ムネオ日記
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2012年2月29日(水)鈴 木 宗 男
 昨日の松山千春さんの35周年を祝う会は、とっても心のこもった暖かい会だった。ごく親しい仲間内と全国のイベンターさんが出席しての会で、それぞれ35周年の松山さんの歩みを話していると3時間半、瞬く間に過ぎてしまった。
 千春さんが最後にお礼の挨拶をする中で3曲歌われたが、その中の一つに「エゴイスト」という曲を歌われた。
 11年前、私の逮捕に対し不条理アンフェアーだと思い作ったものだと話されていた。松山さんの男気、情に改めて感謝した。そして最後は「大空と大地の中で」を熱唱された。生きていれば良いことがある。いや逆転もあると自分自身に言い聞かせながら、生涯の「心友」に手を合わせた。
 7時20分大阪発で東京に戻り、10時から私が原告となっている伴元林野庁長官の民事裁判。
 私は「原告として真実を明らかにするため裁判を起こしている。検察の誘導に沿って事実でないことを伴さんは言わされた」と直接、私から裁判長に言わさせてもらった。
 神聖な法廷で真に公正、公平な正義を明らかにしてほしいとつくづく思うものである。
 11時半から新党大地の定例会。3月のウォーク&トークは東京で3日土曜日13時から前回と同じく有楽町マリオン前から交通会館に向けて行うこと。札幌は第2日曜日が東日本大震災復興式典とぶつかるので、第4日曜日25日の正午から札幌大通り公園で行うことにする。
 衆・参選挙制度協議会にも新党大地として出席できることになり、かねてからの主張を堂々と行っていくことを確認した。
 27日行われた民主党北海道との第1回目の選挙協力協議についても、報告させて戴いた。結党から2カ月、段々と軌道に乗ってきた感じである。
 午後の便で釧路に飛び、故郷足寄町での新党大地・鈴木宗男後援会会合。12月16日以来の故郷入りだが格別の思いで新党結成、現状、将来に向けて私の思いを述べる。故郷の人情をしみじみ感じながら、新たな闘志が沸いてきた。

2012年2月28日(火)鈴 木 宗 男
 東京電力福島第一原発事故を調査している民間の福島原発事故独立検証委員会は27日、報告書を公表し事故当時の官邸の対応を場当たり的、規制当局の能力不足、縦割り行政の弊害などを訴えている。
 官邸主導の対応について疑問や適切でなかった点が改めて浮き彫りになっているが、国会に設けられた調査委員会に当時の菅首相、枝野官房長官、海江田経産相は進んで出席し、克明に事故当時の判断に至った経緯を国民に説明すべきだ。その上で結果として間違った判断になったのなら避難されている皆さんに、関係者にお詫びし、責任を取るべきである。政治は結果責任だ。アラブのリーダーと言われたムバラク大統領でも裁判にかかっているのだ。
 福島原発事故についても国民は真実を知りたいと思っているし、国民は真実を知る権利がある。菅首相はじめ、枝野官房長官、海江田経産相も国民に対して説明責任を果たすべきである。
 このことは新党大地として以前から訴えているが「民間事故調」が公表した以上、菅首相はじめ関係大臣は進んで出席し、真相解明に協力すべきである。
 朝の便で小松に飛び、福井市で後援者の弔問をしたあと、民間企業グループの会で講演。約1時間半、私の思いを語り質問を受ける。
 18時から大阪で仲間内での松山千春さんデビュー35周年のお祝い会。気心のあった人達ばかりで、皆さん松山さんの35年の足跡を心から祝福していた。勿論、私は最高の敬意と感謝をこめて挨拶する。
 「生涯の心友」松山千春さんと出会えただけでも、人生、生きてて良かったと、巡り合せ、出会い、ご縁にただただ手を合わせるものである。

2012年2月27日(月)鈴 木 宗 男
 野田首相が初めて沖縄を訪問し仲井真知事と昨日、今日と会っている。
 野田首相が言葉を選びながら低姿勢で接する姿を見ながら、沖縄の現状を改めて知る思いである。
 平和の配当は日本全体で受け持つべきである。沖縄にだけ駐留米軍を集中させてはいけない。合わせて普天間飛行場の移設は待ったなしである。
 平成8年、当時の橋本総理が「清水の舞台から飛び降りる覚悟で」と、言った言葉が私の耳に残っている。先人の尊い業績を無にしては申し訳ないし、何よりも危険除去、沖縄県民の思いを優先させるのが政治である。
 新党大地は沖縄県民の「思い」「心」を大事にして行動して行く。
 民主党北海道の岡田幹事長と北海道における初めての選挙協力について話し合いをする。新党大地本部で30分、全道の小選挙区、今年行われる市長選挙の選挙情勢について、お互いの認識を述べ合った。
 個別の協議については次回からおいおい進めて行きたい。
 平成16年以降の国政選挙で、新党大地は北海道における第3党である。後援会、支持者、又、期待してくれる人の為にも筋を通しながら理解を得られる結論を出すよう最善を尽くして参りたい。
 選挙はすぐには無いものと思いながらも、前回の選挙から2年半が既にたっており、国会開会中は何があってもいいように念には念を入れて対処して行く。

2012年2月26日(日)鈴 木 宗 男
 日本の公共放送であるNHKの日曜討論を楽しみに期待している人や著名な人から、「鈴木さん、何故、新党大地は日曜討論に出れないのか。国会議員5人以上の公党(こうとう)であるのにこれは差別ではないか。日本放送協会が勝手なルールを作っているのなら受信料不払い運動でも起こしましょうか」と、電話があった。
 NHKにどんなルール、規則になっているのか。誰が決めたことなのか確認しなければと思った。民主主義は「多様な意見を議論に議論を重ね、そこで得た結論はお互い尊重する」が、基本である。法律に基づいた(おおやけ)の政党が議論に参加出来ないのを不思議に思っている人がいることに意を強くする次第である。
 朝、留萌市をスタート。11時、空知管内赤平市で新党大地・鈴木宗男後援会会合に出席。今日は滝川市、砂川市、美唄市、岩見沢市で会合を開き出席する予定だったが、私は別途予定が入り我が党の平山誠参議院議員・浅野貴博代議士にお願いし、東京に戻ることになった。
 それは東京スポーツ新聞主催の第12回ビートたけしのエンターテイメント賞授賞式で私が「カムバック賞」を受けることになったためである。
 東京スポーツ新聞さんからお話があった段階で、空知管内5市の新党大地・鈴木宗男後援会の予定が入っており、どちらを選択するか迷ったが、私の後援会、支持者は理解してくれると思い、東京スポーツさんの方に出席した。
 ビートたけしさんから「今、薄い政治家が多い。そんな中で鈴木さんの様な政治家に暴れてほしい。北方領土問題にも取り組んでほしい」と励ましのご挨拶も戴いた。
 私も「人生挫折や失望を経験した人に、鈴木宗男の背中を見れ。鈴木宗男の後姿(うしろすがた)を見ようと言われる様な生き様をしていきたい」とお礼の挨拶をする。
 このような機会をつくってくれた東京スポーツ新聞さんに心から感謝したい。

2012年2月25日(土)鈴 木 宗 男
 閣議決定した「社会保障と税の一体改革」大網に、衆議院の定数80減を盛り込んだことに、自民党など野党が反発し首相は予算委員会で陳謝しているがおかしな話である。
 議院内閣制の日本は与党が政府を作っている。与党政府一体の中で協議し決めたことを閣議に図り国会に提出するのは当たり前のことで、行政府が立法府に対する越権行為としてクレームをつける野党の姿勢は、何を考えているのかと言いたい。
 国会議員の定数削減、しかも大きな削減は国民の声である。国民の声に忠実でない政治勢力は民主主義を否定するものである。腰を低くして頭を下げる野田首相に同情してやまない。同時に与党民主党は腹を据えて、政府与党一体の中でビシバシ国民の声に答えて戴きたいものだ。
 今朝の名寄市はマイナス25度。昨日の朝は福岡だったので1日で随分違う変化に身体もびっくりしていることだろう。
 7時半に名寄市を出発し挨拶廻りをしながら、11時半旭川市で新党大地上川地区・鈴木宗男後援会の集まり。14時同、深川市。15時半同、空知管内沼田町。17時留萌市で同、留萌管内の会合。1年半、2年振りで各地での催しで皆さん喜んで下さり、有難い限りである。
 外の気温は冷たくても後援会の皆さんの暖かいもてなしに、寒さも吹っ飛んだ思いである。

2012年2月24日(金)鈴 木 宗 男
 本日の東京新聞27面「本音のコラム」で佐藤優さんが次のように書いている。読者の皆さんに全文掲載したい。
「10年たって」

 2002年2月22日、筆者は外務省国際情報局分析第一課から外交史料館に異動になった。
鈴木宗男疑惑が本格的な嵐にあると判断した竹内行夫外務事務次官(当時、現最高裁判所判事)が筆者を移異動することで目に見える形で鈴木氏との決別を明らかにしたのだ。
 外交資料館では、まともな仕事は与えられなかった。その後、鈴木氏との関係について三回、事情聴取が行われた。第一回の事情聴取で、園部逸夫外務省参与(元最高裁判所判事)から、「あなたは鈴木宗男さんが国益に貢献することをしていたと思いますか。鈴木さんにもう一度チャンスを与えるべきだと考えますか」と問われた。
 筆者は、「鈴木宗男さんは、外務省の方針に従って、北方領土交渉を応援してくれました。私は鈴木さんを尊敬しています」と答えた。外務省の上司から「鈴木攻撃をしろ。そうすれば生き残ることができる」と助言されたが、筆者は「自分の気持ちに嘘をつきたくない」と言って断った。
 あのとき筆者が自己保身から鈴木宗男攻撃に加わっていたならば、その後、一生、やましさを覚えながら人生を送ることになったと思うので、あの選択でよかったと考えている。十年前と比べ、筆者の猫に対する思い入れが強くなった。外務官僚と異なり猫は人間との間で構築された信頼を裏切らないからだ。
(作家・元外務省主任分析官)


 鈴木バッシングから満10年、11年前の外務省、検察リークを想い出しながら、感慨深く佐藤さんのコラムを読ませて戴いた。検察に協力しありもしない話をし、調書に残した外務省の関係者は、このコラムを読んでどんな思いだろうか。
 私にとって「生涯の心友」松山千春さんと並び、佐藤優氏は「生涯の戦友」である。かけがえのない変わらざる人間関係、絆を私は有難く嬉しくかつ、生きていて良かったと思っている。
 警察庁の有識者研究会が23日、最終報告書を松原仁大臣に提出したそうだが、取り調べの可視化について試行範囲の拡大を提言しながら全面可視化は意見がまとまらず、結論を見送っている。
 2年もかけ、結果を出さないのは官僚的まとめである。元大阪地検特捜部長、副部長は現役時代、可視化に反対しながら自分の立場が取り調べ対象になったとたん、全面可視化を訴えている。何よりもこの大坪元特捜部長、佐賀副部長の可視化すべきだという声が、一番説得力があり真実でないか。
 検察、警察がしっかり、きちんと仕事をしていることを国民に示すためにも検察、警察の名誉のためにも、全面可視化をした方が良いと思うのだが。
 昨日の日本経済新聞夕刊6面、永田町インサイド「政治塾衆院選占う」という記事を読みながら、松下政経塾、一新塾、小沢一郎政治塾、維新政治塾、東海大志塾、河村たかし政治塾が取り上げられており、興味深く読ませてもらった。
 読みながら話題になっていないが、私は平成17年8月「新党大地」を立ち上げてから「大地塾」を毎月1回開き、勉強会をやってきた。その中から1人ではあるが国会議員を、更には北海道議会議員、市町村議員を数多く出してきた。目立たなくても確実に輪が拡がり北海道では圧倒的第3党の「新党大地」である。自信を持って信念を貫いていこうと改めて決意した次第である。
 8時過ぎの便で東京に戻り党本部で仕事をし、14時20分発で旭川空港に向かい、18時から名寄市で北上川地区新党大地支部・鈴木宗男後援会の会合に出席。2年振りの会だが、我が後援会、同志は健在である。ここでも変わらざる人間関係に感謝しながら、私の思いを話させて戴いた。「私はあきらめない」と。

2012年2月23日(木)鈴 木 宗 男
 2月20日、埼玉市で60代夫婦と30代の息子さんの死亡が見つかり、なんと昨年12月からガス・電気が止められていた。
 22日には東京都立川市で死後1〜2カ月経過した母と子供の遺体が発見された。母の死後、知的障害の子供が衰弱死したとみられる。何とも悲しい出来事である。飽食の時代と言われる日本において、餓死すると言う考えられないことが現実に起きた。
 料金を支払っていないからと事務的にガス・電気を止める前に、何故一言相談をしてあげなかったのか。
 立川市の件でも母子家庭、しかも障害を抱えている家庭にやさしい声かけを何故してやらなかったのか。モノ・カネ優先の新自由主義政策のツケが、人の心まで蝕んでいる。日本人の思いやり慈しむ心は何処へ行ってしまったのか。他人に親切にする優しさはどうなってしまったのか。自問自答する時、政治の責任を感じてやまない。
 新党大地は弱い人の政党である。新党大地は声なき声を聞く政党である。しっかり正して参りたい。
 朝の便で福岡に飛び、11時半から月刊雑誌主催の講演会に講師をつとめる。
 17時から企業団体主催で同じく講演。19時から私の後援会会合。久し振りの再会に皆さん喜んで下さる。
 2年振りの福岡だったが気候の穏やかさとあいまって、人間関係の温かさに触れ感激した。
 今日は第4木曜日で東京大地塾の勉強会の日だったが、福岡のため佐藤優さんに全てお任せしてしまったが、佐藤さんがしっかり勤めて下さり感謝したい。
 ロシアのナルイシュキン下院議長とプリギン憲法的法律・国家建設委員長(国家院)から「新党立ち上げの祝意と日ロ関係の強化にお互い尽力して参りましょう」と、メッセージが入ってきた。又、「鈴木先生に反対する勢力が再び鈴木先生に対して何か悪さをしなければと、願っています」ともあった。ロシアの友人の方々が、人情があるとつくづく思いながら友情と人間関係の大事さをつくづく感じた次第である。

2012年2月22日(水)鈴 木 宗 男
 ニュージーランド・クライストチャーチ震災から1年、亡くなられた方々に心からのお悔み申し上げたい。
 3月11日、東日本大震災で陰に隠れてしまった感じだが、命の重さ、尊さは同じである。将来を夢見た若者の永遠の旅立ちは、何とも辛いものである。
 島根県松江市で県主催の「竹島の日」記念式典が行われ、私が行けないので浅野貴博代議士に代理出席してもらう。日本の抱える領土問題は竹島と北方領土である。外交には相手の立場があるが、お互いに良かったと言える、国益にかなった問題解決に向け、新党大地は汗をかいて行きたい。
 朝8時から民間人主催の勉強会で講演。政局について私の考えを話す。
 10時半、大村愛知県知事が来られ懇談する。大村知事の考え、動き、見通し等教えて戴く。私の考えも伝える。
 正午から新党大地定例会。13時から法務省・警察庁ヒアリング。
 15時50分から17時まで文化放送「夕焼け寺ちゃん活動中」に生出演。終了間際に私の物まねをしているタレントの古賀シュウさんが出演し、私の物まねをして驚いた。特徴はつかんでいるとホトホト感心する。影武者にもなり得る人だとつくづく思う。
 18時過ぎ、河村名古屋市長が来られる。小沢元代表に会われた後だったので、報道関係者が部屋の外に大勢いた。様々な動きについて意見交換し私の車で19時過ぎ松木けんこうさんの誕生パーティーに一緒に向かう。これからが松木代議士の本舞台であり健康に留意して一層の発展を願うのみである。
 その後マスコミ関係者との懇談。

2012年2月21日(火)鈴 木 宗 男
 雑誌、新聞等の取材を午前中受け、昼には松木けんこう幹事長と打合せをし、14時25分から文化放送「大竹まことゴールデンラジオ」に生出演していると、1日があっという間に過ぎた。忙しいことは有難いが時間が早く過ぎることと、人生をあわせ考えると、何か複雑な思いになる。
 一生懸命生きてきたが、その分大切なものを失った分もある。しかし公党の代表としての責任をしっかり果たすことも、又、大事なことと言い聞かせる1日でもあった。
 「時は金なり」というが、私は「時は命なり」という思いで日々生きていることに、生かされていることに感謝しながら、私の(ぶん)をまっとうして参りたい。

2012年2月20日(月)鈴 木 宗 男
 二日間、北海道十勝管内、釧路管内を廻り。TPP・増税については反対の声ばかりで、改めて普通の国民の思いを新党大地は大事にして参りたい。
 良い政治とは普通の国民の思いを実行、具現化することである。新党大地は愚直に主張すべきは主張していく。
 今朝の阿寒湖畔はマイナス22度。お昼過ぎ東京に着くと、プラス10度。半日の間に気温差32度である。狭い日本といえども北海道と東京では40度・30度の差がある。
 この気温差は市民生活、経済力の差にもつながっている。政治の重さ、価値を今生きている政治家はしっかり考えてほしい。
 在京の駐日大使が来られ、色々お話しする中に「鈴木先生のことを話すと、外務省の中には反対、受け入れられない態度を取る人がいますね」と、さり気なく申された。
 こうした話は以前からも様々なチャンネルを通じ、入ってきた。私は気にしていないが外務省が異常反応しているのだろう。2年前政権交代し、私が衆議院の外務委員長になった時でも無視していた幹部が居たが、今もそんな懐の狭い、人間的に心無い官僚が居ることに、これでは良い外交は出来ないとつくづく思う。
 11年前、鈴木バッシングが始まったのは外務省のリークによるものだ。誰が流し、誰が持ち歩いたかは私も佐藤優さんもよく知っている。その連中が外務省に残っており私が公党を立ち上げたり、存在感・発信力があることを良く思っていないのだろう。いずれにせよ、時が解決することだろう。
 今、政府に外交が無いとよく言われるが、外務官僚が裂帛(れっぱく)の気合で総理大臣を、外務大臣を守るという姿勢が見えてこない。ここに外交不在の不幸がある。
 外国の大使から外務省はどうなっているのですかね。鈴木先生は外務省の応援団、理解者として多くの事をやられて来たと思いますが、全く恩や情を忘れてますと、言われるようでは情けない限りである。外務官僚の中にも国益を考える良い人もいるので、その人達に期待するしかない。

2012年2月19日(日)鈴 木 宗 男
 天皇陛下の手術が無事終えられたとの医師団の記者会見を聞き、何よりのニュースである。
 被災地を毎週廻っておられたお姿を想い起こしながら、天皇陛下の広く深いお心に、ただただ頭の下がる思いである。一日も早いご全快、ご回復を祈ってやまない。
 今日は朝から十勝管内中札内村、更別村、幕別町忠類、豊頃町と鈴木宗男後援会・新党大地支部の会合に出席。
 18時30分から釧路市阿寒鈴木宗男後援会・新党大地支部、更には阿寒湖温泉鈴木宗男後援会・新党大地支部の会合に出席をする。いずれも、久しぶりの会合なので感慨無量(かんがいむりょう)である。
 どの会場でも「国会議員の定数削減」「ボーナス返上」「歳費カット」を断行する事が先決ではないかとの意見で、その後に「消費増税」「TPPの議論」をすべきだとの意見ばかりであった。
 新党大地の主張と変わらない「価値観」「認識」なので自信を持って新党大地は主張すべきは主張していく。
 普通の国民が考える事を行うのが良い政治である。

2012年2月18日(土)鈴 木 宗 男
 昨日の陸山会事件における東京地方裁判所の調書却下について、テレビ・新聞は大きな報道になっている。総じて検察組織の捜査のあり方について厳しく批判する論調が多い。裁判長は「検察官の強力な利益誘導があり、虚偽供述に導く危険性の高い取調べだった」「意に反する調書作成に応じた疑いが残る」「違法、不当な取調べで信用できない」と、明確に指摘した。この裁判長の言葉を検察組織はしっかり受けとめるべきである。
 私のやまりん事件、島田事件でも検察は強圧的取調べをし、関係者は検察の誘導にそった証言、調書になっている。今、やまりん、島田関係者は「検察に言わされました。弱みに付け込んだ強圧的な物言いでした」と、陳述書で明らかにしている。
 こうした検察のやり方を私は断じて許すことは出来ない。同時に私は様々な場所で発信できるが、声を出したくても出せない、闘いたくても闘えない弱い立場の人を思うと、悪しき権力によって人生挫折、失望を味わった人の為にも私は闘っていくしかないと決意している。嘘、ごまかしの調書でその調書を鵜呑みにし、判決を下した裁判官に私は憤りを感じる。
 元東京高裁判事の木谷明法政大法科大学院教授は「裁判所が検事の言い分を信用した時代は終わったと検察は考えてほしい。検事を鵜呑みにしてきた裁判所も責任があり反省すべきだ」(東京新聞28面)と、述べている。
 元裁判官がここまで言っていることに大きな意味がある。真に公平、公正な社会にするためにも私は闘っていく。
 私も昨日、東京地裁に弁護士を通じ、やまりん事件で検察の誘導にそって虚偽の証言をした伴元林野庁長官に対する陳述書を提出した。
 私はやまりん、島田事件で民事訴訟をおこしており、検察組織のあり方も含め私の事件は何だったのかという点でもしっかり闘って参りたい。
 公務員給与7・8%削減を民主・自民・公明党が合意している。公務員の特権厚遇をなくす点では、一歩前進である。
 年5800億円を復興財源にまわすことになるが、これに合せて国会議員の歳費、月130万円を3分の1カットすべきだ。合せて年550万円のボーナス返上、廃止、月100万円の文書通信交通滞在費も見直すべきである。
 国会議員、公務員が進んで身を削り、血を流すことによって国民も意識改革してくれるのである。国民の理解なくして改革は行えない。そのためにも国民の思いを考えなくてはならない。
 2月4日東京銀座、2月12日札幌大通り公園での新党大地のウォーク&トーク、市民との直接対話でも、一番の声は国会議員の定数削減、次に国会議員・公務員の特権的待遇だった。新党大地は市民の声を、声なき声を代弁し実行していく。20日の衆議院予算委員会で新党大地の松木けんこう幹事長はこの点、質問する予定である。
 電気事業連合会の八木誠会長が定例記者会見で「原子力は国策でやってきたのだから全体の費用負担の在り方は国と事業者の負担がある」と、述べているが私も同じ認識である。
 事故がおきた原因はそもそも国が政策決定してきた上でのことであり、一民間企業にその負担を押し付けるべきでない。国策でやってきたという厳粛な事実を考えるべきだ。特に原子力を進めてきたのは自民党政権であったことも忘れてはいけない。歴史を検証し、現実的対応すべきである。
 8時発の便で帯広に行き13時から石川知裕代議士の地元での結婚披露宴。800人の人が駆けつけての盛大なお祝い会だった。
 15時池田、17時浦幌、18時半本別の各鈴木宗男後援会・新党大地支部会合。久し振りの集まりに皆さん大変喜んで下さった。人間関係に感謝の気持で一杯である。

2012年2月17日(金)鈴 木 宗 男
 今日の一番のニュースは、なんと言っても小沢一郎元代表の公判である。東京地裁で、検察が提出した元秘書の供述調書の多くについて証拠採用を却下した事である。
 検察側のストーリー・シナリオに沿った強圧的、意図的、恣意的(しいてき)、更には誘導して作成された取調べの調書を否定した裁判所の判断は当然である。検察のやり方は、私の事件、大阪の村木事件、小沢陸山会事件でも、最初に「・・・ありき」である。
 私のところにも、「検察の思い上がりと言ってもよい一方的な捜査に(いきどお)りを感じます」「今回の却下した判断を嬉しく思います」と言った声が、多数寄せられた。
 どう考えても検察が立証できなかったものを、検察審査会が起訴したなんとも奇妙な事件であり、検察審査会に提出した資料も、意図的に選別され、小沢元代表に不利になる資料しか出さなかったと言われている。また、小沢弁護団が、検察が検察審査会に出した資料を開示するよう求めたにも関わらず、検察側は、これを拒否した。それだけでもふざけた話ではないか。
 いずれにせよ四月の判決が待ち遠しい限りである。
 今日も週刊誌の取材・雑誌の対談があり、また、役所関係者、お客さんと昨日に続いて忙しかった。人が来てくれるのは有難いことで感謝に堪えない。もっともっと働かなければと自分自身に言い聞かせるものである。

2012年2月16日(木)鈴 木 宗 男
 朝刊各誌を見て驚いた。政府答弁書に広辞苑を引用したことに自民党が与党に抗議したと報道されている。
 自民党もここまでやるのかとつくづく思った。それは自民党政権時代から広辞苑を引用し答弁しているからだ。
 私の質問主意書に対しても次のように広辞苑を引用して答えているので、一部例を載せたい。


○宙に浮いた年金記録の照合作業の進捗状況に関する第三回質問主意書
(内閣衆質168第326号)→福田内閣(平成19年12月21日)

(質問)
公約の定義如何。

(答弁)
「公約」の定義については、例えば、「公衆に対して或る事(政策など)を約束すること。また、その約束。(出典 広辞苑)」とされていると承知している。



○ミャンマーで起きた邦人殺害事件の真相究明に向けた政府の姿勢及び認識に関する再質問主意書
(内閣衆質170第367号)→麻生内閣(平成21年1月9日)

(質問)
人道の定義如何。

(答弁)
一般に、人道という言葉は、必ずしも一定の意味で用いられているわけではないが、例えば、「人のふみ行うべき道。人の人たる道。人倫。(出典 広辞苑)」とされている。



○北朝鮮による拉致問題についての外務省HPにおける記述に関する質問主意書
(内閣衆質171第20号)→麻生内閣(平成21年1月23日)

(質問)
人権の定義如何。
人権侵害の定義如何。

(答弁)
人権とは、一般に、「人間が人間として生まれながらに持っている権利。(出典 広辞苑)」を意味するものとされている。人権侵害は、この権利が侵されることを指すものと考えている。



○国家公務員の所管業務についての厚生労働省雇用均等・児童家庭局長の認識に関する質問主意書
(内閣衆質171第499号)→麻生内閣(平成21年6月12日)

(質問)
所管の定義如何。

(答弁)
お尋ねの「所管」については、例えば、広辞苑によれば、その意味は「管理または管轄すること。また、その範囲。」とされている。また、法令上は、行政事務等が公の機関の管轄に属する関係を表す用語として用いられていると承知している。



○国会議員の世襲に対する麻生太郎内閣総理大臣の見解に関する質問主意書
(内閣衆質171第534号)→麻生内閣(平成21年6月19日)

(質問)
世襲の定義に関する麻生総理の見解如何。

(答弁)
世襲という言葉は様々な意味で用いられており、お尋ねについて一概にお答えすることは困難であるが、例えば、「その家の地位・財産・職業などを嫡系の子孫が代々うけつぐこと。(出典 広辞苑)」とされている。



○いわゆる足利事件で容疑者とされた人物の取調べを担当した元検察官による謝罪に関する質問主意書
(内閣衆質174第35号)→鳩山内閣(平成22年2月2日)

(質問)
人権の定義に対する千葉景子法務大臣の見解如何。

(答弁)
人権とは、一般に、「人間が人間として生まれながらに持っている権利。(出典 広辞苑)」を意味するものとされていると承知している。


 福田・麻生政権で自民党が広辞苑を使いながら答弁書を出してその自民党が政府に抗議するとは何とも漫画チックである。民主党も政府もここは「地頭」が必要である。
 過去の自民党政権時代の例を出せば、何も言われる筋合いはないのである。一寸した事で上げ足をとるやり方はフェアではない。同時に政府、民主党も答弁書を作る官僚をしっかり指導して、自民党政権時代のやり方を踏襲していると正確に伝えることである。問題になるほどの事ではない。
 8時から国際的インテリジェンス関係者と朝食会。中東情勢等貴重なお話を聞く事が出来た。
 雑誌取材、役所からの説明。お客さん対応等、党本部で行う。1日があっという間であった。

2012年2月15日(水)鈴 木 宗 男
 正午から第6回新党大地定例会。最初に12日に行った、札幌ウォーク&トークの報告。小雪舞う中、大勢の人が「国家公務員給与削減・国会議員定数・天下り廃止・震災復興・雇用創出」のボードにシールを張ってくれ、国会議員削減が東京と同じく1番多かったと事を報告。又、声をかけて下さり無事終了したことを説明。
 2月23日(木)の第4木曜日は定例の東京大地塾勉強会を行うので、今から予定に入れておくようお願いする。
 衆議院選挙制度に関する各党協議会が本日午前開かれ、松木けんこう幹事長が新党大地を代表して出席。
 新党大地としては小選挙区300を200の100人削減。重複立候補をなくし小選挙区、比例区単独立候補。
 比例は現在の180を維持する主張をしたと報告があった。各党協議会で堂々と新党大地の考えを訴えていく。
 13時から政策勉強会を開き、今日は防衛省・文科省・環境省よりヒアリング。普天間問題、ガレキ処理、もんじゅの予定等につき活発な意見交換が行われた。普天間については、新党大地は県外移設である。もんじゅについても速やかに結論を出すよう無駄な税金の投入は許されない。ガレキの処理は環境省だけで出来る事でないので、各自治体の協力が不可欠であり総務省がしっかりやらなくてはいけない。
 来月で大震災から1年になる。少しでも政治の価値を取り戻さなくてはならない。

2012年2月14日(火)鈴 木 宗 男
 9時半、民主党の前原政調会長が「平成25年度、年金抜本改革案を国会提出」に向けての試算の説明に来られる。
 年金制度は長生きして良かった、高齢化社会の最大の裏づけであり、しっかり国民に理解してもらう努力をしなくてはいけない。
 報道により、国民が心配する点もたたあり、正しい間違いのない情報開示、説明責任を果たすよう重ねて話をしておく。
 前原政調会長と久しぶりに会ったが、政権与党の大幹部として堂々たる風格も出てきた。次代のホープであることに間違いないと思った。順調に頂上をめざしてほしいものだと願ってやまない。
 14時から千代田プレスクラブで講演。マスコミ界のOBの皆さん方の集まりでお話をするのに萎縮(いしゅく)するメンバーだが、胆力(たんりょく)を持って私の思いを話させて戴く。1時間の講演予定が1時間15分、30分の質疑応答予定も45分と盛り上がった会になり良かった。政治の世界の裏表を知り尽くしている人の前で昔話も出来、貴重な時間で勉強になった。

2012年2月13日(月)鈴 木 宗 男
 13時から元開発局港湾部長の裁判。
 今日が初めてだが次回3月28日、次が5月16日と日程も決まった。
 検察のシナリオ・ストーリーにのせられ、誘導により偽証してしまった港湾部長に同情しながらも、真実・真相を解明すべく、私は闘って行く。
 最初から鈴木ありきの事件と言われている。「官製談合」という言葉を巧みに駆使し、事件を作り上げて行った。村木局長事件でも明らかなように、検察は外堀から攻めて、本丸に入っていく。私に不利な供述をさせ調書を作る。正しくない恣意的・意図的な調書を鵜呑みにして判決を下す。
 裁判官がはたして本当に公平、公正か。最近の多くの冤罪を見るとき、権力に打ちひしがれ声を出せない人、発信できない人の為にも、声なき声を代弁する上でも、私の役割は重いと考える。
 日本一の最強コンビと言われる、弘中惇一郎・佐藤博史両弁護士に、全幅の信頼を寄せ、裁判を進めて行く。
 8時発の便で東京に戻り、新党大地本部に入りお客さん、マスコミ対応。18時から高名な政治評論家の方々と懇談。貴重なお話を聞く事が出来た。

2012年2月12日(日)鈴 木 宗 男
 正午から札幌市大通公園で、ウォーク&トークを行う。天気予報では、暴風雪警報が出ていたが、時々雪が舞ったが、風も無く、「新党大地」として初めての市民との対話を無事実行することが出来た。
 松木けんこう幹事長、浅野貴博代議士、平山誠、横峯良郎両参議も駆けつけ、「新党大地」をアピールした。ボードに5項目の議題(国家公務員給与削減・国会議員定数削減・天下り根絶・震災からの完全復興・雇用創出)を示し、今一番やるべきことは?をテーマに、行き交う人に、シールを貼ってもらったが、圧倒的に国会議員の定数削減が多かった。
 新党大地は、衆議院の小選挙区300を200に100人削減、参議院は人口百万人に一人の125人、117人削減を訴えているが、十分理解される主張だと自信を持った。
 国家公務員給与削減が2番目に多かったが、合わせて国会議員の給与カットも今日のシールには、込められていると思う。
 新党大地は国会議員のボーナス550万円を廃止、給料130万円を1/3カットを訴えているが、その実現に向け、積極的に発信して参る。
 マイナス8度の中、大勢の人が足を止め、耳を傾けて下さり、「頑張って下さい」「応援します」と声をかけてくれる。雪まつりで全国から大勢の人が来ており、「新党大地」の考え、存在を示すことが出来た。
 当然、北方領土問題にも触れたが、「鈴木さんの現実的解決論で、進めて下さい」という声を沢山頂き、心強かった。
 「新党大地」の新しいスタートが北海道で始まった。
 ウォーク&トーク終了後、千歳から女満別空港に飛び、昭和58年最初の選挙で大変お世話になった方の弔問の為、網走市に向かう。心からのお参りをし、30年間のご支援に感謝する。
 17時10分女満別空港発で札幌に戻る予定だったが、雪の為、1時間半遅れになる。
 冬の北海道では、こうした事は当たり前なので私は驚かないが、17時30分からの札幌での会合があり、関係者には大変迷惑をかける事になった。
 自然のなせる技とはいえ、北国の生活は時には厳しいものである。










2012年2月11日(土)鈴 木 宗 男
 東日本大震災から11ヶ月、被災者、今なお行方不明の方々の関係者を想うと胸が痛む。昨年3月31日、5月10日読売新聞に掲載された「ままへ。いきてるといいね おげんきですか おりがみとあやとりと ほんよんでくれてありがと」「ぱぱへ。あわびとか うにとか たことか こんぶとか いろんなのお(を)とてね」と手紙を書いた、混愛海ちゃんはどうしているだろうか。おばあちゃんと元気に毎日を送っているのだろうかと考えるだけでも、つらい。
 被災者の皆さんが「雄々(おお)しく」生きる姿に私は塀の中に居て、勇気や感動や元気を戴いた。社会復帰した私の立場で出来るだけのことをしていきたいと決意するものである。

 「塾に年20万超2010年度文科省調査公立中生の約半数」という見出し記事に驚く。
 参考までに全文掲載したい。

「塾に年20万円超 2010年度文科省調査公立中生の約半数」

 公立中学に通う子どもを持つ家庭の半数近くが2010年度、学習塾などの補助学習費に1人当たり20万円以上を支出していたことが10日、文部科学省の学習費調査で分かった。平均22万9612円で、前回調査(08年度)の24万1288円からは減少したものの、高校受験を控え、学校教育だけでは不安という親の心情がうかがえる。
 調査は1994年度から隔年で実施。10年度については、公私立の幼稚園と小中高計1127校の保護者約2万3千人から回答を得た。
 それによると、公立中学生の家庭の47.0%が学習塾や家庭教師、通信教育などに20万円以上を支出。18.6%は10万円以上20万円未満で、34.4%が10万円未満だった。学習塾費だけで見ると、支出は18万2455円に上った。
 所得別では、年収1200万円以上の家庭の補助学習費は34万1千円、同400万円未満は17万7千円となった。
 一方、高校生を持つ家庭は授業料無償化制度により学習費総額が減ったものの、1人当たりの学習塾費などは公私立高とも増加。私立は家庭教師費が前回調査から44.5%増の3万2557円、学習塾費が39.5%増の11万7120円、公立は家庭教師費が8.6%増の1万7192円、学習塾費が0.98%増の7万7025円だった。授業料など子ども1人当たりの学習総額は、幼稚園から高校3年まで全て公立の場合は約504万円、全て私立の場合は約1702万円だった。
(北海道新聞 35面)


 私が子供の頃、保育所も幼稚園もなく、いわんや家庭教師、塾など見る事も、聞く事も無かった。ぶっつけ小学校、中学校と義務教育だった。親や家庭教師に頼らなくても、社会に出て必要な知識は学んだし、他人様(ひとさま)と比べても、遜色(そんしょく)ない、それなりのものは見に付けられたと思っている。
 子供が塾や、家庭教師を望むなら、それはそれで良いと思うが、親のおしつけや、親の勝手な思い、願望先行では、子供がかわいそうである。
 どうしてこの様な社会になったのか、これも政治の責任として検証してみる必要があるのではないか。
 11時過ぎの便で札幌から函館に行き、檜山地区郵便局長会総会に出席。挨拶を済ませ、14時40分函館発で札幌に戻り、16時、小樽市での北後志地区郵便局長会に出席し挨拶。両会場で郵便局長会、夫人会の皆さんに心からのお礼を申しあげながら、郵政改革法案にかける新党大地の決意を伝えさせて戴いた。
 今日は、釧路管内、十勝管内の郵便局長会総会も行われたが、釧路には浅野貴博代議士、十勝には石川知裕代議士と、新党大地の議員が出席し、それぞれ決意を述べている。
 新党大地としても郵政改革法案成立に向け全力をつくしていく。
 18時から札幌市で後援者の結婚披露宴に出席。
 今日も無駄のない1日だった。

2012年2月10日(金)鈴 木 宗 男
 今週から政党として、「新党大地」の事務室も議員会館内に与えられ、国会内にも「新党大地」の控え室が出来ることになった。国会内、議員会館に「新党大地」の名前が出ることに感慨を覚える。
 平成17年8月、地域政党「新党大地」としてスタートし、一人政党でやってきたが、7年目で全国展開出来ることになった。
 北の大地・北海道から政治の流れを変えようと訴え、平成21年8月、政権交代も出来た。この国民の尊い判断を活かすべく、新党大地は差別・偏見をなくし、真に公平で公正な社会にするため、闘っていく。
 今週は7日に北方領土返還要求全国大会で、新党大地代表として挨拶もし、8日には野田首相とも面談する事ができ、9日には衆議院予算委員会で新党大地代表代行・幹事長の松木けんこう代議士が代表質問し、消費増税・TPPにつき現時点では、新党大地として反対であると明快に話されていた。テレビ中継されており、「新党大地」のテロップが出て、改めて政党の重み、責任を感じた。昼過ぎには、仲井眞沖縄県知事からの要請を受け、それなりの存在感も示すことが出来た。
 更に声なき声を受け止め、「新党大地」としての発信をして参りたい。
 朝一番の旭川行きに乗り、前田康吉滝川市長のお母さんの告別式参列の為、滝川市に向かう。
 雪の為、高速道路が通行止めになり国道を使ったが、出棺ギリギリに到着し、前田市長はじめご遺族の方々に御挨拶する事が出来、良かった。
 列車で札幌に出て、18時から新党大地石狩支部の新年交礼会。2月の大地塾例会も兼ねて行ったが、雪のため道路が通行止めになったりして「行けなくなりました。雪のため出席できません」と、数十本の電話が事務所に入る。冬の北海道では良くある事だ。それでも大勢の出席があり盛会のうちに終了。
 平山誠参議院議員も駆けつけてくれ、平山参議の話しを初めて聞く人ばかりで、皆さん喜んでくれた。
 信念を持ち、個性豊かな新党大地の議員各位である。それぞれの持味を活かし、しっかりアピールしていく。また、国会に議席をおいた経験者として、私なりにきちんと指導、教育して参りたい。
 是非とも進化する新党大地に、期待して戴きたい。

2012年2月9日(木)鈴 木 宗 男
 午前中、雑誌の取材。
 正午過ぎ沖縄の仲井眞知事が訪ねてくる。松木幹事長・平山誠・横峯良郎両参議院議員共々、沖縄の要請を受け賜る。
 私から新党大地の基本理念の中に「普天間基地移設問題にみられるように、我が国の平和のため、沖縄に過度な負担を強いることはゆるさない。平和の配当は日本全体で平等に負担すべきであり、我々は米軍兵隊普天間飛行場の移設先は沖縄県外にすべきと考える」と、明記しており、政党の理念で沖縄の事を主張しているのは新党大地だけだ、強調させて戴いた。
 知事から「普天間の名護市辺野古沖合の移設について断じて容認出来ません」と、強く言われた。
 私からも普天間の名護市移設が決定した時、私は国務大臣・沖縄開発庁長官で、この問題に係わっており、今の政治家の中では誰よりも経緯を知っている。当時私が考えていたのは沖合ではなかった。あの綺麗な海を埋め立てるのは自然への冒涜であり、私も断固反対だと答える。
 仲井眞知事も「鈴木先生には以前より沖縄の事をよくやって下さいましたので感謝しています。今後とも宜しくお願いします」と、言われた。
 新党大地は沖縄県民の思い、心を大事にして行動していく。

2012年2月8日(水)鈴 木 宗 男
 正午から新党大地(新党大地・真民主)の定例会。久しぶりに5人全員そろい、4日のウォーク&トークの報告・反応等話し合う。
 12日正午から札幌大通り公園での道内発の新党大地の市民対話に向けても、打合せをする。
 13時から国交省・外務省・内閣府より政策勉強会。それぞれがしっかり自分の主張をされ、頼もしい限りである。
 14時半、総理官邸に行き、野田首相に新党大地代表としてご挨拶。結党の経緯・理念・綱領を話させて戴く。
 昨日の北方領土返還要求大会での総理の挨拶について、ロシア外務省がホームページで肯定的評価をしていることなど説明する。
 内政・外交・政界の動きなど幅広く意見交換することができ有難かった。新党大地は与党として、しっかりその役割を果たして参りたい。大いに期待したい。
 どじょう内閣と自負する野田首相は意気軒昂であった。野田首相の胆力をかいたい。
 18時から青年経済人倶楽部で講演。「権力と闘争」と言うテーマだったので私の信念、思いを率直に伝えさせて戴いた。
 北海道新聞朝刊2面に、昨日の北方領土返還要求大会に触れている。正確を記したいので読者の皆さんに記事を掲載したい。

「領土返還全国大会」

 四島の一括変換か、帰属の確認か―。7日に東京で開かれた北方領土返還要求全国大会(同実行委主催)では、ロシアとの交渉にのぞむ日本政府の方針をめぐり、新党大地・真民主の鈴木宗男代表と、自民党の武部勤衆院議員(比例代表道ブロック)が意見を応酬し合った。

「帰属優先か 一括返還か」

 大会では、野田佳彦首相に続き返還要求運動関係者や政党代表ら15人が発言。中でも主張を戦わせたのは、長年対ロ外交に取り組んできた鈴木代表と、北方領土返還・四島交流促進議員連盟会長の武部氏だ。
 鈴木代表があいさつで「四島の帰属の問題を解決し平和条約を締結する、というのが日本国の方針だ」と述べたのに対し、武部氏は「四島一括返還を訴えるのは当然の主張だ」と反論した。
 政府は1991年、旧ソ連が領土問題に柔軟な姿勢を見せたのを受け四島一括返還の旗を降ろし、四島の日本への帰属が確認されれば実際の返還の時期などは柔軟に対応する―と姿勢を変えており、鈴木代表の主張が政府の公式な立場。
 ただ、政府のこうした方針転換は、当時も今も国民に積極的に知らされず、元島民らの間にも四島の一括返還を望む声は依然多い。
 外務省は「政府の立場は広報に努めている」とするが、実際この日も、返還運動に取り組む女性団体や青年団体代表から「四島一括返還を強く要望する」との声が出た。

 武部氏が政府与党に居た時の政府方針は、今も変わっていない。政府与党で、それなりの立場にあった武部氏がこの程度の認識では、小泉政権以後空白の日露関係10年と言われる由縁である。
 外交担当のマスコミ人から、有名な学者さんからも武部氏の発言について「驚きました」「びっくりしました」という声がたくさん寄せられる。
 外交は積み重ねであり、信頼関係が大事だとつくづく思った。

2012年2月7日(火)鈴 木 宗 男
 正午から北方領土返還要求全国大会に新党大地の代表として案内があり、出席。当初、国会議員10人以上の政党しか挨拶させないとのことだったが、内閣府の北方対策室、川端達夫総務大臣、石田勝之副大臣、実行委員会に入っている連合の南雲事務局長等の配慮で、10人以下の政党の中から一党代表でということになり、国民新党・新党きずな・たちあがれ日本・新党改革各党の了解も戴き、私が代表として挨拶させて戴く。
 総理大臣は「5月、ロシアでは新政権がスタートし、日露関係は新たな重要性をもつ。これまでの諸合意、法と正義により解決するという基本方針にもとづき、領土問題にしっかりと取り組んで参りたい」という趣旨のご挨拶をされた。
 玄葉外相は「領土問題は日露間の最大の懸案事項であり、私はロシア重視だ」と明快に訴えた。
 総理も外相も心のこもった決意の披瀝であった。私は挨拶の中で「今迄、この大会では総理も外相も挨拶を終えるとすぐ帰って行った。しかし野田首相は最初から最後までおられる。この姿を見る時、日露関係の重要性、更には関係改善強化が伝わってくる。野田首相を支えていこうではないか。玄葉外相も1月28日のラブロフ外相との会談は、日露関係は空白の10年と言われてきたが、それを埋める会談だった。玄葉外相の世論を一つにという話を受けとめるべきだ。一括返還と言う表現はソ連時代、領土問題は存在しないという当時のソ連に対し、日本が使った言葉で自由と民主のロシアになってからは四島の帰属の問題を解決して、平和条約の締結が正しい政府見解である。
 私は四島返還の旗は一度も降ろしたことはない。日本側の主張のみが通る外交はない。特に国家主権にかかわる問題は、両国の最高首脳の決意しかないと考える時、現実的解決を模索し私が第一線に居た時は、島が近づいて来たが、私が外れてから島は遠く離れてしまったのではないか。私がやっていた時と現在を比べれば一目瞭然でないか。私は野田首相を支え協力していく。ここは皆さんもしっかりお支え戴きたい」と、述べる。
 久し振りの大会での挨拶に高揚しながらも政治の現場に立ち会えて、有難い限りであった。野田首相の対ロシア外交に期待してやまない。
 午後から党本部でお客さん、マスコミ対応。21時から22時まで「ニコニコ動画」に生出演予定。新党大地の考えを訴えて参りたい。

2012年2月6日(月)鈴 木 宗 男
 大分女児行方不明事件で母親が逮捕された。自分のお腹を痛めた、かけがえのない子供を何のために、どうして自ら手をかけてしまったのか。なんとも言えない心痛む事件である。物豊かにして、心貧しい日本人といわれて久しいが、罪のない子供がこうした悲しい、痛ましいことに巻き込まれることを憂い手やまない。同時に昔こうした悲惨な事件はなかった。
 モノ・カネ優先の社会になり、凶悪事件が多くなった。政治の責任も考えなくてはいけない。かつて、世界一安全で安心と言われた日本である。
 その日本が全国どこでも悲惨な事件、事故が起きている。お互い連携しながら生活したいものである。
 午前中、札幌事務所で仕事。13時、元北海道議会議員、故石山直行氏のお別れ会に出席。昭和58年、私の最初の選挙の時、自民党本部の公認はもらえなかったが、自民党北海道支部連合会は「非公認の鈴木宗男を応援しても処分はしない」と大英断を決定してくれた、男気と人情味をもった人物だった。心からの敬意と感謝をもって最後のお別れをする。
 14時半過ぎの便で帰京し、17時から月刊日本主催「宿命に生まれて」というタイトルで講演。私の思いを伝えさせて戴く。
 19時、従来から続けてきた森元総理、伊吹元幹事長との会が一年半ぶりに行われる。
 今回は私の仮釈放の歓迎会という趣旨だったが、今の政治状況等、極めて興味深いお話をお二人から伺うことが出来た。
 地位を極めた経験者の分析は重いものだとつくづく感じる。大所高所に立つという言葉があるが、その言葉にふさわしい人の話は、改めて尊いものと感じた。

2012年2月5日(日)鈴 木 宗 男
 昨日のウォーク&トークでも北方領土問題について街頭演説したが、2月3日(金)の東京新聞23面「本音のコラム」について多くの人から反響がある。念のため読者の皆さんに全文掲載したい。

「北方領土ビジネス」

 1855年2月7日、日本とロシアの間で、択捉島とウルップ島の間を国境とすることを定めた日露通好条約が締結された。それだから毎年2月7日は、「北方領土の日」に定められ、全国でさまざまな行事が行われる。東京では中央式典が行われ、野田佳彦首相や各党代表の挨拶が行われることになる。この関連でトラブルが生じている。式典は、内閣府、日本労働組合総連合会などによって構成される北方領土返還要求全国大会実行委員会が主催している。各党の挨拶に関し、実行委員会が「国会議員10名以上の政党に限る」という条件を一方的に付したために、新党きづな、新党大地、たちあがれ日本には発言の機会がない。
 北方領土問題に通暁した鈴木宗男・新党大地代表が1日付のブログで「聞くところによると実行委員会の中で元島民を良いことに、1人の独裁的判断によってこれまで運営されてきたという報告もあり、唖然とした。国民の税金を使っての大会を何と考えるのか」と述べている。北方領土問題が解決しない方が、いつまでも運動が続きカネや利権になると考える活動家や学者がいる。率直に言って、政府が予算をつけている北方領土返還運動がビジネスと化している。この利権構造にメスを入れないと、北方領土ビジネスが外交交渉の足を引くことになる。

 以上であるが、佐藤さんの言う通りだと私も思う。この新聞を読んだ読者からも私のところへ沢山の声が寄せられる。
 2月7日は、北方領土返還要求全国大会に私も出席する予定である。佐藤さんが言う北方領土ビジネスと言われる人達が、おそらく来られているので私なりによくよく観察したい。
 1月28日に日露外相会談が行われたが、私としては久々の成果のあった日露外相会談だったと認識している。
 2月7日の北方領土返還要求全国大会で野田首相が、日露関係の更なるダイナミックな関係を築き、領土問題解決に向けた意欲を示すことを期待してやまない。
 午前の便で熊本から東京に戻り。13時から国際政治学者・文化人と打ち合わせ。有意義な話をする事が出来た。
 15時30分から千葉市で以前から頼まれていた企業の講演。
 夜の便で札幌へ向かう。

2012年2月4日(土)鈴 木 宗 男
 正午から、ウォーク&トークを有楽町マリオン前から銀座歩行者天国を歩き、有楽町駅前広場で行う。
 マリオン前、有楽町駅前広場で演説をしたが、足を止めて耳を傾けてくれ、又、通行中の人も「鈴木さん頑張って下さい」と、沢山の人から声がかかり有難かった。
 少数政党である新党大地は、市民との直接対話の中で声なき声を政治に反映して行く。
 ボードに「消費税増税の前にやるべきことは?」(国家公務員給与削減・国会議員定数削減・天下り根絶・震災からの完全復興・雇用創出)の5点を示し、市民からの反応は、議員定数削減が圧倒的で、次に公務員給与削減だった。新党大地の主張と市民の判断は同じだったことに意を強くする。
 大宅壮一賞作家の佐藤優さんも足を運んでくれ、激励のご挨拶も戴くことができた。
 毎月第1土曜日ウォーク&トークを続けて、市民の生の声を政治に生かしていく。1時間有意義な対話集会であった。初めての試みとしては、充分満足のいくウォーク&トークであった。
 14時から石川知裕代議士の結婚披露宴に家内と一緒に出席する。
 小沢一郎先生がトップバッターでご挨拶され、私にも挨拶の機会があり、「私は塀の中にいる時、石川さんの婚約を知り、家内から9月末、石川さんの奥さんにお会いしました。とても感じの良い人ですと、報告を受けた。
 うちの家内はそれなりの眼力があるので、これまでの人生の中で人の見立ては間違ってなかった。1つ間違えたとすれば、鈴木宗男を選んだことだろうと思っているのではないか。石川さんの奥さん、何かあれば遠慮なく家内に相談して戴きたい。
 世界一短い電報、『アナタ』という今から40年前の第一次南極越冬隊員の電報がある。
 当時の通信事情は今のように衛星回線も無く、半年間にたった一度20字以内の電報を家族が越冬隊員に打つしかなかった。その20字以内に両親・子供・自分の事も知らせたい。しかし、20字以内では収まらない。考えた挙句の電文はたった3文字、万感の思いを込めて『アナタ』と打った。どうぞこの電文を打った奥さんの思い、あるいは受け取ったご主人の気持ち、正に夫婦の絆であり、お二人もそのような夫婦の道を歩んで戴きたい」と、祝辞を述べさせて戴いた。
 知り合いの人も沢山呼ばれていたので、各テーブルを挨拶回りしながらも「鈴木さんの話に感激しました」と、多くの人から言われ、嬉しい限りである。  17時55分発で熊本に向かい、後援者と会合。

2012年2月3日(金)鈴 木 宗 男
 防衛省沖縄防衛局真部朗局長による「講話」が、連日問題になっている。
 これは論外の話である。理由、意図は何であれ、宜野湾市長選挙を目前に控えた時期にこのようなことが行われること自体、問題であると言わざるを得ない。
 しかし私は、真部局長と防衛省の責任をただ問うだけではなく、そもそもなぜこのようなことが慣例として行われてきたのか、根本を見つめ直さなくてはならないと考える。これらは、自民党政権末期時代から残された、政官癒着の負の遺産であるというのが私の認識だ。
 国会議員の究極の使命は国土の防衛、世界平和の実現である。この理念の下、私は一貫して国防に関わってきた。
 我が国の国防政策上、最も大きな貢献を果たしてきたのが沖縄県である。日本の国土のわずか0.6%しか占めない県土の中に、日本に駐留する米軍基地の74%が集中するという過度な負担を、沖縄は強いられてきた。
 私は中川一郎先生の秘書時代から、サトウキビの政府保証価格の決定等、沖縄県民の方々の生活に深く関わってきた。
 平成8年12月、「沖縄3事案」の一つである県道104号線越え実射訓練も、私は自分の選挙区である道東(別海町、浜中町、厚岸町)に受け入れ、県外移設を実現させた。
 平成9年12月の初め、戦時中、撃沈させられた学童疎開船「対馬丸」を、私は国務大臣北海道・沖縄開発庁長官として、当時厚生省は反対したが、科学技術庁、防衛庁の協力を得て、発見することができた。
 平成9年12月下旬、普天間基地の名護移設を決める際も主導的な役割を果たさせて戴いた。
 平成12年7月の沖縄サミット開催地決定にも、官房副長官として役割を果たした。
 こうした積み重ねがあった上で、平成9年12月末の、普天間基地の名護移設の決定である。当時の比嘉鉄也名護市長は、市長の退任と移設受け入れをするという大変な決断をしてくれた。その比嘉市長とは、昭和53年、私が中川農林大臣の秘書官の時からの人間関係もあった。
 沖縄の痛み、苦しみを理解し、現実的にそれらを取り除くため、私は誰よりも汗をかいてきた自負がある。少なくとも私が然るべき立場に就かせて戴いていた時は、このような講話が行われることはなかった。
 沖縄を巡る政府の対応は迷走を続けている。鳩山、菅政権で大きくこじれてしまった普天間基地移設問題も、辺野古への移設を決めたのは自民党政権であり、官僚が決めたものだ。両政権はそれに引きずられてしまった。
 また自民党政権時代、沖縄県知事選挙に出馬した稲嶺恵一氏に対し、内閣官房機密費より選挙資金が送られたという事実もある。稲嶺候補に対し、自民党本部は、他の都道府県知事選挙と比較にならないほど大きな額の資金援助をしている。
 このように、沖縄を巡る様々な問題は、自民党政権時代に端を発するものである。自民政権末期に特に顕著になった沖縄に対する差別や偏見、これにメスを入れなければ、問題の根本的な解決にはならない。単に真部局長の問題を取り上げるのではなく、過去の検証をすべきだ。
 「講和」は5年前から行われていたと言う。まさに自民党政権時代の悪しき慣例が今まで続いてきたことが問題なのだ。
 この事の真相究明が沖縄県民の皆さんに対してお詫びと反省をする上で、最も誠実な対応となると私は考える。
 明日、正午から銀座でのウォーク&トークでも、この問題に関し、市民の生の声を聞きたいと思う。
 午後の便で女満別に飛び網走市、北見市の会合に出席し、最終便で東京に戻る。

2012年2月2日(木)鈴 木 宗 男
 東京新聞夕刊1面トップに「沖縄局長講話。自公候補支持を示唆。宜野湾市長選、主張の違い強調」と出ている。
 これが事実ならとんでもないことである。局長という影響力のある地位にあり、ストレートに特定の候補者名を言わないまでも、局長の意図は伝わってくる。この体質はどこから来たのか。何時からこの様な体質になったのか。局長を更迭するのはあたりまえだが、自民党政権時代からの検証をすることが大事である。
 沖縄の皆さんに上から目線で、権力で押しつけるやり方を私は許さない。
 先の大戦で筆舌に尽くしがたい辛酸を舐め、更に戦後占領され今尚、駐留米軍で過度な負担をしいられている沖縄を思う時、私は新党大地の代表として沖縄の皆さんの「心」「思い」をしっかり受け止め闘って行く。悪しき権力の行使は許さない。
 沖縄局長講話を受け政府は普天間の名護沖合移設を見直し、新たな日米協議をすべきだと進言したい。
 小政党の新党大地であるが魂を込めて主張して参る。平和の配当は全国で公平に受けるべきだと。普天間の移設は沖縄県外で受けるべきだと訴えていく。

2012年2月1日(水)鈴 木 宗 男
 昨日は私の64歳の誕生日だった。松山千春さんはじめ衆・参国会議員、後援会の皆様からお気をつかって戴き恐縮し、かつご厚情に頭の下がる思いである。
 若い時は、誕生日がきても当たり前に「そうか」という軽い気持ちだったが、60歳還暦を過ぎると、健康で元気に生きている、生かされていることに、亡き両親やご先祖様に感謝の気持ちで一杯である。
 せっかく戴いた人生、与えられた立場、環境で精一杯生きていく。鈴木宗男の生き様を示し、人生、失望・挫折を味わった人達に「負けるな、頑張れ、生きていれば良いことがある。生きていれば逆転もある」と言うメッセージを発信していきたい。その為にも鈴木宗男は新党大地の代表として、まっすぐ前を見据えて進んでいく。
 沖縄県宜野湾市長選挙を控え、沖縄防衛局長が部下の職員に「講話」を行ったことが問題になっている。
 そもそも何故、選挙直前に「講話」なるものをやったのか。名護の市長選挙でもやったと局長は述べているそうだが、どうして沖縄でだけこのような事が行われるのか。
 沖縄県の有権者に対する上から目線の差別ともいうべき、とんでもないことだと私は指摘したい。
 いつの時代から、各種選挙において局長講話があったのか調査すべきだ。これ以上、沖縄の皆さんに基地の負担はもとより、偏見と受け止められるようなやり方を私は断固許さない。
 新党大地所属議員に早速調べるよう指示した。
 2月7日北方領土返還要求全国大会が開かれるが、この大会も差別が見られる。
 政党参加基準を10人以上の国会議員としているのだ。国民運動の大会。しかも国家主権に関する大会に国民の代表たる国会議員の政党に差をつけるというのは公平でない。民主主義の原則にも反する。聞くところに寄ると実行委員会の中で元島民を良いことに、1人の独裁的判断によってこれまで運営されてきたという報告もあり、唖然とした。
 国民の税金を使ってでの大会を何と考えるのか。個人の一方的な思いで、勝手に使われたのでは、たまったものではない。
 こうした悪しき慣例にも新党大地・真民主は国民目線でしっかり訴えていく。




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