない。ロシアも二島は返すと言っているのだから、二島を返してもらって、残り二島の返還に向けて外交努力すべきだ」「昨夜の鈴木さんの考えが一番現実的なので、その線で進めてほしい」等々、意見が出された。領土返還運動の原点の地・根室の大勢たいせいは、現実的解決、段階的解決論であると受け止めながら、この声を更に大きくして戴きたいとお願いする。
 10時半からお世話になった方の弔問等、根室市内挨拶廻り。午後釧路に戻り、事務所に寄って打ち合わせ。15時15分釧路空港発で上京。議員会館に入り、週刊誌インタビュー。日曜日でも忙しいものである。
 テレビの番組欄を見ていると、民主党小沢代表がテレビ局をかけ持ちしている。これだけテレビに出ると、いやが上にも民主党の存在感が高まり、期待感が出てくることだろう。国会での対応ぶりを今から注目し、成果を残してほしい。
 小沢新体制について、自民党の武部幹事長は「執行部の再任 当然の判断」(北海道新聞2面)、片山参議院幹事長は「小泉改革がいいと浮かれていると、潮目が変わるかもしれない」(北海道新聞2面)と、それぞれ発言しているが、民主党への見方が変わってきていることがわかる。これだけでも小沢効果ということか。いずれにしろ、緊張感を持つことは悪いことではない。国民の皆さんにわかりやすい政治状況を作ってほしいものである。

2006年4月8日(土)

鈴 木 宗 男

 午前中議員会館で書類整理、日程打ち合わせ。
 12時50分羽田発で釧路へ。雷の関係で出発が50分も遅れてしまう。車で根室市へ。根室青年会議所主催の北方領土返還について18時30分から21時までのパネルディスカッションに出席。根室青年会議所の皆さんは領土問題をよく勉強されており、私も何回となく、意見交換してきたが、今回の会合も現実的解決に向けてのよい議論であった。
 パネルディスカッションに先立ち前もって8つの基本的質問があったのでわかりやすく、短く私は次の様に答えておいた。

@ 今回北方領土問題が進展しなかった原因は何だとお考えですか?
北方領土問題担当の外務官僚の不作為。
A 政府と、地元や元島民の想いの温度差や方向性の違いなど、どのように感じていますか?
政府は元島民の声、想いを尊重すべきである。
B 地元に対して国はどう対処すべきだとお考えですか?
元島民の要望に謙虚に耳を傾け、実現すること。
C ロシアと日本以外の国との領土問題で、交渉の経過と結果のなかで、参考にすべきものはありますか?また、日本が抱えるロシア以外の国との間の領土問題、またはそれに関わる外交政策で参考になる例はありますか?
日本の領土問題は北方領土と竹島の二つだけ。竹島に比べれば、北方領土問題は進んでいる。2001年3月のイルクーツク声明にもどれば、北方領土は日本に近付いてくる。1956年、旅順と大連がソ連から中国に返還されている。戦争で獲得した権利を、平和裡な交渉で解決した。クリミア半島をめぐるロシアとウクライナの交渉でも、ロシアは手放した。過去にロシアが領土を手放した例から学ぶべきだ。
D 段階的返還論を唱えておられますが、後回しにされる国後、択捉の元島民に対してはどうお考えですか?
「後回し」という言い方は妥当ではない。平和条約は四島の日本への帰属が確認されて初めて締結される。私の考えは、その為の最速の道が段階的返還論であり、現実的手法である。現在の外務官僚の不作為外交を続けていては、1000年経っても国後、択捉は戻ってこない。
E 北方領土返還を実現させる為には何が必要で、何が大切だとお考えですか?
元島民、根室市民、道民が一体となって、外務省に圧力をかけ、不作為外交を改めさせる。現在の外務官僚のモラルに訴えてもムダだ。
F 現状、四島返還は可能だとお考えですか?
可能である。四島は日本領であり、国家の原理原則である。
G 北方領土返還後のビジョンはどのようにお考えですか?
日本人とロシア人の共存共栄による地域振興をはかり、知床世界遺産を北方四島にまで拡大させる。北方先住民族であるアイヌ人の意見を良く聞き、文化振興をはかる。

 日ロ関係は橋本・小渕・森政権迄は極めて順調であったが、小泉政権になって田中外相が勉強不足で過去の声明、宣言、経緯を十分頭に入れず、否定したり誤解をまねく発言をしたこと、又、私の排除、東郷・森両大使を辞めさせ、外務省が正式な手続きに沿って決済された国際会議で佐藤優さんが不正を働いたかの事件をつくりあげたことにロシア側は政権がかわると政策も、今迄の信頼関係もなくしてしまうのかと受け止め、この5年間日ロ関係は前進していないと森前首相や様々な処から入ってくる情報にもとづいて説明させていただく。
 外交は人がするものであり、つまらない、能力のない人がその任につくと国益をそこねてしまう。「田中、川口外相時代は空白の4年間であったと言われている」という声を紹介する。
 日ソ共同宣言から50年、大きな節目の年に、G8サミットがロシアで開かれる意義ある時に小泉首相が空想的解決ではなく現実的解決にむけて大きな決断を期待していると話を結ばせてもらう。
 領土返還運動の原点の地である根室に来ると外務官僚の不作為に憤りを感じながら、国民の悲願である領土問題解決に私なりにしっかり汗をかいていこうとしみじみ思うものである。
 昨日の民主党の代表選挙で小沢一郎先生が当選し、今日は人事について菅さんを代表代行、更に今の執行部体制を維持すると決めたことがニュースになっている。終盤国会国民の目線にたった白熱の議論を期待したいものである。

2006年4月7日(金)

鈴 木 宗 男

 午前中、兵庫の(かぶら)射寺(いじ)にお参り。中村先生からお話を伺い、心さわやかな、穏やかな気持ちになれる。一つの道を歩んだ人のお話は、重く尊いものである。
 14時半から読売テレビの「たかじんのそこまで言って委員会」収録。約2時間、外務省のこと、弁護士のこと、最近考えたこと等、活発な議論を展開。弁護士のことについては二人の弁護士が出演しており、この二人の独壇場。どこにでも目立つことに気を遣う人がいるものだと、しみじみ教えられたものである。たかじんさんは松山千春さんとも親しく、その点やりやすかった。東京、関東圏を除く全国放送なので、4月9日日曜日、13時半から読売テレビ(北海道はSTV)系でオンエアされるので、都合のつく方はみて戴きたい。
 民主党の代表選挙は小沢一郎氏が当選。予想されたこととはいえ、いよいよ小沢代表の出番である。実体よりも過大評価されている面もあるが、かつて自由民主党で幹事長までやった人である。これでやっと与野党の構図がはっきりと見えて来て、国民の皆さんも選択しやすいことだろう。これから実のある党首討論、国会論戦を見守っていこう。
 18時、大阪伊丹空港発で帰京。議員会館に寄って書類整理をする。2日事務所を空けるだけで、けっこうな事務量である。質問主意書の答弁書が5本帰ってきた。チェックすると、いつものことだが「逃げ」に終始している。ただ一件、民族の定義に関する再質問に対し、「アイヌの人々については、独自の言語及び宗教を有し、文化の独自性を保持していること等から、規約第27条にいう『少数民族』に該当すると考えられる。」と答えている。この点は質問に真正面から受け答えしているので、評価したい。
 今日のテレビ収録でも私の質問主意書が話題になったが、一般の視聴者も100人位スタジオに参加していたが、好意的で有難かった。国民の皆さんに少しでも情報開示をして、国民の皆さんにことの善し悪しを判断して貰いたい。
 今日も5本質問主意書を提出したので、合計146本になった。78日間の国会日数で1日約1.9本出していることになるが、土日祝日を除くと、実質55日の国会開会日数であり、それからすると1日約2.7本の計算になる。このペースで更に国民の皆さんに情報を提供していきたい。国民の皆さんも遠慮なくご叱責、ご忠告、また情報を知らせて戴きたいとお願いしたい。

2006年4月6日(木)

鈴 木 宗 男

 8時羽田発で千歳へ。大変お世話になっている企業グループの安全祈願祭に出席。北海道神宮で関係者にご挨拶させて戴き、正午千歳発でトンボ返り。わずかな時間しかご挨拶できなかったが、長いご厚誼を戴いている皆さんに、私の気持ち、誠意を少しでも伝えたいとの思いで足を運んだ次第である。皆さん喜んで下さり、有難かった。
 衆議院本会議に出席し、夕方の便で大阪に向かう。大阪での松山千春さんのデビュー30周年を讃える仲間内の会合に出席する。同志的交わりは重く、尊いものである。松山さんのデビュー30周年という歳月を振り返りながら、改めて私も得難い心友のお蔭で今日あると感謝するものである。同時に、大阪でも松山千春さんを支えてくれる同志がいることに、人間関係の有り難さを感じた。今日も一日慌ただしかったが、有効に過ごすことができた。
 森前総理と約30分お話しすることができた。先の日ロ賢人会議でロシアを訪問した際の様々なやりとり、印象を教えて戴いた。領土問題は日ロ間のトゲであり、この解決には森前総理の果たす役割が極めて重いと、私は一貫して考えている。7月のサンクトペテルブルグにおけるサミットでは、プーチン大統領が議長である。小泉総理も、9月の退陣前に歴史の1ページを飾るべく、現実的解決に向けてカードを切るべきである。その為には、森前総理とプーチン大統領との信頼関係を活かすことが一番ではないかと、私はいつも考えている。高度な政治判断を期待したい。
 小泉首相が在職1807日、戦後3番目の長期政権となった。平成13年4月に就任した時、誰がこれほどの長期政権を考えたであろうか。政治は面白いものである。中曽根政権の時も、短命と言われながら長期政権になった。この二つの政権で言えることは、アメリカとの良好な関係が大きく影響し、支えになってきたことである。戦後、3年以上総理を務めた吉田、岸、池田、佐藤、中曽根、小泉各総理に共通していることは、アメリカとの関係が良かったことであり、アメリカ抜きには語れない政権維持ではなかったかと思う。
 小泉首相は5日「ここまで来られたのも運が良かったのかね」と記者団に答えているが、運も実力のうちという言葉もある。改めて政界の権力闘争を振り返ったものである。

2006年4月5日(水)

鈴 木 宗 男

 1日議員会館で仕事をする。週刊誌2社、月刊誌1社の取材を受けると、あっという間に時間が過ぎていく。また、色々な情報を教えてもらい参考になり、勉強にもなる。
 昨日のテレビ朝日、ワイドスクランブルの流れが今日も続き、激励の電話が入る。有難いと思いながらも、こうした純真な人の気持ちを大事にして生きていこうと思う。私はたたき上げの政治家であり、誰よりも人間関係を大事にして生きてきた。これからもこの基本をしっかり守って、正直に生きていこう。
 民主党の代表選挙が話題になっているが、昨日の鳩山邸での花見会の様子を見た人から「この時期に桜を見る余裕があるのか」と、事務所に電話が何本か入ってくる。そういう見方がある事を、民主党の人がきちんと受け止める事が必要ではないか。
 フランスでの若者雇用問題デモで500人逮捕と夕刊に出ているが、他人事でないと私は感じる。若者のエネルギーは、時として思いがけない結果を作る。日本でもこれだけ格差が拡がると、相当不満を持つ人が多くなる。国民の安心、安定、安全の為、政治家はもっともっと緊張感を持ってやって行かなくてはならないと、しみじみ感じるものである。

2006年4月4日(火)

鈴 木 宗 男

 8時半からドックの残りの診察。胃カメラを飲んで終了。胃ガン手術から2年半になるが、全く問題なしとの事。ホッとしながらも、これからもしっかりお医者さんの言う事を守って行く事が大事だと考える。
 正午過ぎからテレビ朝日のワイドスクランブルに生出演。「税金の無駄遣い、外務省の諸手当の実態」がテーマで、在勤基本手当、住宅手当、配偶者手当、子女教育手当、健康休暇手当など、テレビ局側もパネルを用意して判りやすい形での放送になり、良かった。私は国民の皆さんへ情報開示、情報の透明性を図ることにより、国民の支持、理解を得て外交を展開することになり、更に外務省が自浄能力を示して下さればとの期待を込めて、質問主意書を出しているのだと説明させて戴く。
 出演終了後、事務所には沢山のファックスや激励の電話が来る。20本に1本位「昔外務省を応援していたのに、どうして考えが変わったのか」という声もあった様で、その点「よかれと思って外務省の言う事を100%守ってきたが、今振り返ってみる時、尊い国民の税金を、付けてはいけない処に、また聞いてやってはいけない事に手を貸してしまった事に、国民への反省と自責の念を持って質問主意書を出しているのだ」と説明する。それにしても、視聴者の反響の大きさに驚いた。圧倒的に私を励ましてくれる声を大事にしながら、これからも八方ふさがりの外交を少しでも良い方向に向かせる様、叱咤しった激励げきれいしていきたい。
 甲子園選抜高校野球大会決勝戦、横浜高校が圧勝。点差は大きく開いたが、実力的にはそれほど差がないと思う。気持ちが切れてしまうと、意外な結果になってしまうものである。高校球児のはつらつとしたプレーは、大きな感動を今年も残してくれた。
 大リーグもスタートし、松井、イチロー、城島、田口選手ら日本人選手が大活躍。嬉しいニュースである。世界で活躍する姿は、大きな財産である。子供達に夢や希望を与えてくれるスター選手の一層の活躍を期待したい。

2006年4月3日(月)

鈴 木 宗 男

 衆議院で行政改革特別委員会の質疑が始まる。伊吹委員長の落ち着きのある公平な委員長としての存在感が伝わってくる。それに比べて与野党とも質問ぶりはワンパターンで、行政改革にふさわしい質問がいかほどあっただろうか。無駄をなくすと口々に言うが、行政の実態、しくみを、十分に知り得ていないのではないか。野党は権力の中身、組織を知り得ていないし、与党は政府、行政ともたれ合いの構図である。今日の質問を聞きながら、私の質問主意書の方が的確に無駄を突いていると感じながら、これからもしっかり質問主意書を出していこうと考える。
 今日は全国の多くの企業、官庁で、入社式や入庁式、入省式が行われているが、社会人として大いなる夢や希望を持って、目的、目標に向かって邁進してほしい。若者の英知が今、この日本には必要なのだから。21世紀を担う若者の前途に栄光あれと願わずにはいられない。
 1年ぶりに人間ドックに入り、健康チェック。お陰様で特別な所見はなし。年齢に比べて体力はあると、お医者さんは言ってくれる。何をするにも体が一番である。五体満足、元気な身体をくれた両親に感謝したい。意を強くして、新年度も頑張っていきたい。

2006年4月2日(日)

鈴 木 宗 男

 故金丸信先生顕彰碑除幕記念式に出席のため、8時に東京を出発し山梨県に向かう。
 雨模様だったが、10時の神事には雨も上がり、金丸晴れになる。「金丸信先生顕彰碑」は綿貫前衆議院議長の揮毫により、7メートルの高さの石に立派に彫られている。
 金丸先生がなくなられて10年になる。十年一昔と言うが今、尚、金丸先生を偲ぶ沢山の人がいるところに、金丸先生の偉大さがあるのか。
 「人間関係を大切にする」「人のために汗をかく」「筋を通す」「困ることの相談に乗る」「政治は国家国民のためにある」改めて金丸先生がよく言っていた言葉が脳裏をかすめた。
 懇談会の会場では、出席者の皆さんから「鈴木さん頑張って」「鈴木さん権力に負けないで」と声をかけられ嬉しかった。解ってくれる人が大勢いることに勇気や力をもらった思いである。
 昭和58年7月9日、帯広の大集会に金丸先生が来て「鈴木君の後見人は金丸信だ」と言って頂いた事が昨日のことのように想い出される。今の政治にこそ、金丸先生的考えが必要でないのかと思いながら式終了後、金丸先生のお墓参りをして東京に戻る。
 民主党の代表選挙が話題を集めているが、政治の価値を高める上でも、しっかりした真に与党に挑戦できる代表を選んで欲しいものである。日本の政治のためにも。
 川崎市多摩区中野島のマンションから、小3の子供を投げ落とした男が逮捕されたが、何という神経の持ち主か。ただただ怒りが込み上げてくる。ここ4・5年想像もつかない悲惨な事件が多発している。いつも言うことだが、心の無い血の通わない政治との関係があるのではないかと考えるのは私だけだろうか。
 北海道空知管内栗山町の町長選挙があり、新人の椿原紀昭候補が堂々当選。私の関係が話題になっていたので、何としても勝って欲しいと願っていた。栗山町民の賢明な判断に感謝したい。本当に良かった。

2006年4月1日(土)

鈴 木 宗 男

 4月6日は亡き母の本命日だが、平日なので今日繰上げで3回忌法要を行う。朝から天気がよく午前中のお墓参り、正午からの法要を予定通り行うことが出来た。故郷、大誉地の皆さん、足寄の皆さんにお参りしていただき有り難かった。2年前の母の最後の言葉は「宗男、もう一回頑張れ。今一度、国会に出て行け」だった。告別式で葬儀委員長の松山千春さんが、「お母さんの最後の思いを必ず私たちが実現しますから、天国で見守ってください」と、挨拶してくれたことを思い出し、感慨無量である。昨年の一周忌は、参議院選挙に敗れ、今度いつ選挙があるのかという状況だった。1年後の今日、多くの心ある皆さんのお陰で国政に復帰し、三回忌法要ができ、亡き母に少しは安心させる事ができた。改めて新党大地、鈴木宗男に心を寄せてくださった全道、全国の皆様に万感の想いで感謝したい。
 法要後、帯広に来て16時から帯広後援会拡大役員会、18時から宗志会(青年部後援会)で帯広市長選挙の対応を協議する会合だったが、私に全て一任して頂く。私の後援会は、私の後援会であり、他の選挙と連動するものではなく、私は思いあがった僭越な判断はしない。謙虚に足元を見据えてやっていけば道はひらけると考えている。20時25発の飛行機で帰京。今日も1日有効に動くことが出来た。
 民主執行部が総退陣。永田議員も辞職願い。この時期のこの決断は遅きに失したものではないか。タイミングを見誤ったつけは大きい。政治キャリア不足が招いた結果といって良いのではないか。前原代表も永田議員も、政治家は時に勉強した人より、じ頭の良い人が必要な場合があると言われる。民主党の新代表が誰になるのか注目していきたい。永田議員の辞職に伴い、衆議院懲罰委員会は西澤孝氏の証人喚問を取りやめることで、自民、民主は合意したそうだが、これも談合ではないか。永田議員の関係ではあるが、西澤孝氏を呼んでしっかり真相解明するのが立法府の責任ではないだろうか。与野党馴れ合いのこのやり方は、政治不信を招くだけである。今からでも遅くは無い。国民に情報開示することを望みたい。こんなことをしていると与野党とも手痛い、しっぺ返しをうけるのではないか。
 武部幹事長が31日の記者会見で、村岡兼造先生の無罪判決の絡みで裁判長が、自民党の元事務局長が闇献金に関与したとの指摘について「推論にのっとった判断だ。裏づける証拠が無いとの見方もある」と反論した(北海道新聞4面)記事がある。武部幹事長は、日本歯科医師連合会の裁判でも、会長はじめ関係者は迂回献金を認め、事務局長の名前まであげている。公判で迂回献金があり、平成研の領収書の発行に関してもアドバイスしていることが明らかなのに、「なぜ推論にのっとった判断だ」と言えるのか。もっと事実関係をしっかり調べて物を言ったほうが良いのではないか。この点、野党も反転攻勢にでるなら日歯の問題を取り上げるのも一つの方策ではないか。国民は真実を明らかにして欲しいと待っている。「野党はもっと野党らしくやって欲しい」と言う声が多い事を知らせておきたい。


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