ムネオ日記
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2010年5月31日(月)

鈴 木 宗 男

 月曜日は本会議定例日ではないが、経済産業委員長の解任決議案、農林水産大臣の不信任決議案が出されたので、最優先議題となり、本会議が拓かれる。
 13時から開会の予定が、野党の抵抗で14時半にずれ込む。野党が不信任案、解任決議案を出しても、民主主義のルールから言って通ることは100%ない。
 出した以上、堂々と議論して、国民に訴え、理解してもらうことが、一番存在感を示すことになると思うのだが、全く逆のことをしている。野党も戦略、戦術を組み立てる知恵者がいないと言うことか。基礎体力が問われるところである。
 「自民党は『数による強行採決が多い』と言う。それならば、小泉、安倍、福田、麻生政権で数に頼み、強行採決どころか独裁的な国会運営をやってきたのは、どこのどなたか。そもそも自民党ではなかったのか」といった声が私のもとに寄せられる。
 過去を振り返れば、その通りとうなずくしかない。
 今国会も残り2週間。せめて最終局面では、国民に納得される議論をすることが政治の信頼回復に繋がると思うのだが。
 普天間基地移設問題でつくづく感じるのは、【官僚vs国民】の綱引きを、官僚が押し切ったということである。
 国民目線、生活者第一、沖縄県民の心、思いを訴えた鳩山首相の考えは正しかった。しかし、最終的に「辺野古周辺」となったことは、自民党政権時代に日米が合意した案であり、官僚がつくったものである。
 佐藤優さんが今日のライブドアニュースで、私と同じ認識を発信されている。その一部を掲載させて戴く。

 【佐藤優の眼光紙背】小沢一郎が『平成の悪党』になる日

 現下の日本には、目に見えない2つの国家が存在する。一つは、昨2009年8月30日の衆議院議員選挙(総選挙)で、国民の多数派によって支持された民主党連立政権の長によって国民を代表する国家が存在する。もう一つは、官僚によって代表される国家だ。
 内閣総理大臣の職に就いている鳩山由紀夫という1人の人間に、国民の代表という要素と官僚の長という要素が「区別されつつも分離されずに」混在している。官僚と国民の利害相反が起きるときに、総理のアイデンティティー(自己同一性)の危機が生じる。
 官僚は、国民を無知蒙昧な有象無象と考えている。有象無象によって選ばれた国会議員は無知蒙昧のエキスのようなものと官僚は見下している。そして、国家公務員試験や司法試験に合格した偏差値秀才型のエリートが国家を支配すべきだと自惚れている。自民党政権時代は、「名目的権力は国会議員、実質的権力は官僚」という実質的な棲み分けができていたのを、民主党連立政権は本気になって破壊し、政治主導を実現しようとしていると官僚は深刻な危機意識を抱いている。この危機意識は、実際は官僚が権力を大幅に削減されることに対する異議申し立てに過ぎないのであるが、官僚の主観的世界では「このような輩が国家を支配するようになると日本が崩壊する」という「国家の危機」という集合的無意識になっている。
 官僚は、現在、2つの戦線を開いている。第1戦線は、検察庁による小沢一郎潰しだ。第2戦線は外務官僚と防衛官僚による普天間問題の強行着陸だ。特に外務官僚は、「アメリカの圧力」を巧みに演出しつつ、自民党政権時代に官僚が定めた辺野古案が最良であることを鳩山総理が認めないならば、政権を潰すという勝負を賭けた。鳩山総理は、現状の力のバランスでは、官僚勢力に譲歩するしかないと判断し、辺野古案に回帰した。鳩山総理の認識では、これは暫定的回答で、段階的に沖縄の負担を軽減し、将来的な沖縄県外もしくは日本国外への模索を実現しようとしているのであろう。しかし、この状況を官僚は「国家の主導権を官僚に取り戻した象徴的事案」と受けとめている。
 しかし、この象徴的事案は、官僚勢力に対する敗北になり、民主党連立政権が政治生命を喪失する地獄への道を整える危険をはらんでいる。筆者は、小沢幹事長がそのような認識をもっているのではないかと推定している。

 私も同感である。
 佐藤優さんの今日のライブドアニュースの話は、今後の政局を占う上で大変参考になるものと思う。読者の皆さんにも、是非とも全文を読んで戴きたい。


本日提出した質問主意書2件
bP78 我が国が抱える領土問題に対する鳩山由紀夫内閣の見解に関する質問主意書
bP79 我が国の調査捕鯨活動に対するオーストラリア政府による国際司法裁判所への提訴に関する質問主意書

※ 質問主意書の内容は下記の衆議院HPでご覧頂けます。

  衆議院ホームページ

2010年5月30日(日)

鈴 木 宗 男

 朝からの報道番組は、どこも普天間飛行場移設問題である。
 「県外」と言っていたがそれを実現できなかった鳩山首相に全ての責任があるかの様な、一方的議論にウンザリする。
 過度な負担に(あえ)ぐ沖縄の思い、心を察する時、「県外」と言ってきた鳩山首相の判断は正しい。しかし、時間的に5月末までに間に合わなかったということである。
 2014年までの普天間飛行場移設は、何が何でもやらなくてはいけない。そのために「県外」と言ってきたのであり、これからも「県外」を模索し、希求していくのだ。今回の政府案で終わりではない。
 あわせて、色々の手続き等を考える時、県の許可、了解も必要であり、簡単に進んでいく様な生やさしい話ではないのだ。もっと本質を良く知った上で議論してもらいたいものだ。「県外」という言葉のみをとらえて批判するのは無責任である。
 読者の皆さんも、冷静に普天間移設問題を考えてほしい。
 16時14分、社民党が連立政権離脱を決定したとのニュース速報が入る。
 社民党の決断であるが、政権を離れてこれからどの様な形で影響力を持っていくのか、民主党との各県選挙区における選挙協力はどうなるのか。小沢幹事長の判断が大きなウェートを占めることになるだろう。
 選挙協力まで否定すると、社民党は地方区での戦いはできなくなる。懐の深い対応をしないと、まさに党の存亡に関わってくることだろう。
 明日から政局になってくるだろう。
 民主党参議院改選組の声がどう出てくるか。政権に対する批判が大きくなると、流れを変えざるを得ないのか。小沢幹事長の一挙手一投足に注目が集まることになる。
 いずれにせよ、民主党政権に変わりはないが、どんな方向に向かっていくのか、しっかりアンテナを立てて、情報戦に負けない様にしていきたい。
 11時半から長男の結婚式、12時半からごく身近な人に来て戴いての披露宴。アットホームで気楽な会で、皆さん喜んで下さった。
 ご縁、巡り合わせ、人生まさに出会いと、つくづく感謝してやまない。

2010年5月29日(土)

鈴 木 宗 男

 普天間飛行場移設問題に関し、政府が移設先として「辺野古」を明記し、政府方針を決めたことに対し、鳩山首相を一方的に批判しているが、そもそも「辺野古」を決めたのは自民党政権である。この点で自民党から批判されることは御免(ごめん)(ごこうむ)りたい。
 確かに鳩山首相は、選挙中も選挙後も「県外」と言っていた。あまりにも過度に沖縄に駐留米軍が偏重している現実を見る時、沖縄県民の心、思いを十分考え、「県外」と言うのは当然であり、そう発言したことは正しい。
 沖縄を心配することなく、「県外」と言わなかった政治家に、鳩山首相を批判する資格はない。
 努力に努力を重ねたが、今の段階では「県外」とならなかったのである。しかし、2014年までの普天間の移設は絶対にやらなくてはならない。
 今回の決定は、それに向けてのスタートなのであり、県外への訓練移設も含め、これからも沖縄の負担軽減に向け、努力していくのである。
 批判することは簡単だ。しかし、この問題に関し、更にはこれまで沖縄の問題について何もしてこなかった人が、一滴の汗もかかず、努力もしてこなかった人が、軽々に鳩山首相を「嘘つき」呼ばわりするのはやめて戴きたい。真剣に沖縄と向かい合っている鳩山首相の姿を、少しは理解してあげて良いのではないか。
 私は、私なりに沖縄と向かい合ってきた者として、これからも沖縄に対する思いは変わることはない。
 昨日の東京新聞27面「こちら特報部」欄にある「本音のコラム」欄に、佐藤優さんの「二つの顔」という記事が掲載されている。的確に今の状況を表していると思うので、全文をご紹介したい。

 鳩山由紀夫首相には2つの立場がある。第1は、総選挙で国民によって最大多数の支持を得た民主党代表としての立場だ。第2は、官僚のトップとしての立場だ。鳩山由紀夫という1人の人間にこの2つの立場が「区別されつつ分離されず」に混在している。国民と官僚の間に深刻な利害相反が起きると、首相の自己同一性の危機が生じる。
 23日、鳩山首相の沖縄再訪について、普天間飛行場の移設先として鳩山首相が辺野古周辺と地域を明示したことが約束違反であると全マスコミ非難する。確かに「最低でも(沖縄)県外」という約束を鳩山首相は反故にした。問題はその原因だ。外務官僚が中心となって自民党政権時代に官僚が作成した辺野古案に戻るのが唯一の選択肢だという鳩山包囲網を築いたからだ。辺野古という名を出した鳩山首相には官僚のトップとしての立場が反映されている。
 しかし、鳩山首相は別の顔も見せた。対馬丸記念館訪問のときの鳩山首相の映像、写真をよく見て欲しい。死者と対話し、「普通の人々」の側に立とうとする鳩山首相の姿がある。これを単なるパフォーマンスと見なす人は心が歪んでいる。普天間問題を最大限に活用し、官僚が日本国家を完全に支配しようとしている。鳩山政権の打倒ではなく、鳩山首相をいかに国民の側に引き寄せるかが焦眉の課題だ。
(5月28日付東京新聞27面)

 歴史的な政権交代を果たしたが、官僚の頭づくりは政権交代していたのだろうか。自民党政権が決めたことを安易に踏襲し、そのまま引き継ぐことに、ただ安閑(あんかん)としていたのではないか。
 本来ならば、外務、防衛省の官僚が、アメリカに「政権交代は大変な変化だ。日米関係、日米安保の基本的考え、枠組みは変わらないが、普天間移設については白紙になるかも知れないぞ」と、強く出るべきだったのだ。それを事務的に、ベルトコンベアー宜しく流れていくと官僚が甘く見ていたところに、今回の問題があると私は見る。
 いずれにせよ、政治主導と言い、官僚を統括するのは官房長官である。官房長官の機能、役割も普天間問題では大いに関係している。そこに鳩山首相の苦労があるのではないか。
 余計なお世話だと思われるかも知れないが、私が官邸にいた時は、野中広務官房長官のもとで、24時間、小渕総理に仕えているという心構えだけはしっかり持ってやっていた。総理周辺の司々の人は、「俺が総理を守るんだ」という裂帛(れっぱく)の気合いを持ってやっているのか。
 その気合いが外に見えてこないところに、鳩山首相が一人悪役にされている面があり、今のドタバタ劇があると思うのだが。

2010年5月28日(金)

鈴 木 宗 男

 26日水曜日の日記で、外交情報誌『インサイドライン』に「波紋を呼んだ『3.5島論』の急浮上に『ムネオ』の存在」との見出し記事が掲載されていることについて触れたが、今日の10時41分に配信された産経新聞インターネット版も、同じ様な趣旨の記事を掲載している。
 「【Russia Watch】領土交渉 水面下で『2島先行』論」という見出しで、5月11日のロシア外交アカデミーでの私の講演について触れたものだ。以下、その内容をご紹介したい。

【Russia Watch】領土交渉 水面下で「2島先行」論
 2010.5.28 10:41

 かつて対ロシア「二元外交」を批判された新党大地の鈴木宗男代表(62)が5月10〜13日、衆院外務委員長として訪露し、政界関係者らと北方領土問題などを協議した。一連のスキャンダルで逮捕・起訴されて以降、8年ぶりに対露外交の封印を解いた形だ。そこには以前の鈴木氏が主導した、いわゆる「2島先行返還」論がちらつく。

 ■「露の名誉が大切」
 「ソ連が日ソ中立条約を侵犯して日本を攻撃したという点だけを取り上げ、激しく非難する人々がいる」
 鈴木氏は露外交アカデミーで講演し、こうした立場を批判したうえで、「政治家の使命は現実的な交渉をし、結果を出すことだ」「領土交渉ではロシアの名誉と尊厳が守られることが大切だ」と強調した。
 さらに、鳩山政権が領土交渉の基礎と考える文書として、(1)平和条約締結後の歯舞(ほぼまい)、色丹(しこたん)両島の引き渡しを定めた日ソ共同宣言(1956年)、(2)択捉(えとろふ)、国後(くなしり)を含めた4島が係争地域であることを認め、「法と正義」の原則で交渉するとした東京宣言(93年)、(3)両宣言を明示的に確認したイルクーツク声明(2001年)-を挙げた。
 鈴木氏の戦術は、(3)のイルクーツク声明を含んだことに見てとれる。声明は「色丹、歯舞両島の返還にはロシアも同意している。焦点は残る2島だ」という日本側の意図を反映して策定されたからだ。これは「歯舞、色丹両島の返還時期や態様」と「残る2島の帰属問題」を合わせて協議する「2島先行返還」や「同時並行協議」論者が拠(よ)って立つ文書といえる。
 
(中略)

 ■「4島返還の放棄を」
「日ソ共同宣言は平和条約の締結と2島の引き渡しで問題を終わらせると明記した文書であり、東京宣言とは全く両立しない」。露科学アカデミー日本研究センターのビクトル・パブリチェンコ上級研究員は「両国が批准し、外交条約の手続きを経た日ソ共同宣言と、意思表明のプロトコールにすぎない東京宣言やイルクーツク声明では重みが違う」とも語り、「2島先行返還論は失敗を運命づけられている」と断じる。
 さらに、「議論に足る解決策は、日本が完全に『4島』の主張を放棄し、日ソ共同宣言に立ち返ることだけだ」と政権の立場を代弁する。
 日露間では年内に3度の首脳会談が予定され、日本外交筋は「領土交渉の活発化」を期待する。だが、セルゲイ・ラブロフ外相(60)が最近、「北方領土問題に関するいかなる対話も日本が第二次大戦の結果を認めることから始まる」と述べたように、ロシア側の態度はむしろ硬化しているのが現実だ。
 鈴木氏は滞在中、「鳩山首相に4島の旗を降ろす気持ちはない」と言明する一方、「現実的な外交」の必要性を訴えた。その目指す着地点は、まだ見えない。  
(モスクワ支局 遠藤良介/SANKEI EXPRESS)

 いかにも産経新聞らしい論調である。
 まずタイトルにもある「2島先行」という言葉だが、何度も言っている様に、私は歯舞、色丹、国後、択捉の4島を返してもらうという「4島返還」の旗を降ろしたことは未だかつて一度もない。ロシアとの交渉において、「2島だけで良い」、「2島の返還をもって日ロ平和条約を締結し、北方領土問題を最終的に解決しよう」などの主張をしたこともない。4島は日本の領土であり、4島返還を譲ることは絶対にできない。
 しかし、「4島を一度に、同時に全て返せ!」と、四島一括返還をロシアに何度訴えたところで、実際に島が帰ってくることはない。外交には相手がある。日本側の主張だけが全て通ることはない。四島一括返還論という空想的返還論を叫んでも、この問題は動かないのだ。
 私は、どうしたら北方領土交渉が動くか、4島が日本に返ってくるかを現実的に考え、橋本、小渕、森歴代首相の指示を受け、日本政府の方針に従い、ロシアとの交渉にあたってきたのである。その方法の一つとして、歯舞、色丹の2島については、1956年の日ソ共同宣言に基づき、具体的な返還の時期を協議する、国後、択捉の残り2島についても継続的に協議をし、日本への返還を目指すという、いわゆる「2+2」の方式だ。これが、最も現実的に4島の返還を実現させる近道であると私は考える。歯舞、色丹の2島が先に返ってきたとしても、それで終わりではないのだ。
 今日の記事には、「そこには以前の鈴木氏が主導した、いわゆる『2島先行返還』論がちらつく。」とあるが、私が私の独断で、政府方針を無視して勝手にロシアと交渉することなどできる訳がない。読者に誤解を与えかねない表現は避けて戴きたい。 産経新聞に問いたい。四島一括返還を訴えて、実際に領土交渉は動いたのですか、と。小泉政権以後、安倍、福田、麻生と、北方領土問題について不勉強な首相、外相が誕生し、この問題はどうなったか。何か具体的な進展があったか。11日の外交アカデミーで、ここ数年の日ロ関係を「空白の10年」と表現したが、領土問題は後退することはあっても前進はなかったのである。 また今日の記事には、「『露の名誉が大切』」との見出しで、

 「ソ連が日ソ中立条約を侵犯して日本を攻撃したという点だけを取り上げ、激しく非難する人々がいる」
 鈴木氏は露外交アカデミーで講演し、こうした立場を批判したうえで、「政治家の使命は現実的な交渉をし、結果を出すことだ」「領土交渉ではロシアの名誉と尊厳が守られることが大切だ」と強調した。

 とある。あたかも、「鈴木は日本の側ではなくロシアの側に立つ親ロシアの政治家だ」と言わんばかりだ。
 私が講演でどの様に述べているか。17日付ムネオ日記を見て戴ければすぐわかる。
 私は講演では、次の様に述べている。

 ソ連が対独戦争に勝利する上で日本は大きな役割を果たした。当時、日本はナチス率いるドイツと軍事同盟を締結していたが、同時にソ連とも中立条約を締結していた。中立条約とは、仮に、ソ連がどこかの国と戦争を始めても、日本は中立を保つ、また、逆に日本が戦争を始めても、ソ連は中立を保つということをお互いに約束したものである。当時、ヒトラーは日本に対し、ドイツとの軍事同盟を優先し、ソ連を攻撃するように何度も要請した。しかし、日本はそれをはねのけた。仮に日本が別の選択をしていたのなら、歴史は変わっていたであろう。日本の選択は正しかった。なぜなら、ファシズムは全く間違っていたからである。ヒトラー率いるナチスの悪行は言語に絶する。
 
(中略)

 北方領土問題に関しても、当時ソ連が中立条約を侵して日本を攻撃した点だけを取り上げ、ロシアを激しく非難する人達がいる。しかし、そのような歴史認識に対しては、日本はナチス・ドイツの同盟国ではなかったのか、ソ連は英国や米国との約束を守って日本を攻撃したのである、ソ連のみが責められる筋合いのものではないとのロシア側からの反論を招いてしまう。このような議論は歴史専門家に任せるべきであり、我々は大きな歴史の中で、ファシズムが打倒され、ドイツも日本も、自由と民主主義を基本とする国家となったことに目を向けることが重要であると考える。
 
(中略)

 自分(鈴木委員長)は、日本の愛国者であり、それゆえ日本の名誉と尊厳を大切にする。同時にロシアの名誉と尊厳も尊重する。それは、ロシアの愛国者の気持ちが分かるからである。ロシアの名誉と尊厳が守られることは極めて重要であり、ロシアの名誉と尊厳を毀損する形での北方領土問題の解決はあり得ないと考えてきたし、今でもそのように考えている。

 私は、日本の名誉と尊厳よりも、ロシアの名誉と尊厳の方が大切だなどとは言っていない。日本の愛国者、政治家として、何よりも守るべきものは日本の名誉と尊厳である。同時に、ロシアの愛国者もロシアの名誉と尊厳を守りたいと考える。このことは、日本の愛国者として理解できる。私はこう述べたのだ。
 外交には相手がある。自分の主張、理屈だけを100%通そうとするのは、もはや外交ではない。互いの名誉と尊厳を尊重しあい、互いに信頼関係を築いて初めて互いの問題を解決できるのだ。
 26日の日記を読んで下さった読者の皆さんには、この私の主張は良くおわかり戴けることと思う。
 他のどの新聞より「国益」を主張する産経新聞である。私の批判をすることは構わないが、批判をするなら、真実、事実を正しく踏まえた上でして戴きたい。そうでなくては、日本の国益が損なわれてしまう。
 福島瑞穂消費者・少子化担当大臣が罷免された。鳩山首相は賢明な判断をされたと思う。
 内閣の一員である以上、閣僚は総理の判断に従うべきである。一政治家が物を言うのと訳が違う。福島氏が一政治家としての姿勢、主張をするのであれば、自ら辞表を提出した方が理解を得られたのではないか。
 「県外」を主張する福島氏の気持ちは良くわかる。沖縄の人も喜ぶフレーズだ。しかしそれならば、福島氏は、県外のどこかの場所を特定し、自ら話をつけ、「総理、ここに話をつけましたので、ここで検討して下さい」と持ちかけるべきだった。それが責任ある政治家の姿ではないか。
 評論家宜しく「ケンガイ、ケンガイ」と叫ぶだけで、結果を出せなかったところに今回の不幸な事態がある。
 大変残念な出来事ではあるが、これを機に、鳩山首相は堂々とリーダーシップを発揮すべきである。いや、やってくれることを期待する声は強い。
 週明け以降、緊張感を持って臨んでいきたい。


本日提出した質問主意書2件
bP76 厚生労働省の郵便制度悪用・文書偽造事件に係る検察官の取調べに関する質問主意書
bP77 いわゆる袴田事件に関する第3回質問主意書

本日受領した政府答弁書6件
bP60 タイで日本人カメラマンが銃撃された件に関する再質問主意書
bP61 2010年5月15日の日中外相会談に関する質問主意書
bP62 検察庁による定例記者会見の開放に関する再質問主意書
bP63 いわゆる袴田事件に関する再質問主意書
bP64 総務省の勧告を受けての外務省在外公館の見直しに関する再質問主意書
bP65 かつて在モスクワ日本国大使館に存在していたとされる裏金組織「ルーブル委員会」に係る外務省元官房長の発言に関する第3回質問主意書

※ 質問主意書の内容は下記の衆議院HPでご覧頂けます。

  衆議院ホームページ

2010年5月27日(木)

鈴 木 宗 男

 朝刊各紙は、厚生労働省元局長の村木さんに関する記事を扱っている。

毎日新聞1面トップ 郵便不正事件 村木元局長 無罪の公算 部下供述不採用 大阪地裁「取り調べに問題」
東京新聞1面トップ 元局長 無罪の公算 大阪地裁「誘導の可能性」 法廷証言重視鮮明に
読売新聞38面 郵便不正公判 村木被告 無罪の公算 元係長供述調書を不採用
朝日新聞39面社会面トップ 裁判長「元部下らの調書 検事誘導」元局長公判 苦しい検察 郵便不正 有罪立証 柱失う 供述「押しつけ」認定
日本経済新聞39面トップ 元部下らの調書不採用 村木元局長 無罪の公算 大阪地裁「検事の誘導あった」 検察側の構図崩壊 特捜部の調書却下 異例
産経新聞2面 供述調書採用せず 郵便不正 村木被告無罪の公算

 以上が各紙の見出しになっている。
 検察が密室で誘導、誤導しているから冤罪が起きる。だからこそ、取調べの全面可視化が絶対的に必要なのだ。
 毎日新聞3面の「クローズアップ2010」に詳しく書かれているので、全文紹介したい。

 郵便不正・元局長公判 検事の誘導 批判 あらかじめストーリー「記憶あやふやなら多数決だ」

 厚生労働省の元局長、村木厚子被告(54)が偽証明書作成に関与したとされる郵便不正・偽証明書事件で、大阪地裁は26日、重要証人の供述調書について信用性を否定して証拠採用せず、村木被告に無罪判決が言い渡される可能性が強まった。横田信之裁判長は「あらかじめストーリーを描き、検事が誘導した可能性が高い」と指摘、ストーリーに供述調書を強引に当てはめたなどとして、大阪地検特捜部の捜査手法を厳しく批判した。【日野行介、苅田伸宏】

 横田裁判長が検察側請求の供述調書をすべて却下した証人は、厚生労働省元係長の上村勉被告(40)▽障害者団体「凜(りん)の会」(解散)代表、倉沢邦夫被告(74)▽凜の会メンバーの元新聞記者(68)−−の3人。強引な取り調べを受けた経緯を記録した上村被告の「被疑者ノート」や、元記者の弁護士が出した申し入れ文書などの物証を根拠に証拠採用しなかった。
 上村被告は偽証明書を作成した実行行為者で、検察・弁護側とも「最重要証人」と位置づけていた。村木被告の関与を認めた捜査段階の調書が採用されない場合、事件そのものの構図が崩れることになり、採否が最も注目されていた。
 上村被告は今年2〜3月、3回にわたり村木被告の公判に証人出廷。04年6月に当時上司だった村木被告から指示を受けて偽証明書を作成し、村木被告に手渡したとする検察側主張について「凜の会側から発行を催促され雑事を早く済ませたい一心で偽証明書を作成した」と否定した。
 村木被告の関与を認める調書に署名した理由については「別の公文書偽造について再逮捕をちらつかされ、勾留(拘置)が続くのが嫌で認めてしまった。村木被告から指示されたとする調書は検事のでっち上げ。村木被告に申し訳ない」と涙ながらに訴えた。
 拘置中の供述経過について、上村被告は被疑者ノートに記載していた。横田裁判長は「公判証言に合致する」と指摘し、供述調書よりも被疑者ノートに高い信用性を認めた。
(5月27日付毎日新聞朝刊3面)

 今回の裁判所の判断を、国民は多とすることだろう。こうした裁判長がいれば、冤罪はなくなる。
 私の事件でも、証人、参考人の調書は検察のストーリー・シナリオに沿って作られている。検察は「もう鈴木の復活はない」、「こっちの狙いは鈴木だ。あなた方は何を言っても罪にはならない」、「協力しなければ談合等でやりますよ」と前置きして、調書を取っている。
 公判でその証人、参考人が「検察に言わされました」と証言しても、また、「検察に誘導されて調書を取られました」と真実の出来事を裁判所に上申書として出しても、一審、二審の裁判長の言いぶりは、「公判での証言より調書の方が信ぴょう性が高い」と、全く真実を否定するものだった。神聖な公判で証言したことより、密室で検察官の言いなりで作られた調書を一方的に信用する裁判官に、人を裁く資格があるのかと、私は憤ったものである。
 今回裁判長は、冷静に検察の一方的なやり方を見抜いている。でっち上げで作られた調書を鵜呑みにされたら、たまったものではない。
 私自身、8年前を想い起こす。今回の横田信之裁判長が私の担当であったなら、村木元局長に対する判断と同じ判断をしてくれたことだろう。
 ちなみに村木さんの弁護をされている弘中惇一郎弁護士も、足利事件で菅家利和さんの無罪を勝ち取った佐藤博史弁護士も、私の裁判を担当してくれている。日本の刑事事件において最強と言われる弘中・佐藤両弁護士がいるだけでも、心強い限りである。
 今回の大阪地裁の判断は、検察の暴走に大きな一石を投じた。
 私の事件についても、読者の皆さんには冷静に見てもらいたい。検察の暴走で行われた、最初から「鈴木ありき」で作られた事件であったことを。
 「ムネオハウス」、「三井物産の北方領土支援・ディーゼル発電」、「アフリカODA」等で疑惑があると、マスメディアは事実でないことを基にして一方的に私を叩いた。これも検察のリークにより、世論誘導されてのことだと、関係者は教えてくれた。しかし、8年前、マスコミで騒がれたこれらの件で、私は今裁判していない。
 今回のことを私の国策捜査にも当てはめると、検察の誘導によって作られた調書を基に判決を下した、私の一審、二審の裁判官は、本当に公正、公平に、真実に基づき判断したのかと、大きな疑念を持つものである。
 読者の皆さん、国民の皆さんも、よくよく考えて戴きたい。


本日提出した質問主意書2件
bP74 日本駐留米兵の裁判権に係る日米密約についての外務省の説明等に関する質問主意書
bP75 検察審査会に関する第3回質問主意書

※ 質問主意書の内容は下記の衆議院HPでご覧頂けます。

  衆議院ホームページ

2010年5月26日(水)

鈴 木 宗 男

 普天間飛行場移設問題が報道されない日はない。
 情報を国民に知らせることは結構だが、「賛成か反対か」という短絡的な表現、判断になっている。国家安全保障、平和を希求することは、そんなに簡単な話ではない。
 普天間移設問題も、平成8年橋本龍太郎首相が「清水の舞台から飛び降りる」覚悟で取り組み、平成9年12月、名護市の比嘉鉄也市長が辞任と引き替えに受け入れをして下さったのである。
 この問題も橋本、小渕、森政権までは順調だったが、小泉政権以後、時間がかかりすぎたのである。なぜ時間がかかったのかについても、報道されてしかるべきではないか。沖縄との人間関係、信頼関係が希薄だったのである。
 普天間移設問題は、自民党政権時代のツケを鳩山首相が処理しようと苦労しているのである。
 私に言わせれば、この問題は与党も野党もなく、日本、極東、世界の平和と安全のため、国益の観点から一緒になって取り組むべき課題である。
 自民党政権時に決めた辺野古沖案に対して、沖縄は「ノー」なのである。このことをしっかり認識して戴きたい。自民党案が良くて、鳩山首相が決めたことは悪いということではない。これまでの経緯を多くの人にきちんと知らしめることも、真の公平、公正の上でも必要かつ大事なことではないか。
 いずれにせよ、沖縄県民を思い、沖縄県民の心を考え、沖縄の負担軽減を一番に考えている鳩山首相である。私は断固支持し、サポートしていく。国益の観点から。
 外交評論家の歳川隆雄氏が発行している「インサイドライン」の2010年5月25日号の4ページに、「波紋を呼んだ『3.5島論』の急浮上に『ムネオ』の存在」という見出しの記事がある。読んでいくうちにびっくりする。全文をご紹介したい。

波紋を呼んだ『3.5島論』の急浮上に『ムネオ』の存在

 今回改めて浮上した「3.5島論」は、09年4月に谷内正太郎前外務次官(当時は政府代表)が『毎日新聞』のインタビューで北方領土問題を巡って「(4島ではなく)3.5島返還でもいいのではないか」と発言し、当時大きな話題を呼んだ。谷内は「択捉島の面積がすごく大きく、面積を折半すると色丹、歯舞、国後3島プラス択捉の20〜25%ぐらいになる」と強調した。それは当時の麻生太郎首相の持論でもあった。谷内は麻生、安倍晋三元首相の外交アドバイザー的な存在であり、谷内の「3.5島」発言は麻生との連係プレーが取りざたされたものだ。
 実際、麻生は安倍政権の外相時代の06年12月、衆院外務委員会で「択捉島の25%を残り3島にくっつけると50,50くらいの面積比率になる」と語っている。その時の外務次官が谷内だ。
 面積折半論=3.5島論は原型がある。ロシアは過去に中国との国境紛争を面積折半で解決した。中露国境のアムール川とウスリー川の中州の国境線を画定した時に使ったのである。
 谷内発言をさかのぼる09年2月、麻生はサハリンを訪問し、メドベージェフ大統領と会談。その際にも記者団に「向こうが2島返還、こちらが4島要求では進展しない」と語り、面積折半が念頭にあるかのような発言をした。
 この時の首脳会談で取り交わされたのが「新たな、独創的で、型にはまらないアプローチ」という合意だった。ロシア側が1956年の日ソ共同宣言に基づき、歯舞、色丹の「2島返還」で決着をはかる姿勢を崩していなかったため、麻生、谷内の両氏と2人を支援していた安倍首相のトリオが局面打開をはかる水面下工作を繰り広げた結果でもあった。
 しかし、谷内発言はあまりにも波紋を呼んだ。ライバル紙である『朝日新聞』や『産経新聞』で、谷内の天敵とされた丹波実元駐露大使は「バナナのたたき売りみたいな発想。歴史的、国家的視点に欠けている」と猛烈に批判。谷内は外務省当局から自らの発言否定を求められ、それに応じた。
 谷内発言を政治利用したのが、当時の野党・民主党と鈴木宗男新党大地代表。谷内を国会に参考人として呼んで、「4島一括返還という政府方針をないがしろにする発言だ」と追及した。そのうえ、政権流動化で麻生政権は自爆解散に突入、民主党との政権交代となった。麻生・安倍・谷内の「3.5島枢軸」は頓挫してしまったのである。
 それから1年。鳩山政権も当時の麻生政権と状況は酷似している。元来、「2島先行返還論」者の鈴木は、谷内プランに着目し、動き出したというのが消息筋の見方である。

 最後の方に「元来、『2島先行返還論者』の鈴木は、谷内プランに着目し、動き出した」とあるが、私が言いたいのは、私が4島返還の旗を降ろしたことは一度もないということである。4島が帰ってくるにはどうしたらよいかを考え、現実的解決に向け、日本国政府の方針に従って行動したのである。
 ここでいう「消息筋」とは一体誰のことだろうか。外務官僚の一部心ない者が、また「鈴木叩き」をしようとしているのか。この「消息筋」に会いたいものである。


本日提出した質問主意書2件
bP72 元内閣官房長官が内閣官房機密費の具体的使途に言及した件に係る平野博文内閣官房長官の見解に関する第3回質問主意書
bP73 2010年5月16日の日韓外相会談に関する再質問主意書

※ 質問主意書の内容は下記の衆議院HPでご覧頂けます。

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2010年5月25日(火)

鈴 木 宗 男

 普天間移設問題に関し、鳩山首相が選挙前、選挙中、そして選挙後も「県外、できれば海外」と言ってきたことを実現できなかったのはケシカランという短絡的な話をする人がいるが、間違っている。
 あまりに過重な沖縄駐留米軍の実態を見る時、政治家として「県外・海外」を訴え、「少しでも沖縄の皆さんの思い、心を受け止めて頑張ろう」と考えるのは当たり前ではないか。沖縄県民の民意を考える時、負担軽減を言うのは、責任ある政治家の姿勢である。
 そして努力はしたが、残念ながら未だ「県外・海外」に至っていないのである。この問題は、まだ現在進行形なのだ。
 鳩山首相は、これからも沖縄の負担を軽減するため、頑張っていくのである。鳩山首相の真意を良く考えるべきである。
 23日、鳩山首相は対馬丸記念館を訪問した。慰霊塔に献花もしている。
 この姿を見てつくづく思ったが、鳩山首相ほど沖縄の心を知ろうとしている総理はいない。鳩山首相が沖縄の思い、沖縄の心を重く受け止めていることは間違いない。
 沖縄県民の思いは「県外」であり、鳩山首相は現在の状況での力関係を踏まえ、現時点で「辺野古周辺」としただけなのである。
 民主主義は、民意に反したことをしてはいけない。沖縄の民意を踏まえた形で解決するには、もう少し時間がかかる。ここはある程度の時間を与えてやる必要があるのではないか。
 やみくもに批判している人達が、これまでいかほど沖縄の痛みを考え、心配してきたのか、説明して戴きたい。何もしなかった人達が、たださもさもの様に鳩山首相に物を言うことに疑問を感じる。
 私は沖縄の皆さんの心を受け止め、サトウキビの価格維持、県道104号線越実射訓練の北海道移転、対馬丸の発見、沖縄振興にも幾ばくかの役割を果たしてきたと自負している。何もしてこなかった政治家とは訳が違うという思いもある。
 私なりに沖縄を考え、鳩山首相の思いを大切にし、沖縄のために少しでも汗をかいていく。


本日提出した質問主意書2件
bP70 鳩山由紀夫内閣における外務省在外職員の健康管理休暇制度に係る改革に関する再質問主意書
bP71 鳩山由紀夫内閣における外務省在外公館派遣員制度に係る改革に関する再質問主意書

本日受領した政府答弁書4件
bP56 日本駐留米兵の裁判権に係る日米密約に関する第3回質問主意書
bP57 検察審査会に関する再質問主意書
bP58 元内閣官房長官が内閣官房機密費の具体的使途に言及した件に係る平野博文内閣官房長官の見解に関する再質問主意書
bP59 2010年5月16日の日韓外相会談に関する質問主意書

※ 質問主意書の内容は下記の衆議院HPでご覧頂けます。

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2010年5月24日(月)

鈴 木 宗 男

 昨日、鳩山首相が沖縄に行き、仲井真知事と会談した。普天間移設問題に関し、移設先を名護市辺野古周辺にすると正式に申し入れた。
 仲井真知事は「大変遺憾で、極めて厳しい」と述べている。稲嶺進名護市長は「断固反対だ」と、受け入れ拒否の姿勢を明確にしている。
 移設を受け入れるか受け入れないかと問われたら、私も「受け入れない」と言う。しかし、日本、極東の平和と安全を維持するにはどうしたらよいのかを、併せてトータルで考えるのが、責任ある政治ではないか。
 鳩山首相が、選挙前から、そして選挙中も「県外、国外」と強調していたのは正しい認識である。その思いを持って、総理になってからも努力してきたが、米国の考え、国内の事情で、自民党政権時に合意した案になっただけである。
 「県外、国外」と言ったのは、沖縄の負担を少しでもなくしたい、いや、沖縄の皆さんにだけ負担をさせるのは申し訳ないという気持ちから発信したことであり、鳩山首相はまさに「友愛政治」を実行しようとしたのである。
 何もしないで無責任に約束違反だという野党の政治家には、「本当に沖縄を、日本の安全を考えているのか」と逆に質したい。
 私は今いる政治家の中で、誰よりも沖縄のことをやってきたという自負がある。沖縄の特産品であるサトウキビを守り、対馬丸を発見し、沖縄振興もやってきた。何よりも、米海兵隊の沖縄県道104号線越実射訓練の本土移転を受け入れることを、私はいの一番に決意し、北海道別海町の矢臼別演習場への移設を決めた。
 あの時も非難(ひなん)囂々(ごうごう)だったが、私は沖縄の負担を少しでもなくしたいと考えた。国の安全保障に関する負担は、国民等しく受け持つべきだ、責任ある政治家は、いやなこと、嫌われることもするべきだという信念で、私は取り組んだのである。
 鳩山首相が何もしないできたのなら、批判されても仕方ない。しかし鳩山首相は、努力に努力を重ね、何よりも沖縄の皆さん方のことを考え、やっきた。結果的に、「今しばらくは沖縄にお願いしたい」ということである。
 読者の皆さん、これから先、極東情勢、日本を取り巻く安全保障状況は緩和され、今より厳しくはならない。朝鮮半島情勢、中台関係しかりである。米ロの最高首脳が核廃絶に向けて動き出し、今やイデオロギーの対立はない。一番の問題は戦争ではなく、テロとの闘いである。
 段々と駐留米軍も縮小され、地政学的にも沖縄の負担が軽減されることは間違いない。政治家の究極の目的は世界平和の実現である。
 こうしたことを考える時、今しばらく、当分の間は、米軍の駐留が必要不可欠であり、地政学的にも沖縄の重要性が考えられる。これらのことを踏まえ、やみくもに批判だけの、反対だけの議論をするのは生産性がなく、無責任である。
 鳩山首相は沖縄県民に「『出来る限り県外』という言葉を守れず、県民に大変な混乱を招いたことをお詫びする」と最初に言っていたが、勇気ある、潔い発言だ。心のこもった言い方だと、私は評価する。
 民主党の議員も、自信を持って鳩山首相の発言を私以上に評価し、発信して戴きたい。仲間内からの声援なくして、元気は出てこない。
 ここは一致結束し、みんなで沖縄の負担軽減に向けて、鳩山首相と一緒に頑張ろうという声を上げていこうではないか。
 10時から社団法人千島歯舞諸島居住者連盟の平成22年度通常総会に出席。
 「鳩山首相は、今年3回、6月のカナダでのサミット、9月のヤロスラベリでの国際会議、11月横浜市でのAPECでメドヴェージェフ大統領と会談する予定である。ここで平和条約交渉をダイナミックに進めたいと考えているので、期待して戴きたい」と挨拶する。
 5月11日、モスクワの外交アカデミーで講演した際、「日ロ関係は、過去10年間において停滞とも言える状況だった」とパノフ学長が話されたことを引用すると、私の後に挨拶した町村信孝代議士は「私も外務大臣として、水面下でやったんですが」と言った。
 結果を出さず、しかも後退したことは事実である。この程度の認識ゆえに、日ロ関係が前進しなかったのだと思うと、腹立たしい限りである。
 とにかく、鳩山首相で解決できなければ、未来永劫、この問題の解決は望めない。それゆえに、周囲が鳩山首相を支え、鳩山首相には乾坤(けんこん)一擲(いってき)の勝負をして戴きたい。
 札幌事務所でテレビインタビュー、新聞の取材を受け、18時から新党大地5月例会。一週間の超短期の案内にもかかわらず、熱心な大地関係者が来て下さる。モスクワ訪問と参議院選挙について話す。
 7月11日が投票日となると、今日からちょうど一ヶ月後が公示である。緊張感を持ってやっていくことにする。


「急なご案内にも関わらず、沢山の党員・後援会の方が駆けつけた大地塾@」


「急なご案内にも関わらず、沢山の党員・後援会の方が駆けつけた大地塾A」


本日提出した質問主意書2件
bP68 鳩山由紀夫内閣における外務省在外職員の配偶者手当に係る改革に関する再質問主意書
bP69 鳩山由紀夫内閣における外務省在外職員の子女教育手当に係る改革に関する再質問主意書

※ 質問主意書の内容は下記の衆議院HPでご覧頂けます。

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2010年5月23日(日)

鈴 木 宗 男

 米軍普天間基地移設問題に関し、昨日日米が大筋合意したと新聞に出ている。

一部訓練、県外へ グアム移転費、継続拠出(最終調整案)

○ 代替施設の移設先は米軍キャンプ・シュワブ沿岸部(名護市辺野古)
○ 代替施設の具体的な工法や場所、滑走路の形状などは秋までに決定
○ 米海兵隊のグアム移転費の日本側負担(総額約60億j)は継続拠出
○ 普天間基地のヘリ部隊の一部訓練を県外に移転検討
○ 嘉手納基地周辺の騒音を低減
○ 2014年までの代替施設の完成目標は変更せず
(日本経済新聞1面)

 この中に「普天間基地のヘリ部隊の一部訓練を県外に移転検討」という項目があるが、国の安全、安心は、国民等しく考えなくてはならないことである。特に国会議員一人ひとりがその責任を果たさなくてはいけない。
 私は沖縄の負担軽減のために、精一杯汗をかいていく。北海道が日本と極東の平和と安全に貢献できるのなら、誇りと勇気を持って取り組んで行きたい。
 政治家に信念がなくなったら、辞めてもらうことである。これからが正念場である。
 9時から平成22年全国郵便局長会通常総会・全国郵便局長会生活協同組合通常総代会に出席し、挨拶の機会を得る。
 昨年は5月千葉県幕張メッセでの総会で、新党大地は挨拶の機会を戴き、認知された。言葉は力なりきと言うが、あの時の私の挨拶が郵便局長さん方の心をつかむことができた。
 今日も心を込めて、政権交代の大きな原動力を作って戴いた郵政研、同夫人会の皆さんに、万感の思いで御礼申し上げ、この夏の参議院選挙、長谷川憲正総務大臣政務官への応援のお願いをする。
 北海道からも大勢の局長さんが来られており、それぞれご挨拶させて戴いた。今年も熱気溢れる総会であった。
 18時半から八角部屋打ち上げ。19時から八角部屋所属の北勝岩の断髪式。
 スポーツはじめどの世界にも言えることだが、脚光を浴びるのは一握りの人達である。華やかさの裏に、静かにその道を去っていく人もいる。勝負の世界の常である。
 北勝岩のこれからの人生に幸あれと願ってやまない。

2010年5月22日(土)

鈴 木 宗 男

 6時から三木・善通寺・琴平倫理法人会のモーニングセミナーで講演。
 「鈴木宗男の道産子(どさんこ)魂」というタイトルで、私の今日(こんにち)までをお話しさせて戴く。
 新党大地副代表の町川ジュンコさんが香川県三木町の出身であり、そのご縁での今日のゲストである。やはり、人間関係はありがたいものである。
 13時半から香川県民文化大学で講演。
 ここでは「逆境から立ち上がった男」というテーマで講演する。アルファあなぶきホール満員の2000人の参加者の前で、一時間半、しっかりとお話させて戴く。
 終了後、多くの人から「頑張って」という声援を戴き、感激する。鈴木宗男の思い、考えを発信できることに感謝したい。
 17時から拓殖大学学友会香川県支部総会に、18時から懇親会に出席。
 私が高松入りにあわせて日程を作って戴き、感謝の気持ちで一杯だ。非常に効率の良い今日一日の日程であった。
 参議院選挙は、会期延長もなく、7月11日投票の流れである。そうなると6月24日の公示となる。一ヶ月勝負である。
 どこで新しい流れをつくるのか、いや、何で勝負するのか。鳩山・小沢体制の次の一手に興味津々である。
 政権安定の為、新党大地として北海道はもとより、全国のネットワークを駆使して、地方区は民主党候補の当選に向け、尽力していく。
 比例区については、民主党の為にどうしたらよいか、どういう体制をとれば、新党に票が流れなくなるか、また、どういうやり方が無党派、浮動票を取り込めるのか、高等戦術が必要である。
 今のままだと、昨年の選挙で民主党に期待した層、また自民党にそれなりのシンパシーを感じていた人達が、新しい判断をする可能性が高い。そのあたりが、みんなの党の世論調査での数字に表れている。
 ここは、小沢幹事長とよく相談をして、6月の中頃までには態度をはっきりとさせて行きたい。

2010年5月21日(金)

鈴 木 宗 男

 毎日新聞朝刊5面に、野中広務先生のインタビュー記事がある。
 野中先生は、小渕内閣で官房長官を務めていた時の機密費の使途について述べられている。その部分を読者の皆さんにお知らせしたい。

野中広務・元自民幹事長 官房長官時代 機密費を月7000万円
 「国対、評論家にも」

野中広務元自民党幹事長(84)は20日、毎日新聞のインタビューに応じ、小渕内閣の官房長官在任中(98年7月〜99年10月)、内閣官房報償費(官房機密費)を毎月5000万〜7000万円程度使い、国会での野党工作のほか複数の政治評論家にも配っていたことを明らかにした。また、今夏の参院選で「第三極」が伸びる可能性に言及し、選挙後、政治情勢は流動化するとの見通しを語った。
【聞き手・中田卓二】

―官房機密費の使途の一部を公表した理由は。
◆国民の税金を表に出せない形で操作することはある程度必要かもしれないが、ちょっと大まか過ぎる。私も年だし、政権交代で変えてもらうのが一番いいという意味も含めて話した。

―具体的には。
◆(総額は)月に5000万から7000万円。(自民党)国対委員長に与野党国会対策として月500万円、首相の部屋に1000万円、参院幹事長室にも定期的に配った。政治評論家へのあいさつなども前任の官房長官からノートで引き継いだ。1人だけ返してきたのが田原総一朗さん。「もうちょっと(金額の)ランクを上げてくれ」と言った人もいた。政治家から評論家になった人が小渕(恵三首相)さんに「家を建てたから3000万円、祝いをくれ」と言ってきたときは「絶対だめだ」と止めた。

―当時、機密費見直しを提起しなかったのか。
◆しかるべき友達に「非常に問題だなあ」と話したことはあるが、内閣の根幹にかかわる問題を私が打ち切ることはできない。娘に「今ごろ明らかにするなら、なぜ(当時)やめられなかったの」と厳しく叱責(しっせき)されたのが一番こたえた。ただ、ある程度(表に)出たので、(現政権は)断りやすいのではないか。

―相次ぐ新党発足をどうみるか。
◆かつて(自民党で)一緒に仕事をして、非常に力量を買っていた人たちが多いだけにむなしく悲しく、かつ今の自民党の覇気のなさが非常に悔しい。民主党に不満を持っている国民はすぐ自民党には帰らない。小党に行く可能性もあるし、棄権もある。よほどのことがなければ当分、自民党に政権が返ることはないと覚悟して再建しなければならない。

―参院選後も自民党議員は我慢できるか。
◆そこらで政変やらいろいろあるだろう。
(5月21日毎日新聞朝刊5面)

 自民党政権では、機密費について全く国民に説明責任がなされていなかった。
 私は質問主意書で、核・沖縄密約、更には外務省機密費の官邸への上納について質してきたが、「ないものはない」という木で鼻をくくった答弁書だった。それが政権交代すると、「あるものはある」という結果が出てきた。
 機密費についても、野中先生は国民の税金を使う以上、出来る限り透明性を確保し、公開するのが当然であるし、それが国民に対する義務であるという思いで話をされている。
 このことを平野官房長官はもっと重く受け止め、自民党政権時代とは違い、国民目線で鳩山政権はやっていくということを明確にすべきである。
 宮崎県の口蹄疫感染が連日報道されているが、「テレビを観ていると、興味本位で、不安を(あお)る様な表現、映像が見受けられる」と何人の人から言われる。私もそう思う。
 赤松農相が、海外出張先でゴルフをしていないのにも関わらず、していたかの様に全く事実でない報道が一人歩きしている。電波の怖さを身を持って経験している私としては、報道は真実のみを流して戴きたいと切に切に願うものである。
 8年前、マスメディアによるメディアスクラムにより、バッシングを受けた者として、このことを強く指摘しておきたい。
 読者の皆さんも、何が公平、公正か、しっかりチェックして戴きたい。
 自治労群馬県本部より招かれ、昼に群馬県水上町で「鳩山政権の課題と参議院選挙の意義」というテーマで講演。参議院全国比例区で出馬する江崎孝さんの応援をさせて戴く。
 夕方、香川県高松市に飛び、18時から「鈴木宗男とホンネで語る国政報告会inさぬき」に出席し、意見交換する。200人を超える人が参加して下さり、有難い限りだった。
 こうしたネットワークを、夏の参議院選挙でも生かしていきたい。
 東京地検特捜部が、民主党小沢一郎幹事長を不起訴にすると決定したと報じられている。
 当然のことではあるが、検察側が「小沢ありき」でリークをしたり、世論操作をした責任はどう取るのか。国民に説明責任をしっかりしてほしい。
 権力の暴走はあってはならない。私自身、検察のやり方を知る者として、国民目線で公正、公平を求めて闘って行きたい。


本日提出した質問主意書2件
bP66 鳩山由紀夫政権における外務省在勤基本手当に係る改革に関する再質問主意書
bP67 鳩山由紀夫政権における外務省在外職員の住居手当に係る改革に関する再質問主意書

本日受領した政府答弁書3件
bP53 鳩山由紀夫内閣における外務省在外職員の子女教育手当に係る改革に関する質問主意書
bP54 鳩山由紀夫内閣における外務省在外職員の健康管理休暇制度に係る改革に関する質問主意書
bP55 鳩山由紀夫内閣における外務省在外公館派遣員制度に係る改革に関する質問主意書

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2010年5月20日(木)

鈴 木 宗 男

 3月に黄海で韓国海軍の哨戒艦「天安」が沈没し、46人が死亡・行方不明となっている事件に関し、韓国の調査団は、天安の沈没は北朝鮮の魚雷が原因であると発表した。
 日本外務省による報告は次の様なものである。

韓国哨戒艦「天安(チョナン)」沈没事案
(調査結果概要)
平成22年5月20日
外   務   省
1. 調査経過

 合同調査団は、国内10ヶ所の専門機関の専門家25名と軍の専門家22名、国会推薦の専門委員3名及び米国・豪州・英国・スウェーデンの専門家24名が参加して、科学捜査、爆発類型分析、船体構造管理、情報分析の4つの分科に分けて調査を実施。

2. 調査結果

(1) 結論
  ● 天安艦は、北朝鮮製魚雷による外部水中爆発の結果、沈没。
  ● この魚雷は北朝鮮の小型潜水艦から発射。

 これを受け鳩山首相は、次の様なコメントを出している。

総理大臣コメント
(韓国哨戒艦沈没事案に関する韓国側の調査報告発表について)

 1. 3月26日に発生した韓国海軍哨戒艦「天安(チョナン)」の沈没事案に関し、本日、韓国政府は事案発生以来行ってきた合同調査の結果報告を公表した。この機会に改めて46名の犠牲者及びその家族の方々にお悔やみを申し上げる。

 2. 我が国は、この調査が、韓国軍民並びに各国の専門家も参加した形で科学的かつ客観的に行われたことに敬意を表する。韓国政府は、調査報告において、本件事案は北朝鮮による魚雷攻撃であったと判断される旨を明らかにした。

 3. 調査内容については、事前に韓国側より十分に説明を受けてきた。これを踏まえ、我が国としては、韓国を強く支持するものである。北朝鮮の行動は許し難いものであり、国際社会とともに強く非難する。今後の対応にあたっては、地域の平和と安定のため、韓国及び米国を始めとする関係各国と引き続き緊密に連携・協力していく考えである。
(了)

 日米韓がしっかり連携し、国際世論に訴えることも大事だし、また、冷静な行動、判断も求められることだろう。いずれにせよ、許し難い行為が起きたものである。
 朝一便で大分から戻り、議員会館でお客さんを応対し、取材を受ける。
 夜は各種会合等に出席。


本日提出した質問主意書2件
bP64 総務省の勧告を受けての外務省在外公館の見直しに関する再質問主意書
bP65 かつて在モスクワ日本国大使館に存在していたとされる裏金組織「ルーブル委員会」に係る外務省元官房長の発言に関する第3回質問主意書

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2010年5月19日(水)

鈴 木 宗 男

 口蹄疫の拡大に、宮崎県の畜産・酪農家はもとより、全国の関係者は不安と心配で一杯だろう。同時に、対策の遅れ、初動の甘さから殺傷される家畜が一番迷惑していることだろう。
 食に供してもらうならともかく、せっかくの役割を果たすことなく、判断ミスで無用の被害拡大が進んだことに、誰が責任を取るのか。10年前も口蹄疫は起きた。同じ宮崎県と北海道である。あの時の教訓は生かされたのか。
 10年前は、すぐ地域をブロックし、隔離した。今回はどうだったのか。いつもはマスコミに登場し、能弁な東国原知事の説明がない。
 「観光県・宮崎」として、「口蹄疫の県・宮崎」と言われることを避けるため、慎重にかつ静かに動いたことが、裏目に出たのではなかったか。しっかり検証しなくてはいけない。
 普段政治に注文をつけている人は、今こそ進んで国民に説明責任を果たすことが当然ではないか。
 あわせて、今回この様なとっさの危機管理に即応できなかったことを見るにつけ、やはり行政の責任者、あるいは政治家には、それなりの基礎体力が求められるということを、多くの人がわかったのではないか。農水省も、宮崎県との連携、協力が良く機能していたのか否か、きちんと精査すべきである。
 こうしてムネオ日記を書いている今も、自衛隊の皆さんは口蹄疫と戦っている。その姿に心から敬意を表したい。一日も早い終結宣言を待ちたい。
 9時から21日ぶりに外務委員会を開く。連休があったためだが、日中韓の外相会談が韓国で行われたこともあり、中身のある議論がなされた。
 外務委員会でも質疑される条約案件は4本残っている。国会も6月16日が会期末。もう残り一ヶ月を切ってしまった。なすべきことは沢山ある。しっかり役割を果たして参りたい。
 15時45分羽田発で大分に向かい、18時半から大分後援会会合。一年ぶりの再会に、ありがたい限りである。
 この人間関係が選挙にも生きてくる。全国にネットワークを持っている数少ない国会議員として、この夏の参議院選挙にしっかり生かして行きたい。


本日提出した質問主意書2件
bP62 検察庁による定例記者会見の開放に関する再質問主意書
bP63 いわゆる袴田事件に関する再質問主意書

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2010年5月18日(火)

鈴 木 宗 男

 宮崎県での口蹄疫発生を受け、東国原知事は非常事態宣言を出した。
 「県の初動の対応が甘かったのではないか」という声が聞かれる。ワクチン接種にしても、私は先週のうちに早くやれと農水省に言ったのだが、それに対する返事は慎重な物言いだった。地域の存亡、いや、国内全域に関わる出来事に対する危機管理について、反省すべきではないか。
 東国原知事も、おそらく予期せぬ事態に戸惑っていることだろう。ここはしっかり先頭に立って頑張ってもらいたい。
 読者の皆さんに是非とも知ってほしいことがある。それは、殺傷した牛、豚を処理しているのは、自衛隊員であるということだ。
 大変劣悪な環境の中で、まさに目を覆いたくなる状況の中で、任務を(まっと)うしているのが自衛隊員であることを、多くの人にわかって戴きたい。
 汚い、きつい、危険なことを、誰がやってくれているのか、私は心から自衛隊の皆さんに敬意を表しながら、一日も早い沈静化を願ってやまない。
 11時半から在京ロシア大使館でベールイ駐日大使とお会いし、モスクワ訪問の報告と便宜を図って戴いたお礼を申し上げる。
 ベールイ大使にも既に報告が上がっており、今回の訪問を肯定的にとらえてくれていた。
 外交は人であり、人間関係である。しっかりした基礎体力を持って、お互いの名誉と尊厳を尊重しながら、未解決の問題を解決するしかない。
 鳩山首相に大きな期待をするものである。
 13時から予定されていた衆議院本会議が、野党の抵抗により20時40分からの開会となる。
 野党は審議を拒否するより、国民に向かって堂々と発信した方が得策だと考えるのだが。生産性のない、先見性のないやり方に疑問を感じるのは、私だけではないだろう。


本日提出した質問主意書2件
bP60 タイで日本人カメラマンが銃撃された件に関する再質問主意書
bP61 2010年5月15日の日中外相会談に関する質問主意書

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2010年5月17日(月)

鈴 木 宗 男

 16時から鳩山総理にお会いし、モスクワ訪問について報告をする。

○11日 10時 アレクサンドル・パノフ外交アカデミー学長(元駐日ロシア大使)の招きを受け、同校で講演。
15時 ミヘーエフIMEO(世界経済国際関係研究所)副所長と意見交換。
17時 ショーヒン産業家企業家同盟会長と会談。
○12日 10時半 プーチン首相の側近であるウシャコフ政府官房副長官と会談。
12時半 ボロダフキン外務次官主催のワーキングランチに出席し、日ロ関係について幅広く意見交換。
15時 マカレンコ現代発展研究所社会政治プログラム長と会談。
18時半 9月のヤロスラベリ国際フォーラムの担当者であるプリギン国家院議員(憲法的法律・国家建設委員長)と会談。
20時 旧知のミトロファーノフ元国家院議員と会食。
○13日 9時15分 メドヴェージェフ大統領の側近であるドヴォルコヴィチ大統領補佐官と会談。
11時 私のカウンターパートにあたるコサチョフ国家院国際問題委員長と会談し、その後昼食しながら懇談。
14時 エリツィン大統領の時首相を務めたステパーシン会計検査院長と会談。

 と、それぞれの日程、会談内容についても報告する。
 鳩山首相も、日ロが経済協力、平和条約交渉をしっかり行うこと、そして特に領土問題は現実的解決を図ることを考えておられる。雑音のない静かな環境の中で、両国の最高首脳が、お互いの名誉と尊厳を踏まえ、決断するしかない。少しでも鳩山首相のお手伝いをして行きたい。
 普天間飛行場移設問題でも、沖縄の痛み、負担を分かち合うべく、米海兵隊の訓練の移転を北海道でも受け入れるべく、検討して参りたいと総理に申し上げる。国家安全保障は国民一人ひとりがその責任を果たすべきだと私は考える。
 11日10時からの外交アカデミーで私が講演した内容を、読者の皆さんにお知らせしたい。

鈴木衆議院外務委員長による外交アカデミーにおける講演


1 冒頭、パノフ学長から概要以下のとおり述べた。

 本日は、日本の著名な政治社会活動家である鈴木宗男衆議院外務委員長をお招きでき光栄。
 我々は20年以上に及ぶ知り合いであり、自分(パノフ学長)が駐日大使を務めた際にも恒常的にお会いし、二国間関係に関わる様々な重要な問題について協議した。現在も、鈴木委員長とはお付き合いさせていただいており、訪日した際に会談させて頂いている。鈴木委員長は、日露関係の分野で大変活発に活動されており、今回訪露されたのも偶然ではない。現在、両国関係は追加的な弾みを必要としており、過去10年間において停滞とも言える状況があるとの共通の印象がある。モスクワにおける鈴木委員長の国家院、外務省等での会談を通じ、二国間関係の新たな発展の道筋が見出されることを期待する。

2 これに続き、鈴木委員長より、概要以下のとおり講演を行った。

 今回、尊敬して止まないパノフ外交アカデミー学長からの招きで外交アカデミーで講演することとなった。本日、こうして皆様にお会いし、講演する機会を与えていただいた同学長にまずは感謝したい。
 あまり知られていないかもしれないが、最初に公式にメドヴェージェフ大統領にお会いした日本の政治家は他でもない自分(鈴木委員長)である。2001年3月25日、イルクーツクで行われた森・プーチン会談に同行した自分(鈴木委員長)は、当時大統領府第一副長官であった、メドヴェージェフ現大統領にお会いした。
 また、自分(鈴木委員長)は、2000年3月26日、プーチン現首相が大統領に選出されてから、4月4日に世界で最初にプーチン大統領とお会いした外国の政治家でもある。当時の小渕総理の総理特使としてプーチン大統領にお会いした。こうしためぐり合わせを光栄に思っております。
 5月9日、対独戦勝65周年記念日を迎え、自分(鈴木委員長)からもこの歴史的な日を心からお祝いしたい。ソ連が対独戦争に勝利する上で日本は大きな役割を果たした。当時、日本はナチス率いるドイツと軍事同盟を締結していたが、同時にソ連とも中立条約を締結していた。中立条約とは、仮に、ソ連がどこかの国と戦争を始めても、日本は中立を保つ、また、逆に日本が戦争を始めても、ソ連は中立を保つということをお互いに約束したものである。当時、ヒトラーは日本に対し、ドイツとの軍事同盟を優先し、ソ連を攻撃するように何度も要請した。しかし、日本はそれをはねのけた。仮に日本が別の選択をしていたのなら、歴史は変わっていたであろう。日本の選択は正しかった。なぜなら、ファシズムは全く間違っていたからである。ヒトラー率いるナチスの悪行は言語に絶する。まずはこの点を皆様にお伝えしたい。
 自分(鈴木委員長)は、5月7日付の「イズヴェスチヤ」紙に掲載された、5月9日の対独戦勝65周年記念日を前にしたメドヴェージェフ大統領のインタビュー記事を読んだ。同インタビューにおいて、メドヴェージェフ大統領は次のように述べた。記事の一部を引用したい。「当時のソ連国民に選択肢などなかった。命を落とすかもしれなかった。あるいは奴隷になるかもしれなかった。これは動かしようのない事実である。もう一つ、誰が始めた戦争かということである。この点はニュルンベルグ裁判の資料のみならず、多くの人の記憶に照らしても明らかである。大戦時の赤軍及びソ連国家が担っていた使命とその後起きたことを分けて考えることは、一般の人々の常識であり、歴史家の腕前というものである。」。また、スターリンに対しては、「自国民に対し多くの罪を犯し、彼の生涯に成功もあったが、国民への犯罪行為を許すわけにはいかない。」。
 このメドヴェージェフ大統領の言葉に全面的に賛成するものである。メドヴェージェフ大統領の考えは一貫している。例えば、2009年10月31日、メドヴェージェフ大統領は、スターリンの政治的弾圧について次のように述べている。「弾圧は、正当化されるものではない。人間の命より価値の尊いものはない。」。これは非常に重い意味を持つ言葉である。自分(鈴木委員長)は、これまで一貫して、日露関係を、地政学的、戦略的に発展させるべきとの立場をとってきた。北方領土問題に関しても、当時ソ連が中立条約を侵して日本を攻撃した点だけを取り上げ、ロシアを激しく非難する人達がいる。しかし、そのような歴史認識に対しては、日本はナチス・ドイツの同盟国ではなかったのか、ソ連は英国や米国との約束を守って日本を攻撃したのである、ソ連のみが責められる筋合いのものではないとのロシア側からの反論を招いてしまう。このような議論は歴史専門家に任せるべきであり、我々は大きな歴史の中で、ファシズムが打倒され、ドイツも日本も、自由と民主主義を基本とする国家となったことに目を向けることが重要であると考える。
 さらに重要なことは、メドヴェージェフ大統領が、昨年10月31日に述べた、「弾圧は正当化されるものではない。人間の命より価値の尊いものはない。」という言葉である。第二次世界大戦終結後、60万人を超える日本人将兵がシベリアに抑留され、そのうち6万人以上が強制収容所で亡くなった。この件につき、エリツィン元大統領は、1993年10月に訪日した際、スターリンによる弾圧の結果を認め、天皇陛下、総理大臣、抑留者代表、日本国民に謝罪した。
 過去の過ちを認めることができる国家は強い国家であり、更にその過ちにについて謝罪することができるのは、勇気ある指導者である。このエリツィン元大統領の勇気ある行動が、日本の政治エリートの対露認識を根本から変え、自分(鈴木委員長)も日本の対露政策転換に大きく関与した。
 1997年7月、当時の橋本総理は、ユーラシア戦略に関する演説を行った。当時、NATOは西側からロシアを封じ込める政策をとっていたが、これに対し日本は、21世紀のアジア太平洋の新秩序を形成するのは、日露米中の4大国であり、その中で最も2国間関係が持つ潜在力を発揮できていないのが日露である、日露を接近させることが、日本の国益、ロシアの国益を促進させ、地域の安定に貢献すると考えた。そのような中、パノフ学長が鍵を握る重要な役割を果たし、政治、経済、文化の関係を戦略的に発展させる中で段階的に北方領土問題の解決を図るとの認識が日露両国の政治エリートの間で共有されるようになった。
 自分(鈴木委員長)は、日本の愛国者であり、それゆえ日本の名誉と尊厳を大切にする。同時にロシアの名誉と尊厳も尊重する。それは、ロシアの愛国者の気持ちが分かるからである。ロシアの名誉と尊厳が守られることは極めて重要であり、ロシアの名誉と尊厳を毀損する形での北方領土問題の解決はあり得ないと考えてきたし、今でもそのように考えている。
 ここで皆様にこれまで明らかにしてこなかった話を一つしたい。なぜ、2002年に自分(鈴木委員長)が一端政治的に失脚したかということである。それは、それはチェチェン問題をめぐる日本の外務官僚の一部との対立が原因であった。1999年末、テロリスト達の破壊活動が北コーカサス地域及びモスクワで起こった。それに対するロシア政府の闘いに対し、日本の外務官僚の一部は、ロシアによる人権弾圧である、チェチェン民族への弾圧であるという圧力を米国及び英国とともにロシアにかけるべきであると考え、策動を行った。自分(鈴木委員長)はそれに断固反対した。その理由は、真実、事実に関する認識である。当時のプーチン首相は、このテロは中東、アフガニスタン、中央アジアと繋がる国際テロリズムであると訴えた。日本、米国、英国等が一緒になってロシアに人権干渉をしようといった人達は、国際テロリズムなど存在しない、ロシアは人権弾圧を正当化するために嘘をついていると主張した。当時の日本外務省のインテリジェンス能力には高いものがあり、この時期、キルギスで日本人鉱山技師がウズベク・イスラム運動のテロリスト達に拉致される事件も起きていた。この結果、日本の専門家も、キルギスのテロリストも、北コーカサスやアルカーイダと連携しており、国際テロリズムが存在すると結論づけた。自分(鈴木委員長)は、真実に基づき、ロシアの対テロ対策を日本は支持すべきだとの立場に立ち、当時の小渕総理も自分(鈴木委員長)の考えを採用した。2001年9月11日に米国で同時多発テロが起きたことは、自分(鈴木委員長)やロシアの判断が正しかったことを表しているのではないか。この時の事情は、パノフ学長がよくご存知であると考える。自分(鈴木委員長)が失脚した後、日本の政治エリートのロシアに対する関心が著しく低くなり、ロシアに対する冷笑的な姿勢が始まった。その結果、日露関係は戦後最低の水準に陥った。まさに空白の10年であった。
 しかし、2009年8月30日、日本で政権交代が起きた。これは、ロシア史で言うならば、1991年12月、ソ連邦が崩壊し、新生ロシアが誕生したことに匹敵するものである。そして、自分(鈴木委員長)も政権に戻り、衆議院外務委員長のポストに就いた。外交は政府の専管事項である。日露平和条約交渉をまとめ、北方領土問題を解決できる人物は、この世界に2人しかいない。それは鳩山総理とメドヴェージェフ大統領である。国家の最高政治責任者である2人が大枠を決め、それを受け、閉ざされた中で実務担当者が細かなことをすべて詰めることである。しかし、時として役人は情報を他にリークするものである。これをさせないよう、信頼できる人物が、鳩山総理とメドヴェージェフ大統領が決めたことをしっかり実行できる環境を作らなければならない。
 自分(鈴木委員長)は、モスクワに来る前の8日、鳩山総理と会談し、本日ここでお話しする内容について説明した。4月13日、核セキュリティー・サミットに出席した鳩山総理は、米国ワシントンにおいてメドヴェージェフ大統領と会談し、6月のカナダでのG8サミット、9月のヤロスラブリでの国際会議、11月の横浜市でのAPECの際にそれぞれ首脳会談を行うことで合意した。この3度の会談において、鳩山総理は、経済協力を加速させ、日露平和条約交渉、日露関係をダイナミックに進展させたいと考えている。鳩山総理は、ソ連時代から、自由と民主のロシアになってからも、一貫してロシアと関わってこられた人物である。ご存知のとおり、鳩山総理は、鳩山一郎元総理の孫に当たる。鳩山一郎元総理は、戦前のリベラルな政治家であったが、GHQにより、軍部に協力した軍国主義者と見なされ、公職を追放された。しかし、その後カムバックを果し、自身の政治生命をかけて、1956年に日ソ国交回復を成し遂げた。鳩山総理のDNAにはロシアにかける熱い思いが織り込められている。鳩山総理は、祖父ができなかったことをしようとしているのである。
 また、鳩山総理は、ロシアの著名な数学者であるアンドレイ・マルコフ博士のマルコフ連鎖を研究した人物である。微分や確率といった変化が理解できる、ロシアの知識が入った人物である。鳩山総理は、ロシアの名誉と尊厳を尊重する。外交には相手があり、双方の名誉と尊厳を尊重した上で、北方領土問題の解決を図り、日露関係を発展させ、日露の戦略的提携を発展させることに非常に強い意欲を持っている。
 鳩山総理は、総理就任後の2009年10月26日の最初の所信表明演説においても、また今年1月29日の施政方針演説においても、日露関係は、北方領土問題を解決し、平和条約を締結すべく精力的に取り組み、ロシアをアジア太平洋地域におけるパートナーとして協力を強化すると国民に訴えかけた。鳩山総理は、不規則発言や雑音のない静かな環境で北方領土問題の解決、日露平和条約締結に向けた交渉をしたいと考えている。その交渉の基礎となるのは、1956年の日ソ共同宣言、1993年の東京宣言、2001年のイルクーツク声明の3つである。日ソ共同宣言においては、平和条約締結後、歯舞、色丹の2島が日本に返還されることが約束された。東京宣言では、歯舞、色丹、国後、択捉の4島が日露間の係争地域であり、これらの帰属の問題が日露間に横たわる未解決の問題であることが確認された。日露双方が、歴史的・法的事実、両国の間で合意の上作成された諸文書、法と正義の原則の3つを基に交渉していくことが定められている。そして、イルクーツク声明は、2つの合意を明示的に確認し、交渉の突破口を開こうとするものである。鳩山総理は、この3つの堂々たる約束を基本にして、平和条約締結に向け、現実的に北方領土問題を解決しようと考えている。これら過去の約束、声明等を踏まえて交渉すれば、我々は双方の名誉と尊厳を大切にしながら、win-winの答えを出すことができる。自分(鈴木委員長)は、鳩山総理の時に北方領土問題の解決、平和条約の締結ができなければ、未来永劫解決はないと考える。鳩山総理は、自分の手で日露関係を発展させたいという強い決意を持っており、このことを是非とも理解いただきたい。
 メドヴェージェフ大統領は、ロシア経済の近代化を最重要視し、資源依存型経済からイノベーション型経済への移行を考えている。その中では、医療、エネルギー効率、核エネルギー、宇宙通信、ITの5つの分野を提起している。これらはすべて日本が協力できる分野である。医療については、テレビによる遠隔医療が可能であり、日本にはこの技術がある。エネルギー効率についても、省エネ技術を高め、発電所のロスをなくすためのノウハウを日本は持っている。核エネルギーについては、昨年5月、プーチン首相が来日された際、日露原子力協定に署名された。ロシアは、原子力発電所を40基作ることを計画しているが、日本企業にはその技術がある。宇宙通信については、現在、日本人宇宙飛行士の野口聡一さんが国際宇宙ステーションに滞在している。IT分野では、先端技術、インターネット、光ファイバーでの日本の技術がロシアでも生かされると考える。経済の近代化を推進するため、現在ロシアでは、ロシア版シリコンバレー創設が検討されてる。これについても、日本がすべてに協力できると考えている。これらがうまく相互作用すれば、単純に1+1=2ではなく、1+1=3にも4にもなると考える。ロシアは、人と天然資源が大きな財産である。日本も人と経済力が大きな財産である。人、基礎技術世界一のロシアと、応用技術世界一の日本とが協力すれば、世界に大きな貢献ができると考えている。経済協力と平和条約交渉を並行して進めていくことが何より肝要であると考える。
 また、ロシアは伝統文化を非常に大切にする国である。伝統文化の素晴らしさにおいては、我が日本もロシアに負けることはないと自負しているが、残念ながら、それを大切にする心が近年失われつつある。この点、日本はロシアを見習うべきであると思う。我々政治家がなすべきことは運動ではなく、我々に課せられた使命は、現実的な交渉をし、結果を出すことである。政権交代を機に、鳩山総理は、過去10年の不信の蓄積を取り払い、信頼関係を回復したいと強く考えている。自分(鈴木委員長)は、全面的に鳩山総理を支持し、協力していく。そして、日露関係の歴史に新たな一ページを切り拓きたいと考えている。

3 講演に引き続き、パノフ学長から、戦勝65周年に対する鈴木委員長の発言に謝意を述べた後、パノフ学長の司会の下、質疑応答が行われたところ、概要以下のとおり。

(1)(問)(外交アカデミー研究員)平和条約の欠如以外に日露間の経済協力発展の障害となっているものはあるか。
(鈴木委員長)経済協力と平和条約交渉の進展は並行して進められるべきであると考える。

(2)(問)(外交アカデミー研究員)第一に、「静かな外交」と述べられたが、何を意味しているのか。議会の委員会等いずれにしても公式な議論が必要であると考えるが「雑音のない交渉」はどのように行うことができると考えるか。第二に、平和条約は必要ない、日露間には係争の領土問題などないとの意見もあり、また平和条約問題が経済協力の足かせになっているとの意見もあるが、これを避けて通ることはできないのか。
(鈴木委員長)「静かな外交」とは、お互いの立場を尊重しながら、話し合いをしていくことである。2番目の質問については、メドヴェージェフ大統領も日露間において平和条約がないのは不自然であると述べている。ロシアの大統領も、日本の内閣総理大臣も、北方領土は未解決の係争地域であると確認をしているところ、最高首脳の発言に沿って話し合いを進めていくべきであると考える。
(パノフ学長)「静かな外交」について補足すれば、交渉をめぐり、議会の決議等によりプレスを通じて騒ぎを起こすことはできるが、それは何ももたらさないということである。最近の「静かな外交」に関し2つの例を挙げたい。第一の例は、先般のメドヴェージェフ大統領のオスロ訪問の際、ノルウェーとのバレンツ海の境界画定問題が予期せず解決したことである。同時に学者等が様々な立場からこの問題を議論していたが、最終的に決定を下すのは政治家であり、最終的な合意が得られるまで必ずしもプロセスが明らかになる必要はない。議会での批准の過程において、反対することも可能であるし、もちろん賛成することもできる。第二の例は、黒海艦隊の件である。これも誰も予期しない形で解決したが、合意が達成され、既に批准も行われた。このような解決がなければ、永久に騒ぎ、議論が継続されていたであろう。鈴木委員長もよくご存知のように、プレスや世論による小さな動きと言えども、このような解決が不可能になる可能性がある。

(3)(外交アカデミー職員)(質問ではないがとした上で、)自分は、領土問題を日露関係の喉に刺さったトゲにしてはいけないと考えており、分科、人文、経済、国際協力等の分野の協力を通じて、領土問題が自ずと解決するような雰囲気を作るべきであると考える。領土問題の解決が先で、その後に始めて経済協力が行われるとの立場はあまり有益ではない。また、パノフ学長の活動に対する高い評価に感謝。ロシア連邦における日本研究の第一人者の1人であるパノフ学長の、現在の日露関係のあるべき姿を示した唯一の文献を言える著書がG8サミット前に発表されることは意義が大きい。

(4)(問)(外交アカデミー職員(ブルガリア出身))ブルガリアは、グローバリゼーションの深化とともに変化する世界において、EUに加盟した。日本の新政権の対EU政策、特にブルガリアに対する外交方針如何。
(鈴木委員長)2週間前に日本とEUとの定期協議が東京で行われた。現在、EUは世界経済の30%を占めており、世界経済において最も大きな影響力を持つ組織である。このような現状を踏まえ、日本の総理とEUの委員長が相互に訪問しており、こうした良好な関係の構築を通じ、対話を進めているところである。

4 最後に鈴木委員長より、概要以下のとおり述べた。

 日本のメディアの方もおられるので最後に一言述べたい。日本のメディアでは、鳩山政権について様々な心配、懸念を抱いている向きもあるが、鳩山政権の足腰は強く、全く心配ないとの認識を持っている。4年間、衆議院選挙はしないというのが小沢幹事長の考えであり、小沢幹事長は、鳩山総理を全面的に支えていくと表明している。ここにおられる日本の記者さんも、安心して鳩山政権を見守っていただきたい。参議院選挙についても、間違いなく現状維持か、あるいはそれ以上の結果を見込めると思っている。普天間問題も何ら心配ない。自分(鈴木委員長)も相談を受けているし、自分の関係者も色々と協力している。日本が政権交代をした以上、米国側も日本の政権交代という重みを考えてもらえれば、ソフトランディングできると思っている。日米関係において、普天間問題は一つの事象であり、普天間のみが大きな、根幹を揺るがす問題ではないと考えている。普天間問題の解決が延びても天は落ちてこないことから、この件に関し自分(鈴木委員長)は楽観視している。鳩山総理は、優しく、言葉に気を使いすぎるのが、逆に裏目に出ている面があるが、時間が経てば、鳩山総理の人間性や思いが次第に理解されていくものと思う。モスクワからも総理を宜しくお願いする。

(外務省作成資料より)


 8時半から釧路市で地元記者さんと懇談。11時半の便で上京。
 東京は良いお天気で、気持ちの良い季節になってきた。


本日提出した質問主意書2件
bP58 元内閣官房長官が内閣官房機密費の具体的使途に言及した件に係る平野博文内閣官房長官の見解に関する質問主意書
bP59 2010年5月16日の日韓外相会談に関する質問主意書

※ 質問主意書の内容は下記の衆議院HPでご覧頂けます。

  衆議院ホームページ

2010年5月16日(日)

鈴 木 宗 男

 昨日の読売新聞北海道版に春の甲子園選抜優勝、興南高校の我喜屋優監督が14日、白老町で講演されたことが載っている。読者の皆さんに全文ご紹介したい。

 「私の野球は白老が原点」 選抜優勝 興南・我喜屋監督が講演
 今春の選抜高校野球大会で、沖縄・興南高校野球部を優勝に導いた我喜屋(がきや)(まさる)監督(59)が14日、白老町で講演した。
 沖縄県出身の我喜屋監督は1972年に社会人野球の「大昭和製紙北海道」選手として活躍。引退後も同野球部監督などを務め、約35年間を同町で過ごした。
 講演会には町民ら約250人が集まり、「おかえりなさい」と大きな歓声で迎えた。我喜屋監督は「選手にはまずしっかり朝食を食べることから指導した」と約1時間、自らの野球論などを語った。さらに「白老で雪や寒さに耐えた経験が私の野球の原点です」と述べ、大きな拍手を浴びた。
 優勝した時、ムネオ日記でも書いたが、我喜屋監督が社会人野球大昭和白老での活躍が今日の北海道野球のレベルアップにつながったのである。
それが駒大苫小牧高校の全国制覇へとつながったのである。
 改めて我喜屋監督に北海道人として感謝したい。「私の野球は白老が原点」と話してくれたことに感激である。
 朝札幌駅を出て、帯広・釧路で参議院比例区に出馬する長谷川憲正参議院議員の会合に出席し激励する。郵政見直しの為にも三事業一体化でのサービスをする上でも長谷川先生が必要だと強調する。参議院選挙まで二ヶ月しかない。それぞれ最後のスパートに入ってきた感じである。
 17時から「釧路の未来を考える会」主催のセミナーに出席。
@国際バルク港湾指定について A医学部誘致 Bカジノ誘致 のテーマで私がゲストになり話をする。
 釧路の若手異業種のリーダー的な人の集まりだが、釧路商工会議所の関係者の顔が見えなかった。今の釧路をあらわすわかりやすい構成である。政治の価値、重みを知らずして釧路の将来はない。
 いずれ時が解決することであろう。
 

「長谷川憲正国政報告会釧路会場」


「釧路の未来を考える会」

2010年5月15日(土)

鈴 木 宗 男

 7時過ぎの便で札幌入り、各種会合に出席。
 札幌もやっと春到来。今が花見、満開の桜である。これから道東、道北へと桜前線は向かっていく。
 自民党参議院議員の青木幹雄先生が健康を害され出馬を取りやめる。野中先生からも、早いうちに連絡が入っていたが、やはり驚きの一語に尽きる。
 一時代の政治をリードしてきた方の、突然のご不幸に心からお見舞い申し上げ、ご全快をお祈りしたい。
 各会合で、「モスクワご苦労様でした」と声をかけられる。やはり、北方領土問題をかかえる北海道としては、特別の空気がある。「領土問題は動きますか」ともよく言われる。私は「鳩山首相が必ずやりますから」と自信を持って答えることにしている。当然、全力でサポートするからである。
 普天間問題もしっかりやらなくてはいけないが、国家主権にかかわる問題をきちんと進めることも大事である。少しでもその役割を果たして参りたい。
 外交には相手がある。お互いの名誉と尊厳がある。日本の主張だけが通る外交はない。又、それは無理な話である。
 原理原則だけでも進まない。外交は積み重ねだ。「過去の約束、声明、宣言、全てに基づいて法と正義によって話し合いで解決する」と両国の最高首脳が約束している。
 国家主権にかかわる話は、最高首脳の大いなる判断、決断しかないのである。その環境整備に少しでも貢献出来る様、汗をかいていきたい。
 読者の皆さんも、是非とも国益の観点からご支援戴きたい。

2010年5月14日(金)

鈴 木 宗 男

 モスクワでの日程を予定どおり済ませ、8時過ぎ成田に到着する。
 昨日はメドベージェフ大統領の側近であるドボルコヴィッチ大統領補佐官と会談した。37歳、11年前にイルクーツクでの日ロ首脳会談で会った当時の大統領第一副長官、メドベージェフ現大統領を想起させる雰囲気をもった人だった。いずれロシアを背負って立つことだろう。
 ドボルコヴィッチ大統領補佐官とは、経済協力、平和条約交渉についてしっかり話をすることができた。
 11時からは、私のカウンターパートであるコサチョフ国家院国際問題委員長と会談し、議員交流の推進はじめ、平和条約のことについて話をする。
 14時からロシア会計検査院長であり、エリツィン大統領時代に首相を務めた旧知のステパーシン氏と会談。海洋生産物の取り締まりを日ロ両国でしっかりやっていきたいと言われた。
 「12年前に決まった自由訪問は、鈴木先生の強いイニシアチブによるものだった」と、昔話もして戴き、有難かった。
 8年ぶりとなる3日間のモスクワ滞在は、極めて満足するものとなった。
 旧知の皆さんは勿論、新しい人の心のこもった温かいもてなしに感謝したい。やはり人間関係は尊いものだとつくづく感じた次第である。
 早速議員会館で仕事。お客さん応対、各種会合、取材と、あっという間に一日が過ぎた。
 モスクワでもびっしり日程が入ってはいたが、東京の日程はそれ以上のもので、また元の生活に戻ったと頭を切り換える。
 
 
本日提出した質問主意書2件
bP56 日本駐留米兵の裁判権に係る日米密約に関する第3回質問主意書
bP57 検察審査会に関する再質問主意書

※ 質問主意書の内容は下記の衆議院HPでご覧頂けます。

  衆議院ホームページ

2010年5月13日(木)

鈴 木 宗 男

 9時15分(日本時間14時15分)、メドベージェフ大統領の側近であるドヴォルコヴィチ大統領補佐官と会談。
 11時(日本時間16時)、私のカウンターパートにあたるコサチョフ国家院国際問題委員長と会談し、その後昼食しながら懇談する。
 14時(日本時間19時)、ステパーシン会計検査院長と会談。
 そして18時05分、ドモジェドヴォ空港発で帰国。
 8年ぶりのモスクワ訪問は、極めて意義のあるものとなった。同時に、日ロの空白の10年を痛感する訪問ともなった。
 国家主権に関わる問題は、両国の最高首脳の決断で解決するしかない。そして、両国の最高首脳が決断しやすい環境を作るのも、責任ある政治家の役目でもある。
 その方向に向け、少しでも私なりに協力して参りたいと思う。


「コサチョフ国家院議員(国際問題委員長)と外交アカデミーで講演を前…」


「コサチョフ国家院議員(国際問題委員長)と歩いて昼食会場へ向かう1」


「コサチョフ国家院議員(国際問題委員長)と歩いて昼食会場へ向かう2」


「帰国前ドモジェドボ空港でぶら下がり取材を受ける」

2010年5月12日(水)

鈴 木 宗 男

 昨夕、パノフ外交アカデミー学長(元駐日ロシア大使)と夕食を共にしながら懇談。大使時代の秘話、外交官当時のさまざまな出来事等、興味深いお話を伺うことができた。やはり外交は人間関係だとつくづく思う。
 パノフ学長が日ロ関係の発展に果たされた役割は極めて大きかったと、改めて感謝したい。更にもう一働きをお願いしたいものである。
 昨夜21時から特派員の皆さんと懇談。日ロ関係に対する考え、鳩山首相の思い、現下の政治状況について、私の見解を話させて戴く。
 本日12日は、10時半(日本時間15時半)からプーチン首相の側近であるウシャコフ政府官房副長官と会談。
 12時半(日本時間19時半)から、ボロダフキン外務次官主催の昼食会に招かれ、約2時間、日ロ関係について幅広く意見交換をする。
 平和条約交渉をする上でも、まずはロシア外務省の日本担当者との信頼関係が大事である。その点でも、有意義な意見交換ができた。  18時半からプリギン国家院議員(憲法的法律・国家建設委員長)と会談。
 鳩山首相が出席する9月のヤロスラベリ政策フォーラムにも関係している政治家なので、よくお話を伺いたい。


「駐ロシア日本大使館で 河野雅治大使とツーショット」


「駐日ロシア大使館で 大使館員の皆さんと」


「プリギン国家院議員(憲法的問題・国家建設委員長)と会談1」


「プリギン国家院議員(憲法的問題・国家建設委員長)と会談2」

2010年5月11日(火)

鈴 木 宗 男

 8年ぶりのモスクワは、なんともいえぬ思いである。車の数はじめ、勢いのあるモスクワを感じる。
 10時(日本時間午後3時)から、外交アカデミーで講演。現実的解決論による平和条約交渉の推進、日ロ経済協力について、私なりの話をする。
 この外交アカデミーは76年の歴史を持ち、7000人近くの卒業生が出ており、そのうち500人以上がロシアの特命全権大使を拝命しているという。
 本来は外交官を養成するための機関として発足したのだが、現在では外交官に限らず、他の大学ですでに学士等の学位を取得した後、新たに別の分野での学位をとりたい学生たちも多数受け入れているという。
 ブルガリア首相、イスラエル外相、メキシコ外相、アメリカ大使、コンゴ外相はじめ各国の指導者を講師に招き、日本人では国連次長の赤坂さんが講演したことがあるという。私は、それ以来の日本人講師とのことである。
 パノフ元駐日大使が学長を務められており、パノフ大使からのお話で今回の講演となったものだが、ここでも人間関係が生きている。
 洋の東西を問わず、やはり人間関係は大事である。
 15時IMEO(世界経済国際関係研究所)を訪問し、ミヘーエフ副所長と意見交換。
 17時、旧知のショーヒン産業家企業家同盟会長と会談する。
 ロシアの変化を感じながら、「日本の出番はあるのか?」と心配が先にたつ。
 モスクワに来て懐かしさでいっぱいだ。このめぐり合わせに感謝してやまない。
 生きていてよかった、生きていれば逆転もあるとつくづく思うものである。


「外交アカデミーで講演を前にパノフ学長と懇談1」


「外交アカデミーで講演を前にパノフ学長と懇談2」


「外交アカデミーで講演1」


「外交アカデミーで講演2」


「ロシアのテレビ局 NTVのインタビューを受ける」


「メトロポールホテルで特派員の方々と懇談1」


「メトロポールホテルで特派員の方々と懇談2」


「メトロポールホテルで特派員の方々と懇談3」

2010年5月10日(月)

鈴 木 宗 男

 10時55分、成田発でモスクワに向かう。振り返れば平成14年1月モスクワ訪問してから8年振りである。
 そして国策捜査にあい失脚してしまった。あの時、国会議員としてカンバックする事はないだろうと思った。今、外務委員長としてモスクワを訪問し外交アカデミーで講演できる巡り合せに感謝の気持で一杯である。「生きていればいい事がある」「生きていれば逆転もある」挫折や失望を感じ経験している人に、鈴木宗男流の生き方を訴えていきたい。
 時差の関係で日本時間、夜10時モスクワ到着なので今日は出発前に書かせて頂く。
 普天間移設問題は今朝もテレビ・新聞の大きな部分をしめている。
 普天間問題は5月末迄に結論を出すといった鳩山首相を信じればよいのである。もう少し静かな環境で鳩山首相を見守ってあげる事が大事ではないか。
 仮に時期が少々ずれようとも「天は落ちてこない」のである。沖縄県民の「思い」「心」をしっかり受け止め、基地の整理、縮小、統合を進めるのは、全国会議員にかせられた使命ではないか。いたずらに批判したり上げ足を取ることは慎むべきである。

2010年5月9日(日)

鈴 木 宗 男

 昨日鳩山首相にお会いした後、多くのマスコミ関係者から「首相の様子は?」と聞かれる。
 私は「いつもと変わらぬ淡々とした鳩山首相で、北方領土、普天間、やる気満々でしたよ」と答える。
 テレビや新聞であれだけ報じられると、気分が滅入ることもあるだろう。しかし、鳩山首相の凄いところは、いつも自然体であり、言い様のない強さが感じられるところだ。
 平成5年、自民党を出た勇気、その後新進党を経て民主党を立ち上げた改革の士である。計り知れない度量を持ち合わせていると、私は受け止めている。
 裂帛(れっぱく)の気合いで普天間問題に取り組み、結果を出して戴きたい。
 国の安心、安全、平和については、与党も野党もない。国益の観点からお互い責任を持つべきである。
 鳩山首相の判断を全面的に支持して参りたい。
 9時から札幌リーグ軟式野球開会式に出席。112チームが参加する。私が会長を(おお)せつかり、開会式で挨拶をする。
 10時から始球式を行い、見事ストライクを取ることができた。ボールを投げるのは高校生の時以来で、マウンドに立った時は、高校球児に戻った様な気持ちだった。
 11時半に飛行機で秋田に向かい、親戚の弔問。
 夕方秋田から東京に戻る。
 札幌も秋田も東京も天気が良かった。札幌は少し肌寒い気温だったが、春の訪れを感じた。
 秋田、東京は気分の良い天気で、すがすがしい思いだ。自然の恵みに感謝するものである。

2010年5月8日(土)

鈴 木 宗 男

 昨日鳩山首相は徳之島三町長と会談したが、普天間基地移設問題で移設受け入れを拒否されたとテレビ、新聞は大きく取り上げている。
 三町長の発言を聞いても、それぞれ微妙にニュアンスが違っている。様々な人間関係を踏まえ、また、地元の空気、国の意向等トータルで考える時、三町長は逡巡(しゅんじゅん)して当たり前である。特に、地元の「受け入れ反対」大合唱の中で、それに相反することが言える環境でもない。
 町長さん達も、町民から選ばれた立場にある以上、最大公約数を踏まえなくてはならない。こうした問題は静かな環境でしっかり精査した上で、沖縄の皆さんが戦後これまで、日本と極東の平和と安全に多大な貢献をしてきたという事実、そして今尚、過重な米軍基地を沖縄が抱えている事実を踏まえ、沖縄だけに負担をさせて良いのか、国民等しくトータルで考えて行かなくてはならない。無責任に(あお)ったり、一方的に政府を批判するのは公平ではない。
 鳩山政権でこの問題が起きたのなら、その全責任は鳩山政権にある。橋本政権で普天間飛行場を移設することで合意し、動き始めてからもう14年の時間が経っている。
 この問題は与党、野党に関係ない。国民等しく、沖縄に対する感謝と敬意を持って、日本の平和と安全のためには、国民一人ひとりが沖縄にだけ米軍基地の負担を強いるのではなく、自分のところで何ができるのかを考えることが必要ではないか。政治家が「国外」、「県外」と言うのなら、きちんと話を詰めて言うべきである。評論家みたいな話をしてはいけない。
 鳩山首相が英知に英知を重ね、「今はこれでお願いしたい」と判断したことを支えていくのが、責任ある政治である。
 まだ時間はある。より冷静に、静かな環境をつくってやることが一番である。
 議員会館で仕事をし、16時から鳩山首相と面会し、10日からのモスクワ訪問について打ち合わせをする。
 18時過ぎの便で千歳に向かい、札幌に入る。

2010年5月7日(金)

鈴 木 宗 男

 徳之島三町長さんと鳩山首相が午後会談された。報道から見る限り、三町長さんも地元の声を頭に入れ、更に島の将来等を考えながらの、苦渋の中での会談であったことは想像に(かた)くない。
 何か事を起こす時は、様々な軋轢(あつれき)はついて回る。鳩山首相の丁寧で親切な姿勢は、時間が経つに連れ、生きてくることだろう。
 10日からモスクワに行くことになった。平成14年1月以来、8年ぶりの訪ロである。何とも言い様のない感がする。
 11日には10時(モスクワ時間)から、外交アカデミーで講演させてもらう。コサチョフ国家院国際問題委員長等、旧知の人達とお会いできることを楽しみにしたい。
 国策捜査に遭わなければ、北方領土問題も解決していたと考える時、この空白の8年間、政治の責任は重いとつくづく感じるものである。
 いずれにせよ、外交は積み重ねであり、人である。私は私なりの役割を果たしていきたい。


本日提出した質問主意書2件
bP49 鳩山由紀夫政権における外務省在勤基本手当に係る改革に関する質問主意書
bP50 鳩山由紀夫政権における外務省住居手当に係る改革に関する質問主意書

※ 質問主意書の内容は下記の衆議院HPでご覧頂けます。

  衆議院ホームページ

2010年5月6日(木)

鈴 木 宗 男

 夕刊各紙は、日本原子力研究開発機構の高速増殖炉「もんじゅ」の運転再開を1面で報じている。
 ナトリウム漏れ事故から14年5ヶ月ぶりとなる運転再開だが、この間、再開にこぎ着けるため、福井県はじめ関係者のご尽力を多としたい。次世代のエネルギーとして期待はあるが、商用化するには、これからも技術的にも更に多くの課題が出てくることだろう。
 1981年の予算で、「科学技術立国元年」と銘打って、当時の中川一郎科学技術庁長官が進めたこの「もんじゅ」である。秘書官として予算獲得に奔走した一人として、私も想いがあるので、なんとしても実用化してほしいものである。
 普天間飛行場移設問題で明日、徳之島3町の町長さん方が鳩山首相とお会いするそうだが、国益の観点から、大所高所のお話がなされることを期待したい。難しい問題であるがゆえに、司々の人達は様々なアンテナを立て、情報戦に負けないことである。一方的な都合の良い情報のみに流され、ウェートを置いて進めると、頓挫してしまうだろう。
 交渉は「人」である。プレイヤーを間違わないことが、今、必要ではないか。鳩山首相の「友愛政治」を、私は全幅の信頼を持って見守って行きたい。
 連休は終わったが、議員会館は静かなものである。私のところには雑誌取材、マスコミ関係者、役所の方々等、ひっきりなしに来客があり、あっという間に一日が過ぎてしまう。時間の経つのが段々と気になる歳になってきたのか…。
 生かされていることに感謝しながら、日々全力投球で生きていきたい。
 18時半から松山千春さんのコンサートに出向く。春のコンサート、今年は15ヶ所のみである。
 千春さんの生き方をしっかり学ばなくてはいけない。


本日提出した質問主意書2件
bP47 元内閣官房長官が内閣官房機密費の具体的使途に言及した件に係る平野博文内閣官房長官の見解に関する質問主意書
bP48 検察官による違法な取調べに関する質問主意書

※ 質問主意書の内容は下記の衆議院HPでご覧頂けます。

  衆議院ホームページ

2010年5月5日(水)

鈴 木 宗 男

 テレビ・新聞は、昨日の鳩山首相の沖縄訪問で持ちきりである。
 鳩山首相が「海兵隊の抑止力について認識が浅かった」と正直に発言した事も大きく取り上げられているが、野党の時と、与党になり、政権を担ってからではその責任の受け止めは180度違って当然である。鳩山首相の言葉尻をつかまえて批判するのは公平ではない。
 それにしても、鳩山首相にとっては初めての沖縄訪問であったのだから、もう少し取り巻きも知恵を出した方が良かったのではないか。平和祈念公園で献花するのは当然だが、今迄の首相が足を運んでいない所、例えば対馬丸記念館に行くとか、沖縄県民の心に響く、目に見えた動きも必要ではなかったか。
 「私なりに沖縄の事は勉強しています。これまでも政府が平成9年12月、対馬丸発見、平成11年、サミット開催等やってきましたが、戦後沖縄が平和の為に果たした大きな役割に私も感謝し、しっかり沖縄の事を考えてやっていきます」というメッセージを沖縄県民に伝える事も必要でなかったか。
 移設先の徳之島案にしても、人間関係を十分認識していないと袋小路に突き当たってしまうだろう。ここでもプレイヤー不足と言ってよい。
 平野官房長官サイドの動き、下地幹郎代議士の動きなど、私のところにはそれぞれバラバラで一本のラインになっていないとの声が伝わってくる。
 思いつきや場当り的に対応しても、付け焼き刃で終わってしまう。色々な思惑・計算が働いている事を踏まえて、平野官房長官にしろ下地代議士にしろ、しっかり考えて動く事をお勧めしたい。
 鳩山首相が昨日の、仲井間知事・高嶺県議会議長はじめ議員団・稲嶺名護市長・普天間での住民との対話集会で、丁寧に、そして低姿勢で心を込めて話し接していた姿を見て、私は、必ずや沖縄の皆さんも鳩山首相の思いを理解してくれるだろうと受け止めた。残された時間、与野党関係なく国益の観点に立って、お互い協力して行く事が日本の生きる道であると私は思うのだが。
 19時から22時まで、テレビ朝日「クイズプレゼンバラエティーQさま」の収録。6月7日(月)19時54分から20時54分の放送予定である。

2010年5月4日(火)

鈴 木 宗 男

 北朝鮮の金正日総書記による中国訪問が大きなニュースになっている。
 金総書記は昨日大連に入り、その後北京に行き、胡錦涛中国国家主席と会談すると報道されているが、中国からの経済援助を取り付けるのか。また、六か国協議に向けて、何らかのサインが出てくるのか。
 様々な憶測や情報は尽きない。テレビに映る金総書記の姿に、世界中が関心を示していることだろう。
 一方我が鳩山首相は、沖縄を訪問し、仲井真県知事との会談で、普天間飛行場移設問題について自らの腹案を伝えた。
 このタイミングでの沖縄訪問については色々意見があると思うが、行かないよりは行った方が良いということについて、異論を挟む人はいないだろう。鳩山首相の思いを仲井間知事がどう感じ、受け止めただろうか。これからの対応に注目したい。
 沖縄の「ゆいまーる」精神と、鳩山首相の「友愛」政治は、同じ価値観を有していると私は考える。両方とも「心」を基本として、相手の立場を尊重している点である。
 鳩山首相の真摯な、そして愚直な姿は、それなりの評価へと繋がっていくものと、私は楽観的に受け止める。沖縄に縁のある者として、私なりに少しでも環境整備に努めて参りたい。

2010年5月3日(月)

鈴 木 宗 男

 野中広務元官房長官が官房機密費の使途について共同通信の取材に答えた記事が、5月1日の東京新聞1面に出ている。5月2日の読売新聞1面にも同様の記事が出ている。
 東京新聞の記事を読者の皆さんに掲載させて戴く。

 小渕内閣で官房長官を務めた自民党の野中広務元幹事長(84)は30日、長官在任中に内閣官房機密費を「1カ月当たり、多い時で7千万円、少なくとも5千万円くらい使っていた」と明らかにした。共同通信の取材に答えた。
 内訳については月々、首相に1千万円、国会で野党工作などに当たる自民党国対委員長や参院幹事長に各500万円程度のほか、政治評論家や野党議員らにも配っていたと説明した。官房機密費は毎年十数億円計上されているが、官房長官経験者が使途を明らかにしたのは極めて異例だ。
 野中氏によると、評論家に転身した元政治家が小渕恵三首相に電話し「自宅を新築したから3千万円ほどお祝いをほしい」と要求したことや、野党議員から「北朝鮮に行くから官邸にあいさつにうかがいたい」と暗に機密費を要求されたこともあったという。
 野中氏は「前任の官房長官からの引き継ぎ簿に評論家らの名前が記載され『ここにはこれだけ持っていけ』と書いてあった。持っていって返してきたのはジャーナリストの田原総一朗氏だけだった」と証言。「政権交代が起きた今、悪癖を直してもらいたいと思い、告白した」と強調した。
 野中氏は京都府副知事を経て1983年に衆院議員に初当選。1998年7月から翌年10月まで官房長官を務め、2003年に政界を引退した。
(5月1日東京新聞朝刊1面)

 当時私は野中長官の下で副長官を務めていた。その私には、野中先生の思いが十分伝わって来る。機密費の原資が国民の尊い汗と涙の結晶である税金である以上、野中先生の勇気ある告白を私は全面的に支持する。
 この野中発言を平野官房長官はしっかりと受け止めて、機密費の全面公開、情報開示をすべきである。自民党政権と違うという、一番わかりやすい手法を活かすべきではないか。
 ここまで野中先生が話した以上、平野長官も国民の目線に合った意識改革をして、鳩山首相を支えて戴きたい。

2010年5月2日(日)

鈴 木 宗 男

 1日の日本経済新聞2面の囲み記事で、民主党議員が4月28日に設立した「司法のあり方を検証・提言する議員連盟」について、全く間違ったことを枝野幸男行政刷新相が述べている記事が掲載されている。
 この議員連盟は検察審査会を見直すためのものではないのに、枝野大臣は30日の記者会見で「大きな誤解を世の中に与える」と述べ、活動の自制を求めたと書かれている。例えその会合にも出ていなくても、一方的な間違った認識でモノを言うべきではない。
 検察審査会の審査員は法律の専門家でもない一般の人で、説明役は検察官である。だから、検察官の恣意的、意図的な誘導、誤導があってはならない。
 議員連盟の目的は、真の公平・公正を図る上でも審査会を可視化する等、問題点を勉強していこうとするものである。それがなぜ「圧力」と取られるのか。
 民主主義社会では、さまざまな意見があっていい。しかし、議論に議論をかさね、そこで出た結論はお互い責任を持つ、これが民主主義の約束である。
 一方的、独断的に物事をきめつける枝野大臣の頭づくりに対し、事業仕分けでも表に出ない、声なき声の中から「いかほどの政治経験があって、いかほど政治家としての見識があるのか。ただ批判したり、決め付けたりしている」と言った意見が聞かされる。その事を想い出しながら、この記事を読み返す。
 枝野大臣の力で政権交代が出来たのではない。小沢幹事長の果たした力が、枝野大臣の力より相当大きなものであった事は明らかである。
 政権交代が出来て枝野さんも晴れて国務大臣になれたのだ。自分一人の考えが善だという思い込みはやめていただきたい。批判する前に事実関係をしっかり確認してからモノを言ってほしいものだ。
 一部閣僚の中には、パフォーマンス宜しく、俺が俺がの「()」の世界の人がいる。お陰お陰の「()」の世界で生きて行けばまた、世の中多くの理解が得られるものと思うのだが。
 連休に入り、ふと政治家のエゴを感じながら、お互い失ってはいけない「心」だけは失わないで生きて行きたいと考えるものである。

2010年5月1日(土)

鈴 木 宗 男

 中国の威信をかけたと言っても良い「上海万博」がスタートした。
 北京オリンピックから2年、世界に存在感を示す中国に、今ひとつ、大きな冠がつこうとしている。
 昭和39年の東京オリンピック、同45年の大阪万博で、日本は世界の一流国の仲間入りを果たした。中国は今年、日本を抜いてGDP世界第2位になる。40数年前の日本を想い出す。中国も今右肩上がりで、前進、前進、また前進の流れだが、どこかでひずみ、ゆがみが出てくるのだろうか。
 13億の民のパワーを感じながら、過ぎ去りし日本の華麗な発展時期をオーバーラップさせるのは、私だけではないだろう。上海万博の成功を祈ってやまない。
 今日から5月、やっと北海道も春らしくなってきた。例年よりも北海道の桜は遅い。連休明けの来週あたりからが見所との予想である。
 自然の摂理を尊びながら、自然のなりあいを待つことにする。
 札幌で8時半すぎから月刊誌インタビュー、9時からテレビ局の録画撮り、10時15分第81回全道メーデー大会、12時半からJR北海道労働組合札幌地方本部懇談会に出席と、効率よくスケジュールをこなす。
 あっという間に一日が過ぎていくが、連休、休みの時こそが政治家にとって様々な行事、会合、イベントが入ってきて忙しくなる。一つの宿命だが、ここで手抜きをしてしまうと、後でツケが回ってくるのがオチである。特に、当選回数の若い政治家の頑張りどころでもある。
 各種会合で何か光るもの、オーラを発せられるかが大きなポイントである。しっかり地道に活動することが明日に繋がることを肝に銘じて、若手議員は発奮して戴きたい。


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